| 「地域開発」2005.3 vol.486 発行日:平成17年3月1日発行 発行所:(財)日本地域開発センター |
|
| 特集 「佐賀県ブランド」がゆく ≪インタビュー≫佐賀県知事 古川 康氏に聞く 『佐賀県ブランド』を育てる |
|
| 聞き手/『地域開発』編集長 大西 隆 | |
〈特集にあたって〉いままであまり目立たなかった佐賀県が、古川知事誕生後、生き生きしてきたようだ。「佐賀県で仕事をし、佐賀県に住み続けたいと考える人のため」にユニークな政策を次々打ち出し、「いいものはよそも真似をする。それは県職員の誇りにもなり、さらに成果を生む」と言う知事にその成果と課題を伺い、『佐賀県ブランド』の9事例を紹介する。(編集部) |
|
| ■「佐賀県ブランド」の産業振興 古川知事になられてから面白いと思いますのは「佐賀県ブランド」というキャッチフレーズの下、新たな政策を次々出されたことです。その中に、企業誘致もさることながら、来てくれた企業に末長く佐賀に定着してもらうために、「企業誘致パーマネントスタッフ」制度がありますがもう事例は出ていますか。 古川 出ています。釣った魚にえさをやる県、です(笑)。白色LEDを生産する豊田合成に進出していただきましたが、そのときの県の企業誘致担当者が第1号です。彼はまだ企業誘致のポジションにいますが、今後、福祉課に異動しようが、土木課に異動しようが、引き続き、豊田合成に対する県の窓口となって業務を担当します。この制度の創設以来、7〜8割の誘致企業から「今の担当者でお願いします」と言われます。 企業まわりをしていると、「何々さん、お元気ですか」とか「せっかく県の人と親しくなってもすぐ替わってしまうので話がしにくい」とよく言われます。企業誘致をして来ていただいてからが長いわけですから、いかにお付き合いしていくかによって、「佐賀県に進出したら安心だ」と言ってもらえるかどうかが決まると思います。しかもそれを私たちが言うのではなくて、実際に佐賀県に立地している企業の方から発していただくと、より信頼性もあるでしょう。 新潟県中越地震のときは、佐賀県内にある新潟県と関係の深い企業に「被害はなかったか」「県として何かお手伝いできることはありませんか」と、すぐに行かせました。迂遠のように見えるかもしれませんが、そういったお付き合いを大事にすることで、じわじわとにじみ出てくるような、佐賀県に対する信頼感を何とか出していきたいと思っています。 佐賀県では企業誘致はまだ課題となりますか。 古川 平成元年頃に比べて、人口は減る中で、税収は1.4倍伸びています。これはやはり企業が立地したからですね。その意味では恵まれているほうだと思います。 ただ、佐賀県内での就職を希望する高校生や大学生などに、それだけの場が与えられていない。せっかく佐賀県に住み続けようと思っていながら、場所が与えられなくて心ならずも県外に行かなければならないという不幸な人は、1人でも減らしたいと思っています。それから自分たちの子どもや孫の世代になったとき、果たして今の産業の何分の1が食べていくための産業として残るだろうかと考えると、自分たちの子供や孫が住み続けられる準備をしておくのも、今の世代の役目ではないかと思います。そういったことから、新しいものを何か興していく、引っ張っていくということは、是非やってみたいと思っています。 その一つとして、鳥栖市に「佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター」という施設をつくります。2005年の夏ぐらいから実際に稼働を始めますが、ここは現代の製品開発をしていくときにはなくてはならないものと思います。 その昔、佐賀藩の大改革をした鍋島直正公のつくった大砲を見た幕府は、驚いてもっとつくってくれと頼んだといいますが、今と似ていますね。国がポケッとしている間に、気のきいた自治体が「こういうことをやらなきゃいけない」とやってみせてうまくいくと、国が「じゃあ、やらなくちゃいけませんね」となる。地方でやっている社会実験みたいなものを、国が見て学ぶ時代になってきているなと思います。 その意味でシンクロトロン光研究センターは、佐賀県の企業のためということではなくて、わが国の産業の高度化に貢献し、新しい産業が発展していくための施設をつくらせていただいているという気持ちで、「現代の反射炉だ」と言っています。ゆくゆくは研究所なり事業所が周りに立地することも期待しています。そういったやり方での産業振興にも取り組んでいるところです。 ■地場産業の発展戦略 一方で、内発的創造という言葉があります。地域の産業を興していこう、あるいは、その中に次の産業の芽を見いだそうということですが、外の企業に対して今おっしゃるような対応をすると、内(なか)の企業が「もう少し面倒をみてほしい」ということはないでしょうか。 古川 ありますね。内の企業に対してやっていることで一番のヒット政策だと思っているのが、「トライアル発注」という制度です。県内の企業の開発した製品を、受注実績のないものでも県が試しに使ってみるというやり方です。 私が県の産業振興担当だった頃、新製品を県で使ってくださいと言われて使えそうな局に相談すると、「実績のない企業の製品を税金では使えない」と言われました。しかし、どこかがやらないと実績はできないし、しかもそれを地元の自治体がやれないのは冷たいなと思っていました。その反省を踏まえて、自治体が積極的に使ってみるというこの制度を去年から始めました。 申込みに受注実績は全くいりません。というより、ないものを募集します。申込まれた製品は本当に効果がありそうかどうかだけを委員会で検討し、これはいいとなったら担当部局と交渉して使ってもらいます。使った結果をフィードバックして、“○(まる)”となったら、県から受注があったことを実績として営業に使っていいという仕掛けです。これは大好評で、年に2回から3回の募集に、いつも数十件の応募がありまして、3分の1から半分くらいが採用になります。雑誌に紹介してもらったことで関東方面からの受注が増えた製品もありますし、県で採用してから本格的に売れてきたので、佐賀県に工場のなかった企業が県内に工場をつくりたいという相談も来ています。まさにわれわれが思ったように、県内企業の持っている技術を製品化して県外に売っていくという非常にいい循環になっています。 私は、ある施策が成功しているかどうかを判断する一つの基準は他の自治体が真似するかどうかだと思っていますが、他県からものすごく照会が多いのです。そして、それが職員の誇りになればいいなと思っていたところ、担当している職員が「今まで自分たちが先進県に視察に行って勉強することはあったけれども、聞かれることなんてなかった。忙しいけれどもすごく誇りに思うし、うれしい」と言うわけです。その効果はお金に代えがたいものです。1人でも多くの職員に「自分たちもやればできる」と思ってもらうこともこの施策の目的だったので、それも達成しているのではないかと思っています。 ある企業から「企業に対する補助金は減らして、トライアル発注で県が買う分の予算を増やしてほしい。そのほうがよほど効果がある」と言われたので、企業に対する補助金を減らして、それをトライアル発注に代えてしまいました。施策も、「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」と選んでもらう時代になるだろうと思います。 ベンチャー的な企業が応募してくるのですか。それとも大きな企業が新しく開発したものですか? 古川 両方あります。意外だったのは、公共事業に関係するところが「こういう技術がある」とか「こんなものがやれる」と、よく提案してきます。 今までは与えられた仕様の中でとにかくやっていたのが、今度は創造力が刺激されたわけですね。 古川 そうなのです。今までも進取の気性に富んだ現場の人などはやっていたようですが、「こうやって表舞台でできるようになったので非常にうれしい」と言っていました。 これには何の制約もないのですか。県内という条件はありますよね。 古川 県内の企業が開発した、という以外の制約はありません。また、採用されたものの評価は良くも悪くも公表します。 佐賀には有田焼や佐賀錦といった伝統産業がありますが、それは再発展にはなかなか乗らないのでしょうか。 古川 それが問題なのです。有田焼は世界に冠たる磁器だと思っています。この間、柿右衛門先生と一緒にドイツに行きましたが、マイセンの磁器は有田焼を真似てつくられました。柿右衛門先生は「磁器の世界で、有田はどこにも負けない」と言います。ドイツ大使館の応接間には今右衛門先生の皿が、カンボジア大使館の応接間には柿右衛門先生の作品が飾ってありました。わが国を代表するものであり、どこに出しても恥ずかしくないものが佐賀県にあるのは誇りです。ただ、作家物だけで産地がやっていけるかというと、それでは駄目なのです。やはり産業として、例えば器がきちんと売れないといけない。しかも有田焼はブランドイメージがあるので、どこにでも売れればいいというものじゃない。きちんとしたホテルなりレストランなりのシチュエーションで使っていただかないと、有田としては困るわけですね。そういったものが、ここ10年、縮小均衡の一途をたどってきたのです。これを何とかもういっぺん再生させるのが大きなテーマなのですが、私たちが10年間やってきたのは、再生に向けて将来に光を当てるというよりは、無利子無担保の資金を準備して、つぶれそうな企業を支えることでした。けれども、これからは攻めていくことをやりたい。 世界戦略と新しい共同開発の2つの路線を考えています。かつて有田は粗悪品を輸出して評判を落としましたから、やはりいいものを出して、高級ブランドとして世界に向けて売っていこう。中国などいい市場ではないかと。もう一つは、産業としての有田の再生のためにヒット商品をつくっていこう。これはNHKでも「プロジェクト有田」として紹介されましたが、若手が十数人集まって「究極のラーメン鉢」をつくりました。そういった戦略を進めていこうと考えています。 佐賀錦は実は産業になっていません。家内制手工業で、一番うまい人は東京にいるといわれるくらいです。 ■県と市町村と他県の連携 話が変わりますが、三位一体改革が進みますと県もさることながら、市町村もこれから自立して頑張らなければいけません。県知事として、佐賀の市町村に対してどのようなことを期待されますか。 古川 大きく分けて2つの方向があります。一つは、無用なもたれ合いと干渉をやめよう。県が市町村に対して偉そうなことを言うのをやめる。一方で、市町村から県に対しての提案はできるだけ聞いて、権限移譲も進めていく。それと併せて、決まりを変えれば可能となることを申請できる、佐賀県版特区をつくりました。それから農地転用についても、県知事許可ではなく市町村でいいようにしました。 委任条例をつくられましたね。 古川 そうです。希望するところには、その権限がいくようにしています。 ―― 反応はいかがですか。 古川 これは首長の試験みたいなものです。ある仕事をやるときに、県が邪魔だ、この決まりが邪魔だという発見があれば、そこを何とかしてほしいと思うでしょう。決まり先にありきで、こうなっているから仕方ないという発想では、何とかしてほしいとはなってきません。 委任しよう、市町村にやってもらおうというものを県で見つけて考えるのですか。それとも要求があるものに対して答えるのですか。 古川 これまでの県のやり方は、まず県で移譲してもいいものを探して、それを市町村に示すということでしたが、私は県も市町村もそれぞれで考えて「両方でやるように」と言っています。 県と市の関係もさることながら、九州ではよく道州制の話題が出ますね。インフラや産業、広域行政などの必要や可能性についてはどうお考えですか。 古川 福岡、佐賀、長崎の知事が毎年1回集まって、実質的な議論をいろいろしています。 例えば、それぞれの県が持っている試験場で同じような研究をするのはやめて、この分野はこの試験場でとしたほうがいい成果が得られるのではないか。長崎県の波佐見町の波佐見焼きはブランドとしてあまり確立していなくて、有田焼きで売っています。しかしここには長崎県立窯業技術センターがあり、すぐ隣には佐賀県立窯業技術センターがあってもったいない。産地も同じだし、働いている人はみんな行き来しているのですから、肥前陶磁器技術センターで共同開発をやったほうがいい成果が出るのではないか。こういったことを強めたいと考えています。 実質的な連携を深めようというスタンスであって、九州を1つの州にするといった議論はあまり受け入れないのですか。 古川 今、自治体が興味を持っている道州制というのは、合併をさらに発展させた「道(どう)」です。そこでいう「道」とは国の権限もある程度移管されるということですから、例えば九州経済産業局や九州農政局は新しい「道」の機関になるわけです。それは各省庁からすると自分たちの出先機関がなくなることですから、これまた大変な抵抗があるわけですね。 それに対して、何ゆえに「道」でなければならないのか。「道」にすることによって住民にどのようなプラスがあるのか。国の形として見たときに何ゆえに望ましいのか。そのところを言っていかなければいけないのですが、残念ながらそこまでの議論はできていません。その反省に立って、佐賀県では今、道州制のタスクチームをつくって勉強させていまして、本を出そうとしています。その中で今一番議論としてまともなのは「道州制ではなく道制だろう」ということです。九州も旧国が九つで、州はもともと昔の国なのですね。だから九州に名前をつけるなら「道」だろう。これはわかり易いし、正しいのではないかと思います。 九州地方にも、地方計画という国の開発計画がありますね。県境を越えた計画をつくっていろいろな問題を詰めたり、交通ネットワークをどうするのか整理したりする必要は感じておられますか。 古川 例えば今つくりつつある西九州道路は福岡、佐賀、長崎を通るのですが、長崎の知事は「うちは後でいいから、福岡と佐賀を先につないでくれ」と、そして「その予算に長崎県分も使ってもらっていいから」とまでおっしゃっています。 私も「物事は順番だから、何が何でも佐賀県を先にしてくれということはない」と言っています。福岡にばかりいろいろ集まっていくという批判もありますが、埼玉県が東京の発展を使って発展していったように、100万都市が近くにあることは、一方でストロー現象もあるけれども、それ以上に大きなメリットが必ずあります。だから私は、福岡が発展することには大賛成です。 ■佐賀県の役割 国立大学が法人化されましたが、佐賀県内の大学と県が連携して技術開発なり人材育成なりをしていこうとお考えになっていますか。 古川 すでにやっています。例えば「シンクロトロン」は国立大学だった頃の佐賀大学からの提案ですし、海の温度差を使った発電の技術は佐賀大学発のものとして県でも応援しています。 最近では、デジタルコンテンツの人材養成への協力の申し出がありました。私はマニフェストの中で「佐賀をアジアのハリウッドにする」という構想をぶち上げているので、そのお役に立てるのではないかという大学側からの提案です。佐賀をデジタルコンテンツの拠点にするだけではなく、そこにチャレンジド※の人たちの働く場をつくるのが私の夢なのです。障害によっては、コンピュータをうまく使えば生活も仕事も普通にできるようになります。時代の最先端であるデジタルコンテンツというものと、チャレンジドの雇用という一見地味に見えるものとをうまくミックスする。これを是非やりたいと思っています。 私は「佐賀県2番打者論」を言っています。西鉄ライオンズの2番打者だった豊田泰光さんとの対談で、2番打者がいいチームは強いと聞きました。福岡が4番打者で、熊本や大分がクリーンナップを占めるとしても、2番打者の佐賀が強くなると九州が強くなる。その役割を果たしたいのです。いつもいつも目立って、何かを引っ張っていく存在でなくてもいい。佐賀県が一定の安心感や信頼感をもたらすものになると、どんな時代になっても、この地域に住む人たちの生きていく方向があるのではないか。そういった佐賀県のブランディングをやっていきたいと思っています。 どうもありがとうございました。 |
|
| ※「障害がある人」を意味する。文字どおり「挑戦を受けてたつ人」として、障害がある人を積極的にとらえようと、The physically challennged, The mentally challengedなどの形で、最近米国でよく使われるようになった言葉 2004年11月25日 佐賀県東京事務所(文責:編集部) |