| 佐賀新聞 2004年11月11日 掲載 | |
| 対論〜地域ブランドへの道 | |
北川 正恭 前三重県知事 きたがわ・まさやす 1944年生まれ。 72年から83年まで三重県議。 83年12月に衆院議員に当選し、文部政務次官などを務める。95年、三重県知事に当選。事務事業評価システムの導入など改革派知事として知られた。 03年4月に退任し、現在、早稲田大大学院公共経営研究科教授。「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)共同代表。 |
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古川 康 佐賀県知事 ふるかわ・やすし 1958年唐津市生まれ。 東大法学部卒。82年、自治省入省。 自治大臣秘書官、環境対策企画官、長崎県商工労働部長、総務部長などを歴任。 国連PKO活動で日本政府代表の一員としてカンボジアにも赴任した。03年4月、佐賀県知事選に出馬し、当選。県庁の大規模な機構改革など行政改革を推進している。 |
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鋳型からイメージづくり新しい価値 職員と共鳴 現代は情報の時代。全国各地であの手この手の地域ブランド売り込み合戦が続く。ともすれば「PR下手」といわれる佐賀も、全国への売り込みがこれから正念場を迎える。三重県知事として数々の斬新な政策を打ち出した北川 正恭早稲田大教授と、古川知事が対談。日本の近代化を先導した「元祖・佐賀ブランド」を紹介する佐賀城本丸歴史館で、ブランドづくりや県庁改革などを大いに語り合った。 「選択と集中」産業誘致で 「国が反対」・・・言い訳無用 北川 この佐賀城本丸歴史館を見学して、これこそ佐賀県のブランドではという思いを強く抱いた。ブランドというのは、まず自分たちが気付かなければならない。当時の(鍋島)直正公が近代化に向けて情報を収集し発信したことが七賢人を生み、幕末の活躍につながっている。この建物のコンセプトを見て、良かったと思う。 古川 評価していただき、素直にうれしい。建物の外観などのハードは学者の研究の積み重ねだが、それをどう生かすかが県政の課題だった。本丸歴史館の運営には、多くのボランティアがかかわっている。何かをやりたいという自発的な集まりができたことを誇りに思う。館自体も正月早々から開館する。正月は全国から多くの人が帰省する時期。その人たちに初詣で帰りにでも寄ってもらえれば、全国に情報を発信できる。 北川 その運営方針には県庁職員サイドでなく、サービスの受け手側の発想を感じる。現代は情報革命の時代。 今まで思いこんできた、行政は「こうあらねばならない」という思いこみを壊すことがブランド化につながる。 古川 北川さんは知事時代、三重県を大ブランドに育てた。強い意志があってのことと思う。 北川 だめだったら辞職する決意だった。今、三重県は景気偏差値日本一になっている。それは「選択と集中」の成果といえる。四日市市は一時期は栄えたが、公害などの問題があり、産業移転を進める必要があった。そこで、液晶などのナノテクコンビナートに集中したところ、家電メーカーや関連企業の進出が続いた。三重県はこれからもっと元気になる。 古川 自治体の産業誘致としてはきわめて大胆だった。補助金の額はどのようにして決まったのか。 北川 三重県が90億円出したら、地元の町が45億円出すと言う。その後、国も153億円の科学研究費を決めた。このことは、地域が決断して断行したら、国も追認する時代になったということを証明している。進出した家電メーカー一社で1万2千人の雇用があった。県の90億円だけだったら、これほどの産業は生まれない。だめなら背任で訴えるなり、選挙で信を問うなりしてくれ、というのが知事としての決断だった。 古川 三重県の成功以来、自治体の大型支援がブームになった。 北川 補助金行政は褒められないが、地方分権は国の言うことを黙々やるだけではだめ。地域づくりを進める上で大切なのは、自分で考え、行動し、その責任を取ること。古川知事も同じ決断だと思う。佐賀県を見ていると、そのことが職員にも響き始め、変わってきているように感じる。職員から「知事、もっとやりましょうよ」と言われているのでは。 古川 最近はあおられている感じがする。 北川 それでいい。その状況をつくることがトップの務めだと思う。 古川 佐賀には佐賀牛ブランドがある。国はBSE(牛海面状脳症)全頭検査を生後二十カ月以下はやめようとしていた。ところが私の知らないところで、県職員が自発的にスーパーなどでアンケートをとった。 北川 いいね、うれしいね。 古川 その結果、県民の七割以上が不安を持っていることが分かった。ある管理職が、全頭検査にも科学的根拠がない以上、安心を根拠にしたアプローチをするべきだと。 北川 説教された。 古川 そう。なにかとてもうれしくなった。 北川 知事の仕事は人材育成。職員と新しい価値をつくっていこうと議論することが大事。その総和がブランドになる。 古川 今は過渡期だと思う。先日、政策課題に対する若手職員の発表があった。一班は型どおりの発表だったが、もう一班は自分たちの思いを伝える内容。こういう人たちが変えていくんだなと思う一方で、従来型もまだ半分残っているという思いもある。 北川 私は県職員に「知事が」「部長が」ということをやめさせ「私はこう考える」と言わせるようにした。佐賀県職員三千人が、自分で考え共鳴するようになれば、簡単に日本一になれる。 古川 それがブランドにつながる。今までは中身に自信があるので、宣伝するのは二の次でいいという意識が、ややもすれば地域にあった。やっぱり持っているものは外に向かってPRしなければならない。 北川 "他責文化"と言っていたが、初めのころ県職員は「国に反対されて」などと言うばかりで、自分が出てこなかった。そういう考え方を変えることが改革だと思う。古川知事の話を聞くと、コミュニケーションがとれているようだ。 21世紀的ライフスタイルに自信 "やせ我慢"から始まった 古川 民間や県民との連携も課題ですよね。北川さんはどんな取り組みをされたんですか。 北川 決め手となったのは情報公開。公開は参画を呼び、そこで初めて協働できる。PFIといったやり方が日本で根付かないのは、情報が非公開だから。情報を公開すれば、官がやればいいのかあるいは民がやったほうがいいのかといった選択ができる。それによって競争も生まれる。情報をオープンにし、「あなた方も責任がありますよ」と県庁が言い続けること。何か足りない、できなかったらすぐに陳情にくる。そんな情けない地域ではブランドはできない。 古川 確かにそう。ブランドづくりは、ある意味やせ我慢。例えば佐賀ノリ。収量も多いが単価も高い。それはやせ我慢から始まった。誰だって自分の網は一枚でも多く入れたいけど、佐賀のノリを考えた人が、ある時「入れるな」と言った。全部入れたら栄養塩が少なくなり、品質が悪くなる。灰皿を投げつけられながら漁民を説得した結果、病気が減り、品質もよくなった。みんなが勝手にやればブランドにはならない。苦しいけど、我慢してやろうとする人がいる。そこに光を当てたいし、そんな人たちが成功する仕掛けを考えていきたい。 北川 自分たちが本当に頑張らないと駄目だってこと。オリンピック選手だってイチローだってそう。本当にいい物を徹底的に磨き抜くしかない。日本のプロ野球界も、イチローと松井が勤めたいと思うようなものにしなければ。そのためには原則に戻る。国に甘えることなく、自分たちでこの町をつくろうと思う。その気概こそがブランドだ。 古川 まさにそう。そして気概を燃え立つようにサポートするのが私の仕事ですね。自分たちの周りには、物語になるいい話はある。それを知れば自信になる。スモールサクセスでもいいからできることをやってみる。それが刺激を呼ぶことになる。 北川 共鳴だね。共鳴しあうと、ほうっておいても大きくなる。その極意を役人が身につけたら、今までの予算の半分で何倍もの成果を挙げることができる。 古川 面積が小さい県であることも強みと思う。ずうたいが大きいと方向転換はしにくい。 北川 本当の価値とは何か、もう一度議論することが重要じゃないですか。佐賀城はネオンもついてないし、温泉もついてない。バブルのときならこの発想は生まれていなかった。だけど、子どもたちが寺子屋のような学習をし、七賢人に触れる意義。本当の価値が何なのかを考えたい。日産のカルロス・ゴーンは家庭のマネジメントもしっかりやっている。滅私奉公して家族へのフォローがなかったら、家に帰ってもぬれ落ち葉でしょ。そんなライフスタイルも、この地域から見直す。それがブランド化につながるし、新価値想像につながっていく。 古川 佐賀のライフスタイルは二十一世紀的だと思っているんですよ。自分の家に畑があるところは多く、食べ物を生産するという最も基本的なことを身近に考えている。食べ物に対する絶対的な安心感を持とうと思った時、持てる環境にある。ちょっと足を伸ばせば大都会が存在し、ちょっと足を伸ばせば海も山もある。無理せずに人生を楽しめる、そんな可能性を秘めた土地。このライフスタイルを自信を持って語れるような地域にしたい。 北川 三重県庁がブランド化されたのは、全国から視察が相次いだこともある。民間がきたらしめたものだと思っていたら、最初に来たのはトヨタだった。私もうれしかったが、職員はもっと喜び、ますます頑張るようになった。今、佐賀でそれが起きている。 古川 確かに視察が増えた。今までは行って見てくる方だったが、来てもらっている。一番喜んでいるのはたぶん職員でしょう。 北川 県民も県庁に来れば、雰囲気が変わったことを感じるはず。いいことは賞賛し、コラボレーションすれば地域全体が上がると思うし、その中から素晴らしいものが出てくる。 古川 それを磨き上げなければいけない。佐賀には素材はある。それをお客様に見せるものにしていかないと。さらに、佐賀のイメージやブランドを確立させることも大切と感じる。そのために「ブランディング戦略チーム」の設置を検討している。 北川 ブランドではなくブランディングですか。 古川 佐賀のイメージを多くの人に植え付けていく狙いです。そのために、まずは鋳型をつくる。例えばドラえもんの地域グッズは多いが、佐賀のものはない。企業に聞くと作らなかった根拠はなく、「潟スキーやバルーンに乗ったドラえもんは面白いですよね」という。これまでとは違う情報発信の方法、鋭敏なセンスを養っていきたい。 北川 そのためにも学習し、進化する組織にしておかないとね。特殊なこと、異常なこと、異端なことを、多数決とかバランスとかいって平均化してきたのが中央集権であり、県庁なんですよ。佐賀はみんなと一緒にやっていくという、その基礎的な行政改革が進んでいる。間違っていたら直せばいい。そうすれば、あっという間に一流のブランド県になる。必ず結果は出る。期待していますよ。 |