月刊 地方財政 7月号掲載
論評  三位一体は住民主体で  佐賀県知事 古川 康

1冬の光景・その変遷
「知事さん、昔は国から補助金をもらうために県庁の人はせっせと上京してたでしょ。それが今は補助金をなくせといって東京で会議をやってるようなんですけどいつ変わったんですか。」
ある会合でひとりの方からこう聞かれたことがあった。
実に新鮮な質問だった。

〈農地防災事業など県、上積み求め折衝〉
平成八年度政府予算の大蔵原案内示を受け、大蔵省と要求側各省庁の復活折衝が二十一日、始まった。県東京事務所の県政府予算対策本部では同日二回の部長会議を開き、入手した情報を基に県関係分を検討。その結果、県要望額と内示額との開きがある佐賀中部農地防災事業や狩立・日ノ峯ダム、中木庭ダムなどを復活項目に掲げ、関係省庁に陳情している。
このほか、県は来年度に鉱害復旧事業完了を目指しているが、臨時石炭鉱害復旧事業が全国枠で内示額が要望額に届いておらず、県も国ととともに復活を要望。同じく来年度に県内五地区で事業予算を要望している広域農道についても全国枠で厳しい査定だったため、公共投資重点化枠の配分に期待している。
佐賀大の文化教育学部の新設について、県教委は「前向きの感触は得ている」としているが、二十四日以降の採否決定に向けて要望。史跡「肥前国庁跡」保存整備事業など史跡保存事業についても全国枠で前年度並みの内示額しかつかなかったため、要望通りの確保を目指している、吉野ケ里歴史公園も全国枠の中で本県分の確保を陳情している。


これは平成7(1995)年12月22日付けの佐賀新聞の記事だ。あのころは多くの自治体がこんなふうに予算時期になると東京に「政府予算対策本部」を構え、少しでも多くわが県に補助金を、と駆けずり回る光景が目についた。
こういう目から見ると、昨今の「補助金じゃなくて一般財源化を」という議論はわかりにくいのかもしれない。
「わかりにくさ」は議論の本質論ではない。わかりにくくても正しいことは世の中にたくさんある。私にしても、地方財政計画における水準超経費の理論など正直よくわからないところもあるが、だからといってあれが間違っているとは思わない。
しかし、大勢の人、それも専門家でない人たちに支持していただこうと思ったら、わかりやすさは必要だ。 
いったい、今回の三位一体の改革がどれほど県民に理解されているのだろうか。また本音はどうなのだろうか。今回アンケートを試みた。

2三位一体の改革を知っていますか?
「(問1)三位一体の改革って知っていますか。」
6月中旬のある平日、商店街を行き交う人をつかまえて、50人の方にこうたずねてみた。
選択肢は
1 だいたいわかる  
2 なんとなくわかる  
3 名前だけは聞くけど中身はわからない  
4 名前も聞いたことがないように思う

答えは、 
1 だいたいわかる が3人(6%)
2 なんとなくわかる が7人(14%)
3 名前だけは聞くけど中身はわからないが34人(68%)
4 名前も聞いたことがないように思う が6人(12%)だった。

次に、ざっと内容の説明(国の補助金を減らして地方が自由に使えるお金を増やす、それと併せて地方の無駄遣いも減らしていきましょう、という三つの動きを一度に行なう改革のことを三位一体の改革といい、いま進行中です。)をした後、
「(問2)目指している方向がいいことだと思うか」という問いに対して、
1 賛成  
2 どちらかといえば賛成  
3 どちらでもいい  
4 どちらかといえば反対  
5 反対
を聞いたところ、
1 賛成 が21人(42%)
2 どちらかといえば賛成 が19人(38%)
3 どちらでもいい が8人(16%)
4 どちらかといえば反対 が2人(4%)
5 反対 が0人という結果だった。

さらに詳しく説明してみた。
「三位一体の改革のメリットは、県や市町村に入ってくるお金のうち自分達で自由に使えるお金の割合が増えるということです。また、県や市町村の行政サービスは、自由に使えるお金が増える結果、住民の声が届きやすくなり、例えば保育所の規模制限(=原則60人)を引き下げるなど、ニーズに合ったきめ細かなサービスが可能になります。
一方、デメリットとして、入ってくるお金そのものの額は佐賀県の場合減ってしまいます。また、国の多くの役所は「地方に任せると、何に使うか分からない」とか「全国一律のサービスが守られなくなる」といって反対しています。」と伝え、
「(問3)このことについてどう思いますか」とたずね、
1 地方に自由な財源を増やしたほうがいい
2 自由な財源を増やすとどんな使い方をするかわからないから国が持っておくほうがいい  
3 全国一律のものが地方によって差が出てくるようになるので国が持っておくほうがいい 
4 どんな理由であれ佐賀県に来る補助金が減るのは反対
5 その他
の中で考え方の一番近いものを選んでもらった。

答えは、
1 地方に自由な財源を増やしたほうがいい  が 34人(68%)
2 自由な財源を増やすとどんな使い方をするかわからないから国が持っておくほうがいい   が1人(2%)
3 全国一律のものが地方によって差が出てくるようになるので国が持っておくほうがいい   が3人(6%)
4 どんな理由であれ佐賀県に来る補助金が減るのは反対 が8人(16%)
5 その他   が4人(8%)だった。
この結果だけで直ちに判断することは危険としても、佐賀県という限られた地域において、ではあるが、三位一体の改革が、多くの県民にとっては、いかに「よくわからない」ものであるのかを如実に示している。
そのほとんどが内容がわからないままの状態から、内容をきちんと説明した段階になると、8割の人(問2において1または2と答えた人の比率)がその趣旨に賛同してくれており、このことはいかにわかるように説明することが大事か、ということを表しているのではないだろうか。
問2に対する総論賛成者より問3における総論賛成者(問3において1または2と答えた人)の数がわずか2名(4%)ながら減っているが、逆にいえば、それだけデメリットを知ったうえで、なお、多くの人が方向として賛成しているといえるのではないかと考える。
今、このことからすると、私達に対しては「自由なお金が増えたことでこんなことができるようになる」というスモールサクセスをできるだけ身近な事例として具体化して見せることが求められているのではないだろうか。「身近で具体的なこと」が何よりも「わかりやすい」ことだから。
三位一体改革は、もう待ったなしどころかスタートを切った。補助金を抱える各省庁も必死になって、いかに補助金が必要かということを訴えている。ここで、この改革の成否を分けるのはもちろん地方側の意思統一ができるかどうかであるが、併せて、この改革がトータルな意味でいかに必要なものかをより多くの国民・住民に理解していただくことではないかと私は考えている。
理詰めの調整も必要だが、わかりやすさに訴えることも意味があると思う。
そのために、佐賀県は昨年、そのことにチャレンジした。

3こんな補助金はもういらない〜プロポジション10・16から 
平成15年10月16日、佐賀県は補助金の問題点をまとめた「プロポジション10・16」を公表した。
この中で、佐賀県としては、全国総額5兆円の補助金の削減を可能と考え、その財源として消費税を移譲すべきと主張した。
その中にいくつか補助金の弊害の例を挙げた。
たとえば、「空き教室があるのに、それを地域に開放できない」という問題である。
文部科学省が所管する公立学校等施設整備費負担(補助)金を活用して整備された学校の校舎について考えてみた。
学校の校舎を整備する際には、その地域にどれだけの通学者がいるかによって教室の数が決定される。いくら生徒が減ってきていても、やがて減るのだからという理由で少なめに教室を作ったのでは、その校舎が整備された時点で通学する子供がきちんとした教育環境で授業を受けることができないのでそれは良くない、という考え方なのである。
ところが、整備した時点でちょうどいい大きさの校舎であったとしても、少子化が進んで、数年もしないうちにそこに空き教室が発生することはままある。というか、初年度やその翌年度くらいまでは大丈夫であっても、その翌年くらいになるとすでにどこかの学年でひとつかふたつ空き教室ができるということは日常的におきている。そして、ある意味、当然のことではあるが、少子化が進んでいっているため、小学校の高学年よりは小学校の低学年の方がクラス数が少ない、という光景が一般的である。
もちろん、学校側ではさまざまな策を講じて、その空き教室を有効活用しようとしている。しかし、それでも余裕がでてくることもある。これもまた一般的だ。
せっかく空いているならと、地域団体が、ぜひ貸してほしいという要望をある公立小学校長に対して出したことがあった。ところが残念なことに、その校舎が整備されて10年経過していないという理由で認められなかった。その補助金交付要綱には、10年経過しないと教育目的や福祉目的以外には転用してはならない、という規定があるのである。
もちろん、昨今の情勢の中、学校内に教育関係者以外を入れたくないというのは理解できる。しかし、そういう理由ではなく、補助金交付要綱で認められてないという理由でこうした申し出が却下されるのだとしたら、その小学校のどこが「市町村立」なのかとさえ、思ってしまう。
このほか、この「プロポジション10・16」では、よく取り上げられる保育所における調理室の設置義務や認可保育所の基準に合わない小規模な保育所整備などの問題についても例示している。
私は、調理室があることがいけないといっているのではない。あってもなくても、要は子どもたちにきちんと食事が確保されていればいいのではないか、という視点に立って、規制として必要なのかどうかは、自治体に判断させよ、と主張しているのだ。
私は、知事就任前、そして就任後、20を超える保育所と幼稚園に顔を出したが、すべての保育所や幼稚園にもピアノがあった。
ピアノがなければならない、とは設置基準には書いてない。正確にいえば、幼稚園については、平成7年に基準が改正され、それまで「ピアノまたはオルガン」が必要と書いてあった部分がなくなった。保育所についていえば、昭和62年の見直しにより、それまで楽器と書いてあったものが「保育に必要な用具」と幼稚園と同じように包括的な規定に改められている。
そういうものに書かれていようがいまいが、保育所であれ幼稚園であれ、現場では保育のためにピアノは必要で、だから現実に置いてある。
ピアノと調理室を同列に論じることはできないといえばもちろんそうだが、要するに、現場から遠く離れた霞ヶ関で判断するよりも、現場に近いところで要不要を判断するようにすればいいのではないか、というのが私の考えなのである。
なぜ、現場から離れたところで判断をしてはいけないか。
こんな例がある。
去る6月16日、ある新聞に「現場の声が出せない」という記事が載った。
佐賀県は農業が盛んな県だ。さまざまな場面で地産地消を進めていて、いろんな形でなされる給食サービスにはできるだけ地元のものを使っていただくよう運動を進めている。また、家庭の食卓に上るのは和食が多いようだ。
ところが、新聞記事によれば、地元の旬のものを使って和食で保育所の食事を作るとカロリーが足りなくなるという。厚生労働省の通知によれば「保育所における給食の栄養給与目標については、3歳未満児及び3歳以上児の区分別に、「保育所における栄養給与目標算出例」を参照して、給食を行うよう指導すること」とある。だから、油ものを加えないといけないというのである。
本当かどうか。県内の保育所にも聞いてみた。
「たしかに和食だけで献立を作ると所要給与目標に達しない。一日くらいなら大目にも見てもらえるが、一週間続けて不足だったときは、監査の後、文書で適正化を促す通知が来た。そうなると、こわくて、その後は、なるべく下回らないように、とどうしても気をつけるようになってしまっている。」
「あまり気にしていない。」と答える保育所があった一方で、こういう答えが返ってきた保育所があったのだった。
できるだけ、地元で採れたものを、できるだけ生活習慣病にならないような形で、という思いはこうした国からの一片の文書によって砕け散る。
ちなみに、厚生労働省のその通知には、「栄養給与目標は、あくまでも献立作成上の目安であり、個々の対象児の給与に際してはその特性を十分配慮し弾力的に用いること」と書いてある。
しかし、「弾力的に」というのは「個々の対象児の給与に際して」ということであって、和食中心にしたら、カロリーが足らないが、それでもいいです、というふうには読むことができない。
厚生労働省がどう説明しようが、国が決めている基準というものが現場にあわなくてもいかに杓子定規になってしまうかということであり、だからこそ、佐賀県としては、補助金の一般財源化と併せて権限の移譲も実施されなければならないと考える。

4今後の展望
三位一体の改革の成否は地方がまとまりきれるかどうかであると先ほど述べた。佐賀県としても、補助金削減のリストを改めて検討しなおし、この原稿が公表されるころまでには佐賀県として考える3兆円分のリストを公表しているはずである。いまそれに向けて最後の詰めを行っているところであるが、全国知事会まかせではなく、それぞれの自治体が真剣に考えることこそ、ぎりぎりのところで地方がまとまるかどうかの重要なポイントであると思う。そして、少しでも多くの住民・国民の方の支持を得られるように努力することが、ただ、三位一体改革の行方ということだけでなく、地方自治への信頼と期待をつなぎとめることになると考えている。