| 「遊育」7/24'06No.14 発行所:(有)遊育 発行日:2006年7月24日発行 |
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| 第15回 自治体トップが子ども施策を動かす | |
| 古川康・佐賀県知事(ふるかわやすし) 知事プロフィール 昭和33年生まれ。昭和57年東京大学法学部卒業後、同年自治省に入省。長野県企画課長、岡山県財政課長、自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを歴任、平成15年マニフェストを掲げ佐賀県知事挑戦、同年4月全国最年少で知事に就任し、現在に至る。http://www.saga-chiji.jp/ |
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――― 今回、県独自に育児保険構想試案をまとめられましたが、なぜこのような検討に取り組んだのですか。 古川 財源こそがネックだと考えたからですね。知事になって直ぐに、福祉分野での予算の使い方を見せてもらいました。そして、これではだめだと思いましたね。半分が年金で、3割以上は医療、残る分野で多いのは高齢者福祉と障害者福祉です。障害者福祉も問題はありますが、子どもに対する福祉予算が圧倒的に少ない。 高齢者・障害者・児童福祉を並べて考えると、高齢者福祉には介護保険が入りましたので、現物給付の市場が作られました。それによって随分変わりました。障害者福祉については、自立支援法が成立しました。評価は分かれますが、維持可能な施策を続けていくためには一定の負担をお願いしなくてはいけないでしょう。私は障害者福祉の一部は介護保険でカバーできると考えており、一部一元化も主張しています。 残るは児童福祉です。児童福祉だけ、純粋に税金で施策展開しなくてはいけません。そうすると、どこかから予算を削って持ってくることになります。年金の予算を削りますか、医療ですか。どちらも今後、確実に増えます。今回、国で歳入歳出一体改革の方針がまとまりました。社会保障費の削減が強調されていますが、今年度から減らすのではありません。何もしなければ何兆円かかるところを、2011年度から減らすということです。現在の規模と比べてみても減りません。 そんな中で、どのようにして子育て支援事業を充実できるのでしょうか。総論賛成とばかり言っていると、結局、何もできません。財源がネックだと言われていますから、そのネックを取り外してみようと検討することになりました。 元々、この構想を持ち出したのは職員です。当時の課長や職員たちが勉強し、子どもの分野でも保険的なことを考えている人がいると、その資料を持ってきてくれたのです。一目見て面白いと感じ、検討を進めてもらうことにしました。国に何か考えてほしいとお願いするのではなく、自分たちで制度設計してみようという話です。 私も以前は国にいましたから分かりますが、制度設計はそれほど難しいわけではありません。最初は大雑把に作ります。その後は、このプランを成功させようという目でアドバイスできる人に相談して練り上げていくのです。最初から完璧なものを作ろうとしても作れません。だから、最初は庁内の一部職員だけでプロジェクトチームを作り、ラフなプランを作りました。 その後、仲間を増やそうと、九州・山口知事会に声をかけました。しかし、なかなか賛成を得られませんでした。というのも、子育て論のベースがばらばらだったためです。ある知事さんは、「これは国がやること。地方が共同してなんていうと、地方に押し付けるからやらない方がいい」とおっしゃいました。合計特殊出生率の低下は基本的に国が何とかすべきとの意見や、出産は事故ではないので保険になじまないとの意見もありました。 ただ、育児保険では意見が分かれましたが、「子育て応援の店事業」を九州で一緒にやることになりました。子育て家庭の経済的負担を軽減するために、協賛企業に対して、子育て家庭に対して割引や特典などの優遇サービスをお願いするものです。九州各県で協賛企業の募集を始めています。この事業自体が大きなインパクトを与えています。 この事業は知事会の成果でした。しかし、県としてはこれだけで終わりにするのはもったいない。そこで、庁内でさらにブラッシュアップしようと、再度プロジェクトチームを作りました。 佐賀県は1地方自治体ですが、国全体のことを考え、このように提案しているということ自体、とても意味があると思います。何でも国にお願いするのではなく、責任ある自治体としての姿勢を示しているのです。小なりといえども我々も政府です。税金をいただいて成り立っています。政府としての苦労は国も県も同じ。だからこそ、こうしたら財源確保できるのではないかと提案するのです。 子どもを産むか産まないかは全く個人的な自由で、人から何か言われることはありません。しかし、子どもを産んだ人も産まなかった人も、産みたかったけれどもできなかったという人も、ある一定年齢に達したときに、次の世代にお世話になることだけは事実です。そこから、自分たちの将来の安心感のために次世代を支援していくということは理解してもらう余地があると考えています。育児保険構想試案にも、こうした私の強い思いを入れています。 とにかく、財源がない中で子育て支援を拡充しなくてはいけないということになっていますから、20歳以上の全国民が月額1,800円程度を負担するという新しい方法を提案したのです。国は育児保険のような、使い道が特定される財源は嫌がります。できれば消費税の方がよいと思っているでしょう。しかし、子育て支援策を増やすべきという議論が出ているのに、財源確保策が何も出てこない。これはおかしいだろうという点には反応がありました。少々問題があってもあきらめないというスタンスで取り組んできました。 今回のプランの特徴は、企業負担を求めていないことです。子育て支援の財源の論議になると、財界の人がいつも反論しますね。なぜ、企業負担を求めないのかと随分質問を受けました。この構想は、企業負担を求めなくてもここまでできるという一応のレベルを示したものです。企業にも法人としての社会的な役割があるとご理解得られれば、ご負担いただけばいい。新たな保険構想を打ち出すと、企業は最初から自分たちの負担が増えると考えて、反対するに決まっています。そうした議論をさせないために企業負担は入れていません。子どもに関わる細かな制度を知らなかったので、こういうアイディアも出てきたのでしょう。 先日、この育児保険構想について、厚生労働省の記者クラブで発表いたしました。平成17年の合計特殊出生率が1.25であったという発表が行われた数日後でしたので、反響がありました。少なくとも厚生労働省詰めの記者さんたちは、関心を持ってくれます。 ――― 育児保険構想がそもそも職員からの提案がきっかけだったということですが、子どもの施策を考えるに当たっては職員のアイディアを引き出すことを意識しているのですか。 古川 1人の100歩より100人の1歩と考えています。私がいくら頑張っても1日に歩ける歩数は限られています。しかし、知事部局だけでも職員は3500人います。みんなで一斉に歩けば、その方が進む距離は大きい。県民からみても動きが良く分かると思います。理想は毎日職員からの提案に追われて、「よかけんが」と閉口するくらいになることですね。提案が上がってくるということは、やりたい人がいるということです。私が部課長を説得する必要はありません。これは大きい。こうした動きをいかに増やすかが悩みです。 一方で、県では毎年15%予算カットしています。片方で無駄をなくせと言っておきながら、もう片方で何か新しいことを考えろというのは何だ、と職員からは怒られます。しかしこれは、中途半端に事業を無くさずに思い切って全廃したところで財源を見つけたほうがいいのではないかと、職員には伝えています。 これまでにも職員からいろいろな提案が出されました。例えば、駐在所の建替。築30数年の古い物件が多いのですが、予算上、1年に2か所しか建て替えできませんでした。ある職員がリフォームしてはどうかと提案してくれました。調べると建て替えるより安上がりです。予算枠は変わりませんが、今年度は3か所新しくすることができました。これまでは、全て壊して新たに造ることが建て替えだと考えていましたが、その常識ではできないことでした。 また、佐賀平野には排水ポンプがたくさん設置されています。毎年1〜2か所をオーバーホールしていました。現場からすると、毎年手入れしていれば故障の予防や早期発見ができます。10年に1度の大規模な分解・修理をしなくても長く使えるようになりました。日頃何もしないから多額のオーバーホール費用が必要になります。それではということで方向転換することにしました。始めたときには例年以上に費用がかかりましたが、その後はかからなくなりました。現場の声があったから分かったことです。そうした取組を増やしたいですね。 ――― 県では育児保険構想を検討される以外にも、幼稚園と保育所の窓口を一元化したこども課を作られました。これにはどのような狙いがあったのでしょうか。 古川 霞が関の役人に絶対できなくて、県や市町村の職員ならできることの代表例が縦割排除だと思っています。霞が関の役人が優秀であればあるほど、できないことです。私たち県庁職員には、出身省庁などないのですから、本当に県民のためになるかどうかということを判断基準にできます。これはなんと素晴らしいことでしょう。当初から、縦割排除でやれることをやろうと思っていました。その象徴がこども課だったのです。 きっかけは、鳥栖市で発生した銀行強盗事件です。子どもたちの帰り道の安全のため、集団で下校するよう通知を出しました。鳥栖市からは市立保育所や民間保育所に連絡が流れ、市教育委員会から市立幼稚園や学校に連絡が行きました。ところが、私立幼稚園の連絡だけが抜けてしまったのです。私立幼稚園は県が所管しているということで、市からの連絡が行かなかったのです。これはおかしいですよね。 このほかに、例えば、放課後児童クラブでも現場で縦割の弊害を感じます。先日も指導員の方から悩みを聞きました。小学校校舎の空き教室を使っている放課後児童クラブでは、台風などで学校が休校になるため放課後児童クラブも休みになるという場合、学校からその連絡が入ってこないというのです。学校が休校にすると決めて教育委員会に連絡し、教育委員会が市町部局の子育て担当部局に伝え、そこから指導員に連絡することになります。また、空き教室に電話はありません。学校とは、指導員の携帯電話を通じて連絡を取ることになります。おかしいですね。国は何も思わないかもしれませんが、我々はこうした点に疑問を感じなくてはいけないでしょう。 国が縦割で進めてくる施策を、私たちが現場で使いやすいように横割に組みなおす必要があります。子育て支援事業なども、実際に取り組むのは市町村です。市町村が仕事をしやすいように支援するのが県の仕事です。時に、霞が関に対して盾になると、市町村からは「県も役に立つ」と思ってもらえます。 ――― 県がこども課を設けるなど取組を進めていますが、市町村ではいかがでしょうか。 古川 市町村の意欲がまちまちで、取組には差があります。だからよい実践を行っている市町村を褒め称え、善政競争を後押ししています。 例えば、合併前の佐賀市のケースで、延長保育や放課後児童クラブが整備されていないからと北隣の大和町に住居をきめたという話を聞きました。子育て支援の充実している市町村を選んで住む時代が来ています。言わば足による投票が行われているのです。このほかにも、放課後児童クラブが整備されている小学校の地域に引越し先をきめたという話もあります。子育て支援事業が進む地域に人が移り住むということにもなります。 基本的に、首長はよい政治をしていると住民に思われたいと考えています。みんなが当たり前と思うことが実現できるよう、よい意味で競ってもらいたいと思っています。 子どもや子育てにやさしいまなざしを向けられることが望ましい社会です。昭和の初期に日本を訪れた外交官夫人が「この国において子どもは王様」と記してあったようです。こうした遺伝子は我々にも残っているのですから、そうした環境を取り戻したいですね。 ――― 育児保険構想では社会で子育てをするという考えが色濃く打ち出されていますが、こうした県の考えは県民の間に浸透していますか。 古川 浸透しつつあるというところでしょう。認定こども園を推進していますし、幼稚園の早期入園特区なども進めています。また、保育所についても延長保育や休日保育、病後児保育などにも力を入れています。保育所そのものの持っている意義を大事にしてきました。保育関係者、幼児教育関係者には好意を持って受け止めてもらっています。 また、県は企画立案するところであると同時に、多くの職員を抱える事業所でもあります。子育て支援という点でも県庁自身が模範を示さなくてはいけない。県庁職員にとって子育てしやすい環境を県が用意しているかどうかですね。と言っても、あまりに民間とかけ離れても行けません。「県庁ラビット論」と言っているのですが、マラソンでペースメーカ役を務めるラビットのように、県庁が少しだけ前を走り、佐賀県全体の子育て環境の底上げをしなくてはいけないと考えています。 例えば、育児休業中の職員に年1回程度集まってもらっています。県庁の最近の情報を提供しながら、気分転換を図ってもらうのです。今は子育てに熱中してほしい、そして育児休業期間が終われば県庁に戻ってくるのを待っている、というメッセージを出しているのです。職員が働きやすく、休みやすく、戻りやすい職場環境を目指しています。 さらに、県庁では公共工事の発注の際、育児休業制度を持つ事業所にはプラス5点の査定をします。持っていないとマイナス5点です。経営面からはコストに思えることでも取り入れ、企業として社会的責任を果たす事業所は優遇するというメッセージです。建設業界も好意的な反応でした。労働環境が遅れている業界だと思われていますが、そうではないというPRにもなります。猪口邦子大臣も、国で取り入れたいと関心を寄せていました。こうしたことが当たり前になるとよいですね。みんなが働ける環境を用意して初めて、きちんとした会社と呼べるのだと思います。 ――― 今後の課題をいかがお考えですか。 古川 育児保険構想については、実際に取り組むとすれば、徴収方法が課題ですね。川崎二郎・厚生労働大臣からもご指摘を受けました。「よい案だけれども、徴収できるのか」と。将来的に自分が利用するかもしれないという介護保険でも、若い層の徴収は大変です。ましてや子育てだと、子育てを終えた方など自分は関係ないと思っている人からも徴収しなくてはいけませんから、ここに疑問を持たれたようです。まことに正しい指摘です。提案して良かったのは、このような指摘が出てきたことです。まじめに受け止めてもらえたのです。私たちも徴収方法については、考えていきたいと思っています。 私たちが育児保険構想によって得ようとしている財源は2.2兆円。消費税の1%分です。今後、子育て支援のための財源確保について、消費税で賄おうという議論になるかもしれません。そうであっても、私たちが提案した意味はあると思います。また、財源として消費税しかないのかという議論になったとき、こうした考えもあるのではないかと育児保険構想を提案することができます。安易な消費税増税論へ一定の歯止めになるのではないかと思います。 ――― 最後に幼稚園や保育所に対して期待することは何でしょうか。 古川 子育てに関わっているいろんな人をハッピーにしてもらいたいですね。幼稚園や保育所の経営者や先生方の中には、子どもが嫌いという人はいないでしょう。今、育児をしている方々が気持ちよくなれるようにサポートしてもらいたい。その幼稚園なり、保育所なりに行くいと、もう1人子どもが欲しくなるとか、幼稚園や保育所の子どもたちを見ていると、子どもがいるのもいいと思えるようになるなど、そんな環境ができればよいと思います。 ――― ありがとうございました。 佐賀県基礎データ ○人口:862,795人(平成18年6月1日現在) ○面積:2,440ku ○予算規模:421,239百万円(平成18年度一般会計) ○児童数(0〜18歳):173,606人 ○就学前児童数(0〜5歳):49,452人(平成17年4月1日現在) ○幼稚園数:国立1園、公立12園、私立92園、総園児数10,423人(平成18年5月1日現在) ○保育所数:216か所(公立66か所、私立150か所)、総児童数19,034人(平成18年4月1日現在)、全保育所で延長保育の実施を予定している。 ○つどいの広場事業:7か所 ○地域子育て支援センター:30か所 ○放課後児童クラブ:154か所、平成18年度中に必要とする全小学校区に開設を目指している。 ○佐賀県幼稚園早期入園特区の認定を受け、10市10町(76幼稚園)で満3歳の年度当初からの入園を受入れている。 |