■yasushiマニア
yasushi氏の書斎で発見した数々の品を古川 康の了解を得てご紹介していきます。

平成6年「信州自治」の8月号掲載 〜「ノルウェイの森」の巻〜
面白い随筆を見つけました。
「平成6年「信州自治」の8月号掲載 〜「ノルウェイの森」の巻〜」です。
"無碌子"著作。
実はこれもyasushi氏のペンネームなんです。
どういう意味ですかとお尋ねしたらこういうお返事でした。
ろくでもないっていう意味だよ」とのこと。

ビートルマニアのyasushi氏らしい面白い内容です。以下、その執筆です。

1 はじまりは「図書」4月号だった
 「ノルウェイの森」といえば、その昔のビートルズの曲のタイトル。そして、大ヒットした村上春樹の小説の名前でもある。
 その「ノルウェイの森」について、岩波書店のPR誌「図書」の4月号に Norwegian Wood を「ノルウェイの森」と訳すのはおかしい、「ノルウェイの木材」とすべきだという文章が載った(大津栄一郎「『ノルウェイの森』雑考)。
 それによれば、woodが「森」という意味で使われるためには、the woodと冠詞をつけなければならないという。
 原詩は、
 isn't it good Norwegian wood. となっていて、冠詞がない。だからこの場合、「ノルウェイの森」でなく、むしろ「ノルウェイ材の部屋」のような訳の方が正しいということになるというのだ。
 ほんとうだろうかと思って調べ始めたらあるわあるわ、この曲は謎のかたまりであった。
 そして、これを書いたジョン・レノンはもういないのだ。いったいなにが謎なのか。それはこんなことだった。

2 訳はどうなっているのか
 この曲を知らない人も多いだろう。
 内容はこんな調子だ(無碌子試訳だが、伝統的な解釈による)。

 昔、女をひっかけた
 いやこっちがひっかけられたのかな
 彼女は僕を部屋に呼んでくれた
 すてきだったよ、ノエルウェイの森みたいで

 今夜は泊まって行ってと彼女は言ったけど椅子ひとつさえ見あたらない

 そこで僕は床に座って、ワインを飲みながら、なんとなくおしゃべり
 そして彼女は、もう二時よ 眠らなくちゃ

 朝仕事があるから と言って 彼女は笑い出した
 僕は暇なんだけれどな といったところでどうしようもなく
 僕はお風呂で寝ることになった


 翌朝 目覚めたら僕はひとり
 彼女はいなくなっていた
 そこで僕は暖炉に火をくべた
 すてきだろ ノルウェイの森みたいで


 Norwegian Wood.はいちおう「ノルウェイの森」と訳してみた。
 この部分をプロはどう訳しているのか。
 まずは、LPレコード(EAS-80555)についている訳詩から。訳は山本安見。
 「ノールウェイの森みたいにシャレた部屋さ」 

 つづいて、『ビートルズ全詩集』(内田久美子訳 シンコーミュージック)より。
 「いいじゃないか ノルウェーの森」

 ところが同じシンコーミュージックからでていながら「ビートルズ詩集」(岩谷宏訳)では
 「そのノルウェー材の部屋に」
となっている。

3 解説はどうだろうか
 この曲の解説らしきものはないかと思って探したら、「ジョン・レノン伝説」(アルバート・ゴールドマン著 仙名紀訳)にはまさにこれにぴったりのことが書いてあった。
 それによれば、「ノーウェージャン・ウッド」という言葉は、イギリス人は知っているが、アメリカ人にはなじみがないもので、インテリア・デザイナーが使うファッショナブルな流行語であるとのこと。松材などを自然のまま塗装もせずに仕上げた家具のことであるらしい。
 つまり、ここでは「森」でなく「木材」としてとらえられている。
 ただし、さっきの「図書」4月号で大津氏は、「友人のアメリカ人によると、60年代ヨーロッパでもアメリカでもスカンジナビアの家具が大流行し、みんなが争って買い求めたものらしい」と書いている。大流行したのであれば、「ジョン・レノン伝説」に書いてある「『ノーウェージャン・ウッド』という言葉は、イギリス人は知っているがアメリカ人にはなじみがないもので」というのはいささかおかしいとということになるが、まあ、ともかくも「木」説ということでご容赦。
 日本でもスカンジナビア製の家具は人気のようで、たとえば「家庭画報」8月号の特集は「北欧の欲しい家具と食器」。また、聞いた話によれば、北欧家具というとイメージがいいというので、スウェーデンの、ある実用的な家具のメーカーの製品を日本の業者が輸入し、高く売ったため、その会社から「うちの家具は実用的だということでやっているのに高級品化するのはけしからん」とクレームをつけられ、その店では一時期、個人、法人を問わず日本向けに商品を送るのをやめていたこともあったという。
 こういうのもある。
 「ビートルズ全曲解説」(ティム・ライリー著 岡山徹訳)の訳者あとがきに、長年アメリカに行っていた友人に、訳者である岡本氏が「なぜノルウェーの森というのか、ノルウェーの木じゃないのか」と聞かれ、そう言われて考えてみればやはり木なのかなと思うということを書いている。
 どうやら「木」の説の方が有力そう。
 お次の証人は辞書である。
「ランダムハウス英和辞典(第二版)」というすばらしい辞書がある。
 どれくらいすばらしいかと言えば、言葉の用例が詳しくてわかりやすいのである。たとえば joke town という言葉には、「冗談の的になる町」という訳だけではあきたらず、「東京でいうと名古屋。Los Angeles ならば Burbank など」と書いてあったくらいだ。あまりのわかりやすさに名古屋の方から当然クレームが来て、残念ながら第二刷では削除されているけれど。
 そのランダムハウス英和辞典で、Norwegian Wood を引いてみた。そんなものがあるのかとお思いでしょう。ところがあるのです。
 Norwegian Wood(ノルウェーの森)The Beatlesの歌(1965)(正しくは「ノルウェー材」の意)
 おどろいたでしょ、ここまで書いてあるとは。

4 本人はなんと言っているのか
 こうしてみてくるとどうも「木」という説の方が有力なのだが、肝心のジョン・レノン本人はなにかいっていないのだろうか。
 「プレイボーイ」のインタビューをまとめた「ジョン・レノン&ヨーコ・オノ ラスト・インタビュー」という本の中でジョンは「Norwegian Wood」を書いたのは自分だとして、そのころ密かにつきあっていた女性のことを曲にしたと言っている。そして、インタビュアーが、「タイトル自体はどうですか」と聞いたのに対して。ジョンは「なぜ Norwegian Wood にしたんだろう」と答えている。
 どうも本人はおぼえていないようだ。

5 そして村上春樹が登場
 いよいよもって四面楚歌の「森」説だが、こういう議論がおきたのに答えるかのように小説「ノルウェイの森」の著者村上春樹が今年の6月17日発行の音楽雑誌「ルーディーズ クラブ」1994夏号に「『ノルウェイの森』の謎」と題したエッセイを書いている。さあ、彼はなんと言っているのだろうか。
 それによれば彼は、むかしからのビートルズのファンではなく、ギリシャに住むようになってはじめてビートルズのレコードを買ったのだという。
 そしてちょうどそのころ「ノルウェイの森」という小説を書き始めたところ、どうしても最初の飛行機のシーンに出てくる音楽は「ノルウェイの森」じゃなくてはならなかった。それは理屈じゃないということらしい。
 そして、「ノルウェイの森」が出版された後、あれは誤訳だという話が出てきているが、彼がアメリカ人やイギリス人に聞いたところでは「森」説と「木」説の両方の答えがあるという。
 そこで彼は、Norwegian Wood は、正確には「ノルウェイの森」ではない。しかし同様に「ノルウェイ製の家具」でもないというのが自分の個人的な見解であると言っている。 
 そしてなかばやけくそ気味に、だってまちがいだろうがなんだろうがあの曲は「ノルウェイの森」だったんだからしかたないじゃないかといい、そんなことを気にするのは「木」を見て「森」を見ずだというのだ。
 うまいね。ちょっとダマサレているようにも思うけど。

6 ムラカミ さらに書く
 村上春樹の筆は、これで終わらない。
 ニューヨークのあるパーティで、ジョージ・ハリスンの関係者が「ジョン本人から聞いた話」としてこんなことを聞いたという。
 まったく同じ話を書くと著作権を害することになるように思うので、要点だけ説明するが、Norwegian Woodというのは本当のタイトルではなく、最初に考えたのは、Knowing She Wouldというものだったというのだ(発音してみるとわかるがこの二つのタイトルは見事なまでに音がよく似ている)。
 Knowing She Wouldとは、要するに彼女とうまいことできることがオレにはわかっているとか、そういう感じの意味になって、当時としてはちょっとアブナイということでレコード会社からタイトルを変えるようにいわれてしまい、それでジョンが即興でNorwegian Woodと語呂合わせをやったというのである。
 こりゃすごいね、まいりました。
 さすがは村上春樹、間違ってもただじゃ起きないのであった。

7 ということで
 ということで、どうもこれは英語としては「木」説の方が有力のようだ。ただ、人によって解釈は違うみたいなので、お近くのネイティブ・スピーカーに聞いてみたらいかがだろう。ちなみにお手近のネイティブ・スピーカーであるアメリカ人に聞いたところ、彼は即座に「『キ』だと思います。『モリ』ではないと思います。何かで読んだことがあります。アメリカにいる時です」と答えてくれた。そして彼は、筆者がしていた長野オリンピック記念腕時計に目をとめて「オーナガノ。私は以前、盛岡にいました。オリンピックを呼ぼうと街は大騒ぎでした。長野に決まったときは、みんながっかりしました。私も残念でした」と懐かしそうに話していた。
 実は、この曲にはこの他にも謎があって、最後のフレーズで「暖炉に火をともした」というのはあれは、部屋に放火したのだという説もあったりする。 
 このほか、なぜLPでは「ノールウェイの森」になっているのかという話もある。ふつう、ノルウェーのことは「ノルウェー」と書く。わざわざ「ノールウェイ」と書くことはないではないか。東芝EMIに聞いてもピンとこない。ひょっとして「ノールウェイ」というのが正しい書き方なのかとも思ったが外務省西欧第二課によれば正しい書き方は「ノールウェー」だという。「東芝EMIは『ノールウェイ』なんですが」と言ったら、西欧第二課の担当氏、やや考えて「まあ、のあることとは思えませんな」。おもしろいじゃないか。
 村上春樹は「ノルウェイ」。ここでもひとり頑張っている。
 ちなみに、小説「ノルウェイの森」の大ヒットに便乗して「ノルウェイの森チョコレート」というのが、出ていたことがある。発売元のカバヤに聞いたら、あれは講談社との契約で一年限りということで作ったものだったとのこと。残念ながら今はもうない。ただ、写真を見たら「ノルウェイの森チョコレート」のパッケージには、Norwegian Woodではなく、FOREST OF NORWEYと堂々と書いてある。
「なぜこういう英語にしたんでしょうね」と聞いたところ、「これだったら中学生にもわかるからじゃないの、ハハハ」と笑いとばすカバヤのお客様相談室の人の声はあくまで明るい。
 うーむ。ホントにこれでよかったのだろうか。しばし悩むのであった。
 と終わり方がなんとなく椎名誠みたいになったところで今回はここまで。