| 2003年10月 | |
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| 平成15年10月28日(火) 第023号 「大阪で佐賀を食す」 先週末は大阪にいた。この時期、秋のグルメフェア的にいくつかのホテルで佐賀県の食材をつかったイベントが開かれていて、そのお礼もかねて出かけたのだっ た。 まずは、大阪全日空ホテル。フェアとして佐賀牛を扱っていただいている鉄板焼のレストランは、北新地という場所柄もあって、同伴出勤の時の利用が多いという。そういうシチュエーションで使われてるんだ、と妙に納得。 「こうして期間限定でお客様の反応がよかったら、ここのお店の定番としてもらうことというのは可能なのでしょうか?」と仕入れの責任者にたずねてみた。 「正直、それはむずかしいですね。やはり、以前から入れているものとの関係がありますから。おいしい銘柄牛はどこもおいしいんです。だから、店をオープンする前にいろんな牛肉を食べ比べします。その中でこれで行こうというものを決めていきますから。」 「ということは、佐賀牛をあるレストランで扱ってもらうためには、そのレストランのオープンの前に売り込みをしないといけないということですか。」 「そういうことになりますね。」 なるほど。 「料理人として、何か生産者に対してやってほしいことはないですか?」 「仔牛をもっと増やしてもらえないかということですね。高齢者のお客様はやわらかい肉を好まれますが、 牛の体が大きくなると、やわらかい部分がどうしても小さくなりますので。」 またひとつ納得。 次に訪れたホテルグランヴィア大阪では有機や無農薬にこだわった佐賀県の食材が出されていた。ここは九州フェアということで、佐賀県のものだけではなかったのだが、出されているものへのこだわりは相当のものだった。 駅の構内ということもあって、夕方だったにもかかわらず、ほぼ満員の「リップル」というコーヒーショップのケーキのメニューには佐賀県産無農薬緑茶で作ったカテキン茶ゼリーが並んでいる。また、このレストランでは、豚のハンバーグを出している。この豚は酵素豚といって、武雄市若木町の久保さんが、抗生物質に頼らず活性酵素を使って育てたものだ。 佐藤総料理長が言う。「この酵素豚、油がおいしいんですよ。油のおいしい肉は間違いないです。」 社長も言う。「先日、ここを使っていただいているロータリークラブの例会の食事にこの豚肉を出しました。この手の食事に豚肉が出ることはとてもめずらしいです。最初はけげんそうにしておられた会員もおられましたが、いざお召し上がりになってみると、驚いていただけました。本当においしいのです。」 佐藤さんは、食材の仕入れのためには、必ず現地に足を運ぶという。「どういう環境で育っているのかを知ることは料理人としても必要ですから。」 さらに、佐藤さんは、料理人の仲間をつのって、土地も手配して、農業も始めている。 ここで出されている佐賀県の食材は、米(夢しずく)も梨や巨峰もそして緑茶も無農薬。そして、そういう食材を探し出し、売り込んでいるのは白濱さんという民間の方だった。 こういう動きをサポートして、佐賀県産の農産物をアピールすることがこれから行政としても必要なのだろう。 誰の作ったものでも、どういうものでも、平等に売っていく、という時代から、こだわりのものを自信を持って進めることで、佐賀の存在をアピールする、という時代へ。 こういう作り方にこだわり、売り方を工夫している農業や農産物の可能性を感じさせる一夜だった。 そうそう、それともうひとつ。 このホテルには、ホテル内居酒屋とでもいうべき店があり、そこも九州フェアをやっていた。 佐賀県のものもいくつか並んでいる。 「何かこれから定番化していただくようなものは考えられませんか。」 店の責任者の方にお願いしてみた。 ちょっと考えてから、答えがあった。「わかりました。ざる豆腐、これは結構出るんですよ。ざるごともっていきたいお客様もいらっしゃるくらいで。これを定番化してみますかね。」 まいど。 今週は、九州知事会で屋久島の後、中国へ。そして週末はバルーンと唐津くんち。 ハードな1週間になりそうだ。 ふるかわ 拝 |
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| 平成15年10月21日(火) 第022号 「シュワルツェネッガー知事誕生」 アメリカのカリフォルニア州で、シュワルツェネッガーが知事になった。 かつて売れない俳優だったロナルド・レーガンもカリフォルニアの州知事をした。 俳優時代のレーガンがどれくらい有名だったのか実はよく知らない。僕の知る限り彼が俳優としてこなしたもっとも有名な仕事は1955年のディズニーランドの開会式のとき司会をやったということではないだろうか。 しかし、彼にはカリフォルニアをどうしたいのか、明確なビジョンがあったという。 シュワルツェネッガーは、俳優としては、レーガンの数倍も有名だし、実績もあるが、カリフォルニアをどうしたいのかというビジョンはよく見えないように思う。 また、クリント・イーストウッドは1986年から2年間カリフォルニア州のカーメルという人口5000人のまちの市長になっていたことがある。ここは花でいっぱいの美しい街だが、イーストウッドが2年でそうしたということでもない。 いずれにしても いよいよこれからが本番ということになる。 それよりも気になったのがシュワルツェネッガーがオーストリア系の移民の1世だということだ。 21歳のとき、オーストリア(ウイーンのあるオーストリアでカンガルーのいるオーストラリアではないですよ、くどいようですが。)からアメリカに渡った彼の第一言語は、当然のことながらドイツ語だ。 英語は外国語として学んだ言語であって、こういう人が国会議員になったり、知事になったりするのはアメリカでもめずらしい。 わが国でいえば、ツルネン・マルティ参議院議員がそうか。彼はもともとフィンランド人(今は日本人)で27歳のとき日本に着てそのままいついていて、湯河原町議会議員からスタートして今は参議院議員になっている。 こういう人がだんだん増えていくと、事故のときの「日本人の乗客はいなかった模様です」的な表現も変わっていくのかもしれない。 ふるかわ 拝 |
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| 平成15年10月14日(火) 第021号 「新聞の片隅から世界を覗く」 この三連休、新聞を読んでいたら、気になる記事がふたつあった。 ひとつが中国がシッキムという国を地図から削除し、インド領とすることにした、という記事だ。 日本で地理を学べばネパールとブータンの間にシッキムという国があるとは習わない。 ところが、上海で売っている世界地図にはきちんとその国の名前が出ている。 これはもともとシッキムという王国だったのが今から30年くらい前にインドが併合して今日にいたっているという事実を中国は認めずいまだに独立国として扱っているからだ。さらにややこしいことにその報復なのか、インドは中国のチベット併合を認めていない。 インドで地図を買うとこれまでチベットは中国とは別の領土として扱われていたと思う。 ところが、今年の6月に中国とインドの首相同士が会談した。新華社通信によれば「ついにインド政府は初めてチベット自治区を中国領土と認めた。」という。となると次は中国がシッキムのインド併合を認める番だと思っていたら、つい最近の新聞記事でシッキムをインドの一部として扱うことにしたと報じられていたということだったのだ。 インドとの関係を改善しようという中国の意図は、何なのだろうか。 中国は2008年のオリンピック、そして三峡ダムの完成の前に国際的なコトは起こしたくないだろう。 中国の周辺のことを現実的に解決しようとする姿の現れかもしれないし、国内的なことを優先しようということの現れかもしれない。 さらにもうひとつ。台湾の高校の教科書で、今後、中国の歴史を世界史の中で扱うことにする、という記事だった。 ご存知のことだとは思うが、台湾というのは国の名前ではない。台湾を実際に支配しているのは中華民国という国の政府である。 この政府はかつては清朝を倒し、中国全土を支配していたこともあるのだが、国共内戦に敗れ、いわば台湾まで逃げてきて、現在にいたっている。 ちなみに、年号を使っている数少ない国のひとつだ。辛亥革命の年(1912年)を中華民国元年としてカウントしている。 ところが、台湾にずっと暮らしてきた人たちからすると、1912年に中国に中華民国が成立したとき、台湾は日本領土だった。その後敗戦により、日本は台湾を放棄するが、誰に対して放棄したかは明らかでなく、その後、国民党が台湾に入ってきて初めて台湾の地を中華民国政府が治めることとなった、ということになる。 中華民国という国はある意味不思議な国だ。台湾で中華民国全図という地図を買うと(というか僕が買ったのは98年くらいだったと思うが)当時、中華民国の首都は南京であった。そして、モンゴルは中華民国の領土の一部として扱われていた。 その後時代が変わり、ここ数年間で、台北を首都にし、モンゴルとの往来を開始し、次々と現実的な対応を取るように変化したきた台湾だったが、今回、ついに台湾の歴史をきちんと教えることにして、中国の歴史を世界史の一環として扱うことにしたというのは台湾が中国の一部としてではなく、台湾そのものとしてその存在、つまり独立を主張する第一歩につながるのではないだろうか。 何かが動いている、と思う。もう少し、勉強を続けたい。 ふるかわ 拝 |
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| 平成15年10月7日(火) 第020号 「伊万里・クロサワ そしてコイズミ」 金曜日の夜、伊万里に出かけた。伊万里・黒澤映画祭の前夜祭だ。 黒澤明監督の愛弟子であった小泉尭史監督のほか、加藤武さん、真矢みきさん、原田美枝子さん、黒澤久雄さんなどの俳優さん方も来ていた。 真矢さんは、宝塚出身。最近では映画「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ」の中でキャリアウーマン沖田管理官役で出てた。(また、この映画の話か!) ちなみに本物の真矢さんは、あの役をさせられたのがかわいそうなくらい、すてきな方だった。 沖田管理官の役柄が真矢さん自身とだぶって誤解されませんか?とたずねたら、「私は、ああいうフェミニズムに対しては、ちょっと考え方が違うところがありますし、映画公開と同じ頃、フジテレビの月9のドラマでけっこうコミカルな役をやっていて、そこと両方観てくれている人が多いので大丈夫でした。」 と笑いながら話してくれた。 原田美枝子さんは僕と同じ年の昭和33年生まれ。もう余裕の大女優の雰囲気だった。 原田さんが映画を志したのは中一のとき。「小さな恋のメロディ」を観たのがきっかけだったとのこと。 この映画は、僕も同じ時期に佐賀市内の映画館で観た。マーク・レスターとトレイシー・ハイドだ。 主題歌はビージーズ。なんか胸がきゅんとした。 黒澤久雄さんの話もおもしろい。映画「羅生門」はヴェニスの映画祭でグランプリを取ったのだが、そもそも出品したこと自体、黒澤明監督も製作した大映も知らなかったという。それはこの映画を日本で観たイタリアの女性が、あまり正式なかたちをとらずに持っていったからで、グランプリを取ったのに授賞式にも誰もいなくて、主催者側が困ってしまい、近くにいたベトナム人に羽織袴を着せて、そのベトナム人が賞をうけとったという。 とまあ、いろいろあるが、ともかく盛り上がっておもしろかった。 一方、9月26日、小泉総理が行った臨時国会の冒頭の所信表明演説の中にたった数行だが、こういう文が入っていた。 「日本が優れている分野は、「ものづくり」だけではありません。映画やアニメなど日本文化も世界で高く評価され、経済のみならず様々な面で波及効果を生み出しています。文化・芸術をいかした豊かな国づくりを目指します。 」 僕は「佐賀をアジアのハリウッドに」という構想を打ち出しているが、佐賀県で取り組みたいと思っているのはこの演説で言われているようなことだ。 もちろん、映画のロケの誘致もある。事実、大手の会社から、シリーズものの映画の撮影の誘致をしないかという打診も受けたし、それ以外のところからも有形無形のお誘いがある。ただ、それはどこの県に対してでも行われていることであって、佐賀県だけが特別ということではない。 僕は、ただ、フィルムコミッションを作って、ロケの誘致をして、映画のエンドロールのところで「協力 ○○市の皆さん」と書かれたらそれだけで満足するような、そういうことを目指していない。 難しいかもしれないが、日本で作るアニメーションや映画などのデジタルコンテンツ産業の一部分でもいいから、佐賀県で担えるものがないか、探しているところなのだ。 関係者はいろいろいてすでにインタビューを始めたところだ。なかなか厳しいのはもちろんわかっているが、なんとか新しい目を見つけてみたい。 そして、佐賀県内のどこかに、映画やアニメの制作関係の事業所ができたら、そこに障害者の雇用を生み出せないかとも思っている。この手のことはIT技術がポイント。そこがクリアできれば、そういう可能性も広がっていけるのではないか。 もっとどんどん映画の誘致を打ち上げたらどうか、という意見もある。デジタルコンテンツだけじゃなく、もちろん映画のロケにも取り組んでいきたいと思っているが、ただ、僕はもう少し、ぐっと盛り上がりを待ちたいと考えている。この手のものは、ぜひやりたい、やろう、という人が何人いるかだと思う。映画祭だって、たとえば「ショート・フィルム映画祭」なんてのはどうだろうかと思ったりしている。なんといってもすぐ終わるから何回でも上映できるし、観るほうも見やすいし。 夢はつきない。 ふるかわ 拝 |