佐賀ドリームライオンズクラブ認証式伝達式記念誌 祝辞
ライオンズという響きと光   平成15年6月22日  佐賀県知事 古川 康

子供の頃、ライオンズという言葉の響きは「西鉄」という球団とイコールでした。

当時としては日本の辺境に位置しているとしか思われていなかった球団が、3連敗の後4連勝という奇跡の優勝を遂げた昭和33年に生まれた私は、そのことを伝説としてしか知らず、それよりも、佐賀県出身の木塚という内野手がいた南海ホークスを父が応援していたこともあって、平和台球場に野球を見に行くときはいつも三塁側でした。ライオンズという響きを怒濤のように聞いていました。

それから、20年ほど経ち、大学にいた昭和53年、今度はライオンズが、西武という新しい看板を背負って登場しました。関東という、私からみたら辺境の地に、九州の香りのする響きの球団が来たというので応援するようになりました。

そして、社会人になった後、ライオンズという言葉が三たび私の近くで響くようになりました。私の親類がライオンズクラブの会員となり、仕事をしながらも、というか、ここまで打ち込めるのか、と思うほど、明けても暮れてもライオンズのことを一所懸命やっていたからです。

そういうきっかけでライオンズの方々とお知り合いになることができました。みなさんが、仕事と離れて、人に感謝されることや自分自身で決めたことをきちんと実行してゆくことそのものに価値を見いだしている方々なのだなということをずっと感じて来ました。

そういう方が増えれば増えるほど、その地域は明るくなってゆくのだと思います。
今日ここに、またひとつ、新しい燈が灯りました。

佐賀ドリームライオンズクラブのスタート、本当におめでとうございます。