| 古川 |
僕の家は非農家で、割と街中で育ちました。佐賀では珍しい方だと思いますが、農家が親戚に少ない家庭でした。唐津から10歳の頃に佐賀市の天祐に越してきて、家の周りには田んぼが沢山あったので稲刈りが終わった後のデコボコした地面でよく野球をしていましたね。 |
|
|
| 小野 |
私は根っからの百姓の家に生まれ、私で6代目です。麦わらの屋根で、床は歪みかけた板で、冬は寒かったですよ(笑) |
|
|
| 古川 |
そうなんですか、農業の変革期みたいのはありましたか? |
|
|
| 小野 |
耕耘機が来てからガラッと変わりましたね。それ以前は牛を使ったり、手作業でだったんですが、耕耘機の導入は画期的で、作業スピードが格段に早くなりました。親父は「これで人生が、世界が変わる」と言って喜んでましたよ(笑) |
|
|
| 古川 |
それだけ大変だったわけですね。農繁期になると集落の皆が集まって、いっしょになって作業して、終われば皆いっしょにご飯食べてと、特に感じるのは佐賀の農家の方々は集団のつながりが強いんですよね。 |
|
|
| 小野 |
そうなんです。当時はポットなんてありませんから、籾殻焼いてお茶を温めて、本当に懐かしいですね。しかし今の農家は昔ほどゆっくりしていられないんです。イノシシが増えてきて作物が食べられてしまうんで、その対策に追われています。もちろんイノシシも生活があるんでしょうが、我々にも生活はあるわけで、昔は山奥にいたものが下まで下りてきて餌を探しているというのが問題ですね。全てをとは言いませんが、ある程度数を減らしてもらわないと。ハウスの中にまで入って来ますし、一晩で食べ尽くされてしまいますからね。 |