財界九州2006年12月号987掲載
特別インタビュー
「次世代に欠かせない九州新幹線 今後は自ら足を運び理解を得たい」
   
佐賀県知事 古川 康

2003年4月の就任以来、独自性に富んだ数々の施策を実施、九州新幹線西九州(長崎)ルートなど、県内だけにとどまらず九州の将来にかかわる重要な課題にも取り組んできた古川康佐賀県知事。その行政手腕は、まさに自身が座右の銘とする「一隅を照らす」佐賀県への挑戦だったと言える。県政にかけるこれまでの思いと今後の展望について聞いた。

現場で「知る事」を徹底 実感した佐賀の豊かさ
■03年4月の知事就任から3年半余りが経過。地元、佐賀新聞(9月12日付)の調査では約6割が古川知事を評価するという結果が出ました。1期目のこれまでを振り返っていかがお考えですか。

県民の6割の方に県政を評価いただいているのは、ありがたいという一言に尽きます。九州新幹線西九州(長崎)ルートにせよ、プルサーマルにせよ、県民世論を二分するような問題に臨んでいますから。そうであればこそ、これからもチャレンジ精神で、県民の信頼にしっかりと応えないといけないと改めて知事という職責の重さを感じています。

私は知事就任にあたり、40歳代という若さを生かして、足らざるを補い、長所を伸ばすにはどうすればいいのかを考えました。では、長所とは何か。それは働くことを苦にしない」ことだと思ったのです。そこで今現場で起こっていることを知ることが何よりも大事だろうと考えました。つまり最初の仕事として、知事という文字通り「知る事」を徹底したのです。例えば、1年目に全49市町村(当時)で「知事とかたろうかい」を開催しました。当初、事務方が持ってきた案は4年間で一回りするという計画でしたが、就任して2年経っても訪問していない自治体が半分もあるという状態は許されないだろうと考えました。時間的にも余裕がないことは分かっていましたが、1日に2回開催した他県の実例を聞いていましたし、土・日曜も利用すれば可能と判断しました。肉体的にも精神的にもハードでしたが、就任したばかりの緊張感と若さゆえ成し遂げられたと思います。
もう1つ、知事に就任して良ったことは、私と同年代あるいはもう少し若い年代からも、声をかけていただいたり意見をご提案いただく機会が増えるなど、佐賀県を良くしたいという県民の皆さんの思いが聞けたことですね。今後は、そうした点をもっと強みにしていきたいと思っています。

■知事に就任されて、改めて認識されたことはありますか。

佐賀県の豊かさです。特に農業分野は、私が子どものころ、昭和40年代前半の稲作中心だったものから、麦や大豆、イチゴ、全国的にもブランドが浸透している佐賀牛など、非常に多様化しています。さらには、道路網の整備です。交通体系が発達したことで距離感や活動範囲が昔と大きく変わってきているということを実感しました。
さらに、もう1つ。佐賀県の二次産業の強さです。実は、長崎県の商工労働部長時代に気付いたことがあります。それは、長崎県より佐賀県の方が製造品出荷額が多いという点です。「すごく足腰のしっかりした県だな」という印象を持ちましたが、知事就任後は、この豊かさを強く感じるようになりました。
さらに、現場に行くことで、知らないことを知らないと言えることを認識しました。現場で話を聞いて問題点が分かるまでは、何を知らないと言って許されるのかすら良く分からない部分がありました。その点、現場に行くことで、「それは知らない」と自信を持って言えるのですね。現場主義は重要な決断を左右する大きな要因にもなりましたし、気付きと新しい提案、そして実行に結びつくことを実感しました。

県政に関する多くの事柄について、国が示した政策に従えば良かった時代は、県庁内で議論して上がってきた内容に対して、その場で知事が判断をすれば良かったのだろうと思います。今でも通用する部分はありますが、現場で実際に何が起きているのかを見ない、また、県民の生の声を聞かないなどいわゆる臨場感のない部分で判断してしまうのは、非常に危険な時代になっていると思います。現代は、他県と同等であることが、ともすれば自らの良さを失いかねない時代なわけですからなおさらです。他県がやっているから取り入れるとか、国が勧めたからその話に乗るということは他県とレベルを合わせることに過ぎません。佐賀県にしかないもの、佐賀県だからできることを目指すことにはなりません。他県と並んでいてはダメなのです。誰もが気付かなかったこと、知らなかったこと、分からなかったことに、どうやっていち早く気付き、議論をまとめ、実践するかということが大事な時代に入っているのです。その限りでは、トップに立つ者には、様々な事柄を知った上でその重要性や方向性を決定して知らせることが必要なのです。先にお話した「知る事」に加えて、この「知らせる事」もまた知事の重要な仕事であると思っています。

国内初の試み「トライアル発注」は全国へと波及
■1期日で独自性の高い複数の施策に取り組まれました。

私が知事就任後に導入した新しい事業の典型例が「トライアル発注」でしょう。これは、県内企業が開発した製品を県が試験的に購入する制度で、マニフェストでも挙げて国内初の試みとしてスタートさせました。現在、全国で33県が類似の制度を導入しています。10月6日には、本県が提案した「トライアル発注全国ネットワーク会議(仮称)」の設立を目指した担当者レベルの意見交換会が実施されました。これは佐賀県で蒔いた種が全国に広がった事例だといえます。トライアル発注を導入するまでは、県と企業が随意契約を締結するという発想そのものがありませんでした。しかし、地元の企業が持つ技術や製品は唯一無二のものであるということから、試す価値があると委員会が判断したものを、実際に使った上で高い評価が得られれば営業実績としてカウントして良いというシステムにしたのです。実際、大変に評判が良く、ある社長からは「良い製品をつくるから、補助金を減額して、トライアル発注の総額を増やして欲しいにと言われました。高い効果も認められましたので、補助金をかなり減額しトライアル発注へとシフトしました。
また、変えられるのに変えないはもったいないという思いは常にありました。私は地方自治の仕事に長く従事してきましたので、制度そのものは自由度は高いのにうまく活用されていないというケースが多いと惑じていました。
例えば、年度をまたぐ繰り越し会則がそうです。県内のある町では3月に菜の花のイベントを開催していました。しかし、肝心の菜の花が咲いていないのですね。「なぜ花も咲いてないのにやるの」と聞くと、「単年度会計だから年度内に実施しないといけない」と言うのです。「繰り返せばいいじゃない」と提案したら、「ハード事業の繰り返しはあっても、ソフト事業はないでしょう」と言われて、「確かにないけれども制度的にできないことではないよ」と教えました。実際、県でも4月にずれ込んでも開催できるように制度を変えました。その後、その町では4月に菜の花のイベントを実施しました。これは、現場に直接行って話を聞き、現場で判断することが、最適なタイミングでのイベント開催につながった好例だと思います。その意味では、一般的な企業と同様、制度ありきではなく、現実に対してどういうお手伝いができるのか、どういうソリューションの提案ができるのかという部分が我々の仕事であり、面白さだと思います。

新幹線西九州ルートは次世代のため絶対必要
■九州新幹線西九州ルートはは8月末、国土交通省の来年度予算概算要求に盛り込まれました。政府・与党の新規着工決定から2年余りを経て未着工のままになっていますが、現状をいかがお考えですか。

九州新幹線西九州ルートを今この時期に整備しておくことが、私たちの次の世代、さらに次の世代の人たちから絶対に喜んでいただけると私は信じています。鉄道事業は県の意向だけでやれるものではありません。事業として成立するだけでなく公共事業としても税金を投入することを国が認め、また、そのことに理解が得られるというスキームの中でしかやれないものです。一方で、今の在来線が今後も同じような形で必要とされ続けるだろうかという思いがあります。距離が短い都市間輸送の手段として在来線は利用されるでしょうが、特に中距離輸送ではできるだけ楽に、できるだけ早く目的地に到着することが求められるのではないでしょうか。そうした手段を有していない地域は、わざわざ自ら進んで自分たちを一歩も二歩も後退する位置に置くことにつながると思うのです。
2011年には九州に縦軸が完成します。九州新幹線鹿児島ルートの全線開業は、九州全体の人やモノの流動化に大いに役に立つでしょう。さらに横串とでも言うべき西九州ルートが一つの動脈になることで、九州全体の底上げ、九州に人が来る場合の容易さ、便利さが向上するのです。ですから、自分が使うからということだけでなく、いかに多くの地域からビジネスあるいは観光で、または帰省の際の利便性、容易性という視点からもぜひみて欲しいと思うのです。さらに、今回の財源が西九州ルートに使われなければ、その財源は北海道か北陸で使われるのです。「地元の理解が得られさえすれば、いつでも着工していい」と、この財政難の時代でさえ国からのお墨付きを得ているのです。それなのに、私どもの努力不足で実現できなかったとなれば、将来の佐賀県だけでなく九州全体の発展を妨げることになりかねないと思っています。

■鹿島市を中心とするJR長崎本線存続期成会との協議は、今年1月から途絶えています。

私どもは、佐賀県や西九州の発展のために鹿島市およびその周辺地域に我慢して欲しいとは決して申し上げていません。せっかくなので、これをチャンスに変えましょうと呼び掛けています。九州新幹線西九州ルートの整備を機に、有明海沿岸道路の前倒し整備など南部地域の振興策を実施して、鹿島市およびその周辺地域にとってもトータルでプラスになるような提案をしています。さらに、県単独では考えつかない地域に根ざした事業内容についても皆さんで考えていただければ、その実現には県が積極的にお手伝いしますという提案もしています。将来には必ず、「最終的には同意して正解だった」と言ってもらえるようにしたいのです。これだけ議論をオープンにしているわけですから、同意さえ取れれば終わりではなくて、まさに私たちは次の世代に対しての責任を果たすべきだと思うのです。
ただ、これまでは自分たちの思いを行動に移すということに遠慮がありました。これからは鹿島市に足を運んで市民の方々との直接対話もやるべきだと思っています。そうすれば、鹿島市および周辺地域をトータルで発展させたいという私どもの思いをご理解いただけるものと信じています。実際、当初は反対だった白石町と太良町からはご同意いただきました。ですから、我々の思いが、まだ期成会を構成する鹿島市と江北町には伝わりきれていないのだと思っています。これまでは、副知事を交渉窓口のトップとして期成会と交渉を続けて来ました。これは、別の場所で議論を進めることは、期成会に対しても失礼だろうという思いがあり、できれば期成会そのものから同意をいただくのが一番望ましいと思っていたからです。この間、私は国や与党に出向いて現状を伝えて、早期着工ヘの思いを伝えてきました。ただ、ここ数カ月は協議が途絶えていますから、鹿島市および江北町の住民の方々も今、何をしているのだ」と逆の意味で不安になられるかも知れませんので、そうならないように、やはり私が直接お話できる機会をつくっていただけないかと思っています。鹿島市の桑原(允彦)市長は市長選で建設反対を公約にかかげ当選されたので、市長ご自身の気持ちを変えることは現時点では難しいかもしれません。ただ、鹿島市民の方々の思いが変わっていけば、市民の代表である市長の思いが変わっても何ら不思議ではないと思っています。つまり、市長が考えを変えられるような環境となるように市民の方の理解を得ることが必要だと思っでいます。着工の同意を得ることを諦めることは、新幹線プロジェクトを諦めるということです。着工は知事判断だけではできません。04年12月の政府・与党の申し合わせ書に地元の「調整が整った場合には着工する」と記されている訳ですから、懸命に同意を得るための努力をしているのです。
 
■沿線自治体の同意なしには杭一本打たせない」という古川知事の発言が、建設着工を容認する足かせになっているという理解もあるようです。

それは違います。先ほども申し上げた政府・与党の申し合わせ書に基づき、国から沿線自治体の同意を限るように求められているから着工できないのです。「私が地元の同意を得ることを条件としたために着工できない」との意見があるとすれば、それは私の発言を勘違いされているか、「知事判断で着工できるようにスキームを変えてはどうか」という意見だと思います。繰り返しますが、今の国のスキームでは沿線自治体の同意が絶対的に必要なのです。また、新幹線に対する認識が浸透しきれていない部分もあるかと思います。実際、少し前まで「駅はどこにできるのですか」という質問があったくらいですから。佐賀県民にとって新幹線は、鹿児島ルートも含めて身近なプロジェクトではなかったのですね。その点は、県の考え方を県民に伝えきれていなかったという反省はあります。今後、県としても九州新幹線ルートの必要性を強く訴えていきたいと思います。

ほど良さがある佐賀県エネルギー政策も視野
■中長期的にみた九州の中における佐賀県のあり方についていかがお考えですか。

一言でいえば、佐賀県は「ほど良さ」がある県です。グロスの数字で見ると小さい県なので小さく映りますが、例えば、一人当たりの県民所得は九州で3位です。この例からも分かるように、一人当たりで換算すると九州の中では非常に恵まれた県なのですね。この小回りの良さがいろんな意味で生かせるのではないか、と思っています。しかも、地理的条件にも恵まれています。高速道路を含む道路網も鉄道もクロスしていますし、九州新幹線(西九州ルート)が開業すれば、鳥栖はますます「ハートオブ九州」になります。また、佐賀空港の夜間貨物便は大変、需要が伸びています。ですから、福岡都市圈とのほど良い距離、暮らしていく環境としてのほど良い広さ、そういったものをもっと生かしたいのです。さらに言えば、いつの時代でもエネルギーの最先端の県でありたいとも思っています。本県はもともと炭鉱県です。その後に石油火力ができて、原子力発電所ができています。これまで、国のエネルギー政策と一緒に歩んできた県ですから、新しいエネルギーを生み出すことに常にかかわる県でありたいと思っているのです。例えば、当県は住宅の太陽光発電の設置率が全国トップです。さらに新しく太陽光発電を設置する住宅には、県がグリーン電力を買い上げる全国で初めての制度を実施しています。また、伊万里市の海洋温度差発電もそうですし、将来的には、燃料電池の実証実験施設を九州に持ってこれればとも考えています。クリーンエネルギーとして近年、注目が集まるバイオエタノールだってあります。例えば、バイオエタノール用のトウモロコシがあるように、バイオエタノール用の稲があってもいい。本県が、その原産地であり、かつ供給県であるような政策を講じたいと思っています。そうすることで佐賀県が、際立つ存在、きらっと光る県、ビッグではないけれどもグッドな地域になれると思います。