| 地方自治 職員研修 2005年3月号増刊(臨時増刊号 第38巻通巻525号) 発行所:公職研 |
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| 改革派首長が考える自治体改革 −次なる自治体戦略をどう考えるか− 都道府県編12 一人の百歩より百人の一歩 〜今、佐賀県で。〜 佐賀県知事 古川 康 |
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| 佐賀県 ・人口/878,232人(H16.11) ・面積/2,439平方キロメートル(40市町村) ・財政力指数/0.27805(H13〜15年度) 古川 康 ふるかわ やすし ・昭和33年生まれ、1期目 ■ まずマニフェストがあった 平成一五年四月の統一地方選挙は、「マニフェスト」を掲げて戦った候補者が現れたわが国初の選挙だった。僕もそのひとりとして手探りながら「マニフェストへの試み」をつくり、選挙に臨んだ。だから、政策の内容、PCでいえばアプリケーションソフトにあたるものはこの中に入れてあった。しかしながらそのアプリケーションソフトを動かすためにはもっと根本的ないわばOSを入れ替えることが必要だと感じていた。スペック的には十分なのだからあとはそれを十分に機能させればいいのではないか、そう思っていた。その考え方に立って県政の目標を「県政満足度日本一」にした。目標としては不可能ではないと思う。佐賀県は87万人の県。量的なところで勝負するのは大変だが、割合を目指すためには逆に小ささは強みなのだから。 ■ 何からはじめたか 選挙中そして当選直後、よく聞かれた質問が「古川さん、まず何からはじめますか?」だった。聞くほうは産業・雇用だとかもう少し抽象的な答えを期待していたらしい。僕は「電話で名前を名乗ろう、からスタートします」と答え、初登庁の日にそれを指示した。 まず始めることというのは僕の考えでは「すぐできること(=予算や条例と関係がない)」「だれもができること(=一部の人にしか関係ないというのではなく多くの人が関係する)」「県民が気づくこと(=内部のことだけだと何が変わったのかわからない)」という三要素を満たしておく必要があり、その意味では「電話口で名前を名乗る」というのは最適だった。 たちまちのうちにこの運動は広がった。今では一〇〇%に近い職員が実行していると思う。僕自身が直接職員に電話することもときどきあるが、これまで名乗られなかったという経験は二回だけ。ほぼ定着したといえると思う。 「全国の県庁に電話しましたが、応対は佐賀県庁が一番でした。」あるシンポジウムの主催者から言われた。僕に対する配慮だったとは思うがそれでもうれしいし、そういう評価に耐えうるものに十分できると僕は思う。 ■ 人事・組織はどう変えたか 現在、佐賀県は本部制である。統括本部に始まり、くらし環境本部、健康福祉本部と続き、最後が旧総務部である経営支援本部。統括本部をいわば県政の司令塔にして、次に各分野のカンパニーとしての本部を置き、最後にそれら各本部が仕事をしやすくするために支援する経営支援本部を置いた。ありていにいえば、これまでのような「総務部」をなくす、ことを狙った。 総務部長の経験までしている僕がなぜそのようなことを考えたかというと、それはいわば「人の仕事にけちをつける」部署がいばっていてはいけない。ということからだった。 県庁の大きな方針は統括本部が各本部と議論しながら決定する。その大きな方針にしたがい、各本部が事業を実施する。人事や財政というのはあくまでもフォローのためのもの。そこが「表通り」になってはいけないのだ。ということで総務部をなくした。人事課も財政課もなくした。だから、佐賀県では予算も人事も大枠は統括本部と経営支援本部で決め、あとは各本部に任せられる。副課長以下の配置権限そのものが各本部長にあるのだから。年度途中で忙しいところが出てきた場合にもまずは本部内の異動で対応する。人事当局(いまは職員課という)と協議してそこが判断する、ということはない。予算も基本的には総枠の中でどこをどう抑えるか各本部が判断している。かといって一律カットでは受け付けないと言ってあるので否が応にもメリハリのある予算にせざるを得ない。そういう状況になっている。 今回、各本部に自主的な定数見直しをお願いした。四〇名を超える見直しが各本部から出された。これも前代未聞の大きさだ。予算にせよ人事・組織にせよ「任せることの大事さ」と「任せてみたらなんとかなること」を両方感じている。 霞が関の皆さん、そういうことなのですが。 ■ なぜ、できたのか あまり目立たないが一連の組織改正の中で「下水道・農集排・合併処理浄化槽」も「幼稚園・保育所」も「道路・農道」も同じ課が担当することにした。そしたら事業の変更の相談がしやすくなったと市町村から喜ばれるようになった。市町村の人たちもあなたの事業はいりません、というのを尻込みしていたところがあったのだ。 僕が知事に就任してからわずか一年でこういう見直しができた背景には総務部長や人事課や財政課をはじめとする総務部のメンバーの協力・理解が大きい。かならずこれを実現させるぞというトップの強いリーダシップが必要なことは論を俟たないが、それだけでは画餅に帰すことになってしまう。いわば「負け戦のしんがり」で士気を鼓舞しつつうまくまとめ上げるという作業をよくやってくれたと思う。 ■ 県民へのわかりやすさ こうした組織改正に取り組みながら一方で県民から見て不思議に見えることをいくつか改革していった。たとえば「菜の花のイベント」の話がそうだ。菜の花のイベントに補助金を出しているが三月末にイベントを予定していても花の咲くのが遅いと四月のほうがいいということもある。これまではいくら花が咲いてなくても年度内に消化するために三月中にやっていたのだが、それをそういうものについては繰り越して四月に入ってもできるようにした。このほか予算の使い残し制度も導入した。使い残した分はその半分を翌年度に使うことができる。節約が美徳になるように制度も合わせたということだ。 また、「さが元気ひろば」という名前の総合相談窓口を作った。それだけならどこでもあるが、佐賀県の窓口がユニークなのは相談窓口に県の担当職員が出向いて来ることだ。相談者である県民の方は窓口から一歩も外に出る必要がない。これは全国初でおそらくはいまでも唯一のはずだ。 このようにして県民から見てわかりやすい改革、全国に先駆ける改革を実現していくことによって県民の中でも県職員の中でも新しいことにチャレンジしていく佐賀県というイメージ付けができてきていると思う。 ■ 職員の意識改革 「持っているなら力を出そう」 「伸ばせるスキルは身につけよう」というのが基本的な考え方だ。県職員ひとりひとりが持っている力の何%をいま出せているだろうか。この本をお読みの多くは自治体職員だろうが、あなたのことだ。あなたの力、持っているなら出してください、ということなのだ。それともうひとつ。これからの公務員人生、有意義なものにしていくには何か技術を身につけておいたほうがいいのではないですか、そのためには自分が何に向いているか冷静に的確に判断してそれに必要な経験を積んでいくことが大切ではないですか、ということだ。 これを「コンピテンシーモデルの導入」というかたちで佐賀県は取り組んでいる。それはエリート選抜のためや人件費削減のためではない。本人からみたら「公務員人生を有意義に送ってもらう」、県民から見たら「ふさわしい部署にふさわしい職員がいる」ことをめざしている。 「意識は三年くらいで変えられる、しかし体質は三〇年たっても変わらない」。ある公務員の先輩が教えてくれた言葉だが、僕は必ずしもそうは思わない。少しずつでも体質そのものも変わりつつあるし、その改善もできると思う。そのためには僕ひとりががんばっても仕方がない。職員ひとりひとりが自分の持ち場でやってくれることのひとつひとつの積み重ねが必要だ。「一人の百歩より百人の一歩」というスローガンのもと、身の回りでできることを実践する「スモールサクセス運動」を展開し、あれくらいなら自分でもできる、という気持ちになってもらうことを進めている。 また、県庁職員には、「地域活動をしよう」「授業参観に行こう」「海外旅行をしよう」と訴えている。県の殻だけにとどまらないで、ひとりの県民、市民、国民としての目線を大切にしてほしいと思う。そのなかでも「地域活動をしよう」というのは「プラスワン運動」として広く職員に参加を勧めている。これはCS0(佐賀県ではNPOのような志縁による団体と老人会、婦人会、自治会のような地縁による団体とを合わせて市民社会組織(Civil Society Organization)と呼び、これとの協働というのを打ち出している。)に参加しようというものなのだが、今年から特にそれに加えて「消防団に入ろう」という呼びかけも始めている。地域に生きる一員であるという自覚を持ってほしいというところからだ。 県庁も組織である以上、いろんな問題があるが、僕がいつも言うのは「個人の思いと組織人としての行動がずれるというのはまずい」ということだ。できもしないことをできるように事業評価書を書くこと、いりもしない項目を額確保のため予算要求すること、自分たちに非があると思っているのに抗弁すること、こういうことを続けていると「正しいこと」や「県民にとってプラスになること」を自分たちがやっているという自覚がだんだんなくなっていき、そこが県民感覚とかけ離れた感覚の麻痺につながっていくのではないか、と思う。 佐賀県には「調査班」という組織がある。ここでは、内部告発や県民からの苦情、指摘を受け止め、事実関係の確認をして、解決策を模索するということをやっている。こうした緊張感もいわば県庁組織のコンプライアンスのモデルとなりうるものだと考えている。 佐賀県庁の英語表記はいま Saga Prefectural Government である。Saga Prefecture ではない。「県庁」の「庁」という言葉はもともと県の仕事をする建物のことを指した。しかし今やそういう建物の名前が役所の仕事を意味する時代ではない。 「佐賀県政府」ともいうべき存在として県民のためにある、県民とともにある存在にならなくてはならないと考える。それと合わせて佐賀県職員自体が佐賀県のよき理解者でなければならないということで、佐賀県職員採用の教養試験問題の一割は佐賀県についての問題を出題している。 ■ オープン、現場、県民協働 これが今の県政のキーワードだ。たとえば多くの都道府県のHPで「県民からの声をお寄せください」とか「知事へのご意見」というコーナーがあるが、寄せられた意見がどう処理されるのか明示されているところはないと思う。佐賀県では七日以内に回答するというルールにしていて、しかも、メールで投稿した人の個人情報がどう保護されるかもきちんと明示してある。 まだまださまざまな取り組みを展開中のいまの佐賀県。どうかこれからもご注目あれ。 |