| (株)財界九州社 発行 財界九州 10月号掲載 |
|
![]() 新人6人によるまれに見る激戦を制して佐賀県知事に初当選した古川 康氏は45歳という若さと持ち前の行動力で「変革と創造の佐賀づくり」に取り組んでいるが、21年に及ぶ国と地方での行政経験を生かし早くも古川カラーを強く打ち出している。 聞き手/本誌編集長 山口 真一郎 |
|
| 4県での行政経験の中ではぐくんできた知事の夢 山口 そもそも郷里佐賀に帰り、知事選出馬をしようと決めたのはいつごろ、どんな思いや背景があったからですか。 古川 佐賀に対する思いは21年前、自分の仕事を地域振興とか自治の仕事をしたいと思ったときからありましたし、その前の学生時代、自分が初めて大都会で暮らすようになった時から、私は佐賀県人であることを誇りにしてきました。 一方、世の中全体で何か都会と田舎の間に地域の上下があるような、もしくは都会と田舎では人間の価値に差があるかのような風潮があり、それはおかしいという気持ちとそうでないようにしなくてはいけないという思いと、そういう社会を仕事を通じてよくしたいという考えがおこりました。 つまり東京一都のみが栄え、他の町や村が枯れるような国家のあり方ではなく、多くの人が生まれたところで満足感をもって生活ができるという地域をつくっていくためのお手伝いができる仕事がしたいと思って自治省に入ったのです。 その延長線上に私は佐賀県で生まれ育ち、いわば佐賀県民の血税で教育を受け、育ったという思いがあり、その恩返しをしたい、それも自分が年をとり年金をもらうようになってから帰るのではなく、自分が何かしら佐賀県に対し貢献できるようなスキルを身に付けて、それを生かすような形で帰りたいと思っていました。 もちろん選挙に出るということも、頭になかったわけではありませんが、当時はそれを現実のものとして考えず、例えば大学の先生とか、そういった形になるかなと思っていました。 山口 ということは自治省入りした当初は自治体の首長になるというイメージや夢を持っていなかったということですか。 古川 そうです。当時、首長というものは正直いって、どういう存在なのかよく分かりませんでした。 しかし、沖縄県をはじめ、4つの県庁で仕事をしていくうちに、行政トップがどういうことをしているのか、また自治体の仕事のダイナミズムとか問題点とか、そういったものを自分なりに身に付けていく中で、自分が知事ならこういう判断をするだろう、こんな風にしたいという思いが次々起こりました。 例えば今回、トライアル発注という名前で県内企業が開発した製品を県が試しに使おうと募集しました。 これは県内企業が開発したものを県が「お試し」で発注し、結果がよければ実績として認めるというものですが、105品目の提案がありました。 当初私は30品目以上なら成功、未満なら失敗といってきました。それが105品目出たということは企業の取り組む姿勢が前向きであり、そういったものが求められていると感じました。これは長崎県で商工労働部長をやっていた時に考えついたことです。 こうした21年間に培ってきた自治の現場と制度を作る場の両方の経験を今、こうやって故郷のために使おうとしているところです。 山口 4県での行政経験を県政に生かそうとされていますが、それでも知事となればその場合はまったく異なります。知事は行政トップというだけでなく政治家でもあるわけで、その辺りを意識せざるを得ません。 古川 政治家であると感じるのは、例えばまちで声をかけられるときです。 そこでみなさんから「頑張ってね」と手を振られ、握手を求められ「写真を一緒に撮って」とまでいわれます。これは自分がみなさんに選んでもらった存在だからこそであり、副知事や総務部長ではまずないでしょう。 それと、部長時代もよく県民の声を聞いていましたが、気楽な聞き方でした。 しかし県民から直接選んでもらう立場になると、ある意味で県民が自分の任命権者なんです。 ですから公務員時代のように「あ そうね」と軽く聞き流すことができなくなったのです。 いま私と職員、県民の関係はいわば三すくみ状態というか、知事は職員に対して上司と部下の関係で命令権者かもしれませんが、職員と県民の関係を見ると何か申請ごとがあり、それを許認可する時にお上的になる。 一方で県民と知事の関係では少なくとも私の場合は県民は知事の任命権者であると受け止めており、私を支持していただいた16万809人の方々から「知事に任命する」との辞令をもらったと思っています。 これまで井本前知事が、スーパーガバナーとして議会対策から県民との対話にいたるまで一手にやっておられたことを私は一部分しかできないかもしれませんが、そこのところは謙虚になろうと思っています。 議会との関係を作っていくのもこれからであり、そういう政治家としての動き、さらには中央政界との関係、佐賀県に必要なものをどうやって国レベルで実現させていくかといった問題もこれから取り組んでいくつもりです。 「災害が少ない」のも自慢 県民に誇りと自信与える 山口 古川知事に投じられた16万余人の県民は一体何を求めていると思われますか。 古川 変革と行動でしょう。 私に対し直接寄せられた声の多くは「佐賀ば変えてね」でした。 それは県内によぎる何か沈滞ムードのようなもの、本当に沈滞しているかどうかは見方によって違いますが、みんなそれを払しょくしてほしいと思っているんです。 それと佐賀にはいろんないいもの、素晴らしいものがありながら、それらにあまり目もくれず、ただ「なーんもないもんね」「元気なかもんね」と挨拶代わりに話すのが風潮になっています。それはもったいない。 かつて岡山にいた時、岡山って純粋にみると倉敷の白壁ぐらいでさほど見るところがありませんが、それでも岡山の人は自分たちの県を紹介するときに「交通が便利、災害がない」といいます。この2つの言葉は教えられているんです。だから私は新しい佐賀県の売り方、褒め方、見方を作っていけばいいと思っています。 今夏の集中豪雨で、九州各県は大きな被害を受けましたが、佐賀県はほとんど被害が出ませんでした。それだけ佐賀県は災害がない県で、災害対策本部を設置したのは10年ほど前に1度あったかなというほどです。 その要因はまず大きな山がないということ。 2つ目は低平地ですから水との戦いを昔から繰り広げ、その結果、治水事業が相当進んだということです。 こうした先人たちの努力のおかげで、今我々はその果実を享受しているといえます。 一方で、かつて私が勤務した長崎県では災害に遭いましたし、福岡では思いも寄らぬ都市災害で、博多駅周辺が水に浸かりました。そうした現状を見ますと我が県は他県に比べて災害が少ないといえます。 また、佐賀県と長崎県を比べると人口は長崎の方が倍近いのですが、製造品出荷額は佐賀の方が多いのです。 ほかに佐賀は農業県だとよくいいますが、農業粗生産額は全国で22位であり、実は福岡県より低いわけです。 つまり佐賀県の人はこれまで農業県だと思ってきましたが、日本の中で佐賀農業が占める位置というのはそれほど大きくないということです。 ですから、佐賀農業はこれからクオリティーで勝負していかないと、打ち勝てないと思っています。 山口 それだけ佐賀県民は自県のよさをあまり知らず、そのことが「佐賀には何もない」という自嘲気味の挨拶につながっているように思います。そこで知事は自県のよさをもっと知り、誇りを持てるような挨拶が交わせるよう取り組もうとされているのですね。 古川 そうです。これはぜひ手掛けたいですね。 県政に対するアンケートをみると「県のイメージアップ」というのが高齢化対策とか産業振興といった項目と並んで、3位か4位にきます。 イメージアップについては「はなわ」さんが歌ってヒット中の「佐賀県」があります。あの歌は県民の間で賛否両論ありますが、私が思うのは県民の反応で、私もプロモーションビデオに出ていることから「けしからん」という人もいますが、多くは「よう出た」といってくれていますし、広報広聴課によると「圧倒的に支持の電話」だといいます。 ただ、不幸なことに子どもが他県の転校先で「あのはなわの佐賀か」とからかわれ、心が傷ついたという方もおられます。そうしたマイナス部分があることも事実ですが、佐賀の存在感が出てきたという意味では非常にいいことだと思います。 あの昭和58年に放送されたNHK「おしん」で、当時、県はおしんをいじめるしゅうとめ役が「佐賀女性のイメージを悪くした」と抗議しています。 それから20年、県も変わったし、県民も変わったということです。 福岡と連携して活力を備え 産業育成と企業誘致に注力 山口 知事となって改めて佐賀を見てみて、県内の景況感や地元企業についてはどうご覧になっていますか。 また新たな産業創出は可能でしょうか。 古川 いい芽を持っている企業がたくさんあり、先ほどもいいましたように製造品出荷額から見てもそこそこ行けてる企業があります。 あと佐賀の優位性でいえば何といっても福岡と近接していることです。これだけのマーケット、人材集積を持つ地域が隣にあるわけですから、これをもっともっと生かすことを考えていきたいと思っています。 産業については例えば今考えているのはデジタルコンテンツ産業でして、東京や福岡で必要とされているデジタルコンテンツのプロデューサーを経産省などとタイアップして育成することやそういう仕事の受け皿を作ってはどうかと思っています。できればそれを障害を持った方にやってもらえれば、障害者雇用の一助にもなります。 このことは行政に頼った暮らしではなく、ITとういうツールを使って自分たちの力を発揮する、まさに納税者になっていただきたいのです。 あと鳥栖などがメーンになりますが、佐賀という場所をいかした産業育成とか企業誘致なども考えたいと思っています。 ほかにも工業団地の売り出し方ではこれまで買う側の発想がありませんでしたし、企業誘致にしてもただ「来てもらえませんか」とお願いするだけでした。 立地のメリットやポテンシャルを提案できるような人材を養成することが必要ですが、それには職員だけでなく、外部から呼んでくる場合もあるでしょう。 そういった小さなこともタブーなく無理なく、新しいことにチャレンジするという佐賀県の姿を目指したいと思っています。 山口 企業誘致における官の営業というのは常に受け身でしたが、それを提案型の営業に転換するということですか。 民間では当たり前の手法ですが、その成否はいかに官の意識を捨てるかにかかっています。 外部の血を入れるという発想もそういった考え方から生まれたのですか。 古川 外部の血についてはこれから検討するよう投げかけている段階です。 お客さまはすべからく民間の方ですから、民間のことをよくわかった方がいいと思っています。 あと時間はリスクであるとか、時間は金利を生むとか、そういったことに対する動物的ともいえるセンスを身に付けている人です。とかく役人というのはバランス感覚とか、あちこちに目を配る力とか、物事をオーガナイズして取り組むことは得意ですが、お客さまにとって必要なものを提供して成約に結びつけるということが不得手といえます。 そういう足らざる部分を得意な人に任せることで補いつつ、いいところを堂々と発揮できるような職員を育成、養成していきたいと思っています。 山口 先ほども触れられた福岡との関係ですが、今後の佐賀経済発展には福岡との交流人口の拡大が不可欠です。 古川 そのためにも佐賀から見た北部九州の連携戦略のビジョンをつくる必要があると思います。 似たプランはこれまでもありましたが、福岡をにらんだ中で佐賀がどういう役割を果たせばいいのか、ほかの近隣県に対しても我が県がどういう役割を担うのか、そういうビジョン作りをすればどうかと思っています。 一方で私は限られた財源の中で高規格幹線道路をなるべく早く作るべきだと訴えてきました。 それは今世紀半ばになれば国はそういったものを作らなくなると思っているからで、そのため生活道路は当面待っていただくしかありません。 ともあれ5年、10年のうちに県内に道路がどこまで出来るか。近くマップにして発表しようと思っています。そういったものを持って国に対して強く訴えていく、例えば西九州道路や有明海沿岸道路も佐賀と福岡の交流を活発にするために不可欠であるというふうに。 ほかにも空港については福岡空港との機能分担論などがありますが、新しい空港を建設するかどうかは別にして福岡の人が佐賀空港を使いやすくするために基盤整備をしてもおかしくないということです。 もちろん空港との往来のためだけに使うならもったいないわけで、例えば有明海沿岸道路も早くから構想があり、今事業化が進んでいますが、それをもっと急いでやるということやさらに有明海沿岸道路と長崎自動車道を結ぶ道路も構想としてあるので、それを早く具体化させたいということで、先ほど連携会議を立ち上げ、学識経験者などと協議に入っています。 道州制より都道府県合併の方が現実的 山口 ところで九州各県では現在、政府の三位一体改革を契機にこれまで以上に「道州制」論議が盛んになり、経済界でも都道府県レベルの合併論を含めて多大な関心を払っています。知事はこういった動きについてどういった考えや思いを持っておられますか。 古川 議論を大いに進めるべきですが、私は道州制よりも都道府県合併の方が現実問題としていいと思っています。 現在進行中の市町村合併が平成17年度でケリがつきますから、その後は今の県の形をどうするかといった論議が当然起こり、現実化の方向へ向かうはずです。 その一方で現在の市町村合併は各自治体とも大変苦労しており、本来なら小さくてもやっていけるのがいいのですが、地方分権や三位一体改革の中でこのままでやっていくのは難しいといえます。 とにかくこれからいろんな機能が市町村に求められていく中で、少ない職員でやっていると掛け持ちの連続になり、それでは住民が満足するような行政サービスができなくなります。 そういう意味では足腰を強くするために大きな地域単位を作ってもいいのではと思っています。 道州制か四都道府県合併かということについていえば道州制なら九州は1つでしょうが、都道府県合併なら例えば北部九州と南部九州の2つに分けられることもありえます。 これはいろんなステップが考えられ、都道府県合併ではまずまとまりそうなところから進めるしかないのではないでしょうか。その前提としてこれまで以上に県同士の連携を活発に行う必要があります。 例えば長崎の波佐見町に窯業技術センターがありますが、それから数キロしか離れていない有田町にもやはり窯業技術センターがあります。 これを両県が一緒にして大きなセンターを作れば多分、センターとしての機能がもっと高まるはずです。 山口 そういう意味で佐賀、長崎そして福岡を含めた3県の現状を見て北部九州同士の県合併が可能だということですか。 古川 不可能ではないと思います。ただ、都道府県合併することによるメリット、デメリットがあるわけで、佐賀県、長崎からすると財政力の強化につながるというメリットがありますが、一方で福岡に吸収されるのではないかという不安もあります。福岡から見たら合併後も福岡が中心になることは確かであり、かえって自分からはいいだしにくいというところもあると思います。 市町村合併にしてもリーダー自治体、中心市というものはとかく動きが鈍く、周囲の話を静かに聞いているだけというケースが多いのです。 山口 本日はお忙しい中ありがとうございました。 |