ものがたりで読む 古川 康 マニフェスト2007
こんなすてきな佐賀県に

あとがき 

■古川 康 マニフェスト2007
 この「マニフェスト2007」では、「マニフェスト2003」で十分実現できなかった点や佐賀県をめぐる社会の変化をとらえて、めざすべき方向をくらしの豊かさを実感できる佐賀県 としました。 
 今、景気拡大は、戦後最長の「いざなぎ景気」を超えたといわれています。
しかし、暮らしの中で、景気回復の実感が薄く、競争社会が拡大・加速する中で個人あるいは地域間の格差が大きくなったとの声もよく耳にします。

 「くらしの豊かさ」を一人ひとりが実感することができるためには、もっと、日々の暮らしの実相に踏み込んだ施策の展開が不可欠です。そして、地域社会に「優しさ」や「温かさ」を取り戻す必要があります。こうした社会の実現に向け、佐賀県が率先して取り組んでいきたいと思います。この想いを「陽菜(ひな)のくらしのマニフェスト」としてまとめました。

 また、その「くらしの豊かさ」を支えるためには、県内に、働く場と公共サービスの原資である税収を確保することが不可欠です。そこで、新エネルギーやデジタルコンテンツ関連産業などの将来を見据えた企業誘致と県内企業の振興を通して、「足腰の強い産業育成」を進めていきたいと思います。この私の考えを、「誠(まこと)のしごとのマニフェスト」としてまとめました。

 さらに、これからの人口減少下の社会において、将来にわたって佐賀県が魅力ある地域であり続けるためには、次の世代を担う若者の育成支援や教育環境の整備などと合わせて、有明海沿岸道路、西九州自動車道や九州新幹線西九州ルートなど、地域にとって、将来の発展のベースとなるような社会資本については、現代を生きる者の「未来への責任」として、今のうちに整備していきたいと考えています。

 「マニフェスト2007」では、私が目標とする10年後の社会像を2017.05.01のイメージとして描いてみました。
 そして、この社会像を実現するために、今後4年間で取り組んでいく施策を今後4年間のマニフェストとして掲げています。

■古川 康 マニフェスト2003(1期目のマニフェスト)
 私は、平成15年3月に全国で初となるローカル・マニフェスト(「マニフェスト2003」)を掲げ、佐賀県知事選挙に立候補しました。知事に就任してからは、マニフェストの実現をめざし、"変革と創造の佐賀県づくり"に取り組んできました。

 この4年間の県政運営では、まず、県庁そのものの改革を行い、「管理型」から「経営型」への組織改革や生活者視点の職員の意識改革など、21世紀型広域自治体のトップモデルをめざして「県庁改進」に力を注いできました。

 また、国との関係では、地方政府として対等な立場から必要な提案を行い、物いう地方政府として三位一体改革の論議をリードしてきました。育児保険の提案など単に一地方自治体である「県」としての立場でなく「地方政府」としての提案・提言も行ってきたと考えています。

 財政面では、この4年間、国の一方的な都合による地方交付税の削減に対応するため、行財政改革緊急プログラムを策定し、無駄を省き、真に必要な事業に絞った財政運営を行ってきました。その結果、
▼ この4年間に、国の都合により発行した地方債(臨時財政対策債)を除く県債の残高が減少しました。(14年度末 5538億円→18年度末 4943億円)
▼ 国にさきがけて、平成16年から3年連続でプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化を実現しました。
など、厳しいなかにも、将来に過度な負担を与えることのない、メリハリの利いた財政運営を行うことができました。
県債残高の推移
プライマリー・バランスの推移
 政策面では、福祉の分野では、宅老所への支援や障害福祉のための総合相談窓口の設置、身体障害者用のパーキング・パーミットの実施、放課後児童クラブの小学校区ごとの設置など、国のやり方にとらわれない佐賀県の福祉のカタチを少しずつではありますが、実現できたと考えています。

 経済・雇用の分野では、ローカル発注や今や全国に広がりつつあるトライアル発注により佐賀県は地場企業支援の全国的なモデルになっています。また、小糸製作所、タカタや昭和金属などの大手自動車関連産業の誘致が進んで、佐賀県もカーアイランド九州の中でなくてはならない位置をしっかりと固めることができました。
 
 また、SUMCOの新工場の誘致にも成功し、佐賀県はシリコンウエハーの世界でも有数の製造拠点となろうとしています。また、損保ジャパンのコールセンターや世界的な不動産ディベロッパーであるプロロジスのグリーン・ロジスティクス・パーク鳥栖への進出も実現し、1万人雇用を達成しました。

 教育分野では、マニフェストに掲げていた少人数学級を導入し、「オンリーワンの佐賀体験事業」を通じて、佐賀県で教育を受けた児童生徒が、地域に誇りを感じるようになっているように思います。

 一方で、地場産業の景気の回復感は十分でなく、県内経済の底上げやユニバーサルデザインのまちづくり、「作る農業」から「売れる農業」への転換など、歩みは感じるものの、まだまだ成果を出すには至っていない道半ばのものがあるのも事実です。その意味で私がめざしている佐賀県としての姿はまだまだ実現できていないといわざるを得ないと思います。

 なお、マニフェストに掲げた政策は、佐賀県の重点実施項目として位置づけていますが、その達成状況については、県庁内部で検証を行い、年2回県庁のホームページで公表してきました。そこで、知事の任期の最終日となる4月22日には、この4年間を総括したマニフェストとしての検証を、自ら公表したいと考えています。

■マニフェストの実現にむけたプロセス
 マニフェストに掲げた政策は、佐賀県庁の行動目標としなければ実現できません。佐賀県では、2001年に10年間を期間とする総合計画を策定しており、「マニフェスト2003」をつくったときは、計画ができて2年足らずでした。

 このため、「マニフェスト2003」は、総合計画を補完する重点実施項目として整理を行い、担当部署を決めて取組を進めました。

 しかし、県民との施策に関する具体的な約束であるマニフェストと10年間の施策の方向を掲げた計画が別々にあるのは、佐賀県の将来ビジョンや具体的なプランをわかりにくいものにする恐れがあります。

 そこで、これからは、次のような形で、マニフェストと総合計画の連動を図ることとします。
▼ 計画期間をマニフェストに合わせた中期ロードマップの作成
 → これまでの10年間を計画期間とした総合計画に代わり、マニフェストの期間で取り組む施策を盛り込んだ計画「中期ロードマップ」を作成します。ここでは、「将来の佐賀県の姿」も合わせて示すことで、佐賀県が進むべき方向を明らかにします。

▼ マニフェストを中期ロードマップに組み込み、優先度の高いより重点化された施策として位置づける。
 → 中期ロードマップは、「マニフェスト2007」に示された施策を組み込んだうえで、「マニフェスト2003」に盛り込まれた施策も対象に含め、佐賀県が進める施策全般を網羅したものとします。

このことにより、今後4年間の県の行動計画が一本化され、わかりやすいものになると思います。

 マニフェストが従来の選挙公約と違う点は、具体的な内容を掲げ、事後の検証が可能なことです。このため、「マニフェスト2007」や中期ロードマップの進捗状況は、皆さんに定期的にお示して、様々な検証・評価が可能なようにします。

 2006年10月22日、「古川知事を採点してやろう!」と題したフォーラムが、(社)日本青年会議所九州地区佐賀ブロック協議会によって開催されました。これは、県民の皆さんによる4年間のマニフェストの検証・評価という意味で、全国初の大変意味のあるできごとでした。今後、こうした動きが広がり、1.マニフェストの作成 → 2.マニフェストの実施 → 3.マニフェストの検証 という"マニフェスト・サイクル"の定着が進むことを大いに期待しています。

■がんばらんば さが!


 今、地方は、経済的に厳しい現実、はっきり見えない将来を前に、自信をなくしているように見えます。しかしながら、確かな方向付けと歩みにより地域経営を行うことができれば、こういう時代であっても、そこに住む県民の皆様の暮らしを安心できるものにすることができると思います。

 これまでの4年間に、行政と民間が協働して「新しい公共」を担う試みも始まっています。佐賀県はCSO(市民社会組織)という新しい概念を創り出し、これによって協働を進めていこうとしています。"協働化テスト"は、まさにそのあらわれのひとつだと思います。

 「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の芽は、今着実に大きくなってきている、と思います。私ひとりでは困難ですが、皆さんと一緒になれば、必ずやその芽を育て、目標を現実のものにすることができると思います。

がんばらんば さが!

 これは、佐賀県に対する心からの私のメッセージであり、自分を奮い立たせる言葉です。どうか皆さんのご理解とご支援をいただき、すてきな佐賀県を一緒に創り上げていきたい、そう強く願っています。
(了)

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