(2003年年末、2004年年始)

2004年 1月 4日 8:45 p.m
今日で年末年始の休みも終わり。といっても、僕は元日から始動しているので、なんとなく不思議な気分ではあるけれど。
「ラスト・サムライ」を観た。江戸城の代わりに使ったのがどこなのか、画像的におかしなところはいくつかあったが、話としてはおもしろくできていた。ネタバレになるのであまり書かないが、ハリウッドらしい終わり方であったし。
明治維新期のリーダーたちは、欧米列強に植民地化されないためになんとか近代化を達成しなければならず、そのためには日本の伝統は否定しなければならなかった。新しい政権が出来て時代が変わったことを知らしめる必要もあっただろう。そういう中で、古くからのものをやみくもに否定することに対する反発は当然出てくる。映画を観ていると、その反発する側である勝元という存在に大いに共感するのだが、ふと振り返って、自分のやろうとしていることと引き比べてしまった。いま僕のやろうとしていることも、過去の否定ということで、ある意味廃刀令と通じるところがあるのではないか、ということだ。
過去を全否定するのではなく、いいものを生かしつつも、佐賀県の生き残りのためには、ある程度新しいものを生み出していくことがどうしても必要だと僕は思っている。その観点からも、けっこうマジに観てしまう。
こういう映画は観てても仕事をしているみたいになってしまうなあ。

ということで、この「ちょこっと日記」はこれでおしまい。
こんな日記だったけど、けっこう読んでますという声があって、うれしかったです。
感謝。
次は週刊yasushiでお目にかかりましょう。


2004年 1月 3日 3:35 p.m
今日は新聞も年賀状も来る日。
郵便局から郵政公社に変わって、いちばん期待したことは、お年玉付き年賀はがきの一等がハワイ旅行になることでも、マイ切手が作れるようになることでもなく、1月2日に年賀状が配達されるようになることだった。いろんな問題があるのだろうし、2日に配達されるようになるからといって、年賀状の枚数が増えるということでもないだろうから、コスト的に相当の負担になるだろうということは想像できるのだが、普通の人々が年間に受け取るはがき、てがみの量の半分以上は年賀状ではないだろうか。
現役の社会人の年賀状のやりとりの平均をかりに2〜300枚としよう。ひるがえって、年賀状の時期以外で受け取っている私信ってどれくらいあるのだろうか。それが1日1通だったとしても年間、配達日数が300日と考えれば300枚。
1年のうちで、これだけ年末年始に集中してやりとりがされるのだから、その期間だけでも毎日配達するということはできないかしらんということなのだ。
ついでにいえば、一部のコンビニでポスト設置が始まっているけど、これからはたいていの扱いをコンビニでできるようにならないだろうか。そうしたら、郵便局まで行かずに済むし便利だと思うのだが。
と初夢的に考えてみた。

今夜は、「ラストサムライ」。今年はじめてということで初映画だな。


2004年 1月 2日 written at 1/2 10:45 a.m
いま、中島潔展から帰ってきたところ。
佐賀県立美術館は今日からオープンしています。この展覧会、おすすめです。中島潔さんが最近描いている金子みすずの詩をモチーフにした「大漁」という作品がとくに衝撃的です。中島画伯いわく、「私は、この絵を書くために40年間やってきたということだ」。ぜひおでかけください。
年末年始に公共施設が開いてるっていいよね。


2004年 1月 1日 written at 1/2 10:45 a.m
あけましておめでとうございます。
ということだったが、元日は朝から仕事で、郵便局に行ったり、初詣をしたり。午後は帰省者と対象にしたおかえり!かたろうかい で一日が終わる。
その後、CDショップに。「真冬物語」と「今日あの橋の向こうまで」と「溺愛」と「ジョゼと虎と魚たち」を買って、ひたすら聞いて、夜はベストJ-POPを聴いた。
なんか、お正月って感じ。


2003年12月31日 11:55 p.m
今年の最後のメッセージだ。紅白のはなわさん、もっとひとりでSAGA、SAGAと暴れてくれるかと思っていたけど、なんかあっけなかったな。短い時間だから、あれはあれでよしとしましょう。
芸人は、ひとところに止まっていてはいけないものだ。はなわさんも今年の「佐賀県」のブレイクを発射台にして、また成長してほしい。はなわさんの「ガッツ石松伝説」を聞いていると、彼ならそれができると思う。その意味で、「ゲッツ!」を続けなければならないダンディ坂野さんは大変ではないかなあ。
僕もそうだ。スタンスは変えられないが、いつまでも「佐賀県」の曲にこだわっているわけにもいかない。来年は、来年にふさわしいステージで佐賀県にとって必要なこと、佐賀県として求められることをやっていきたい。
この日記は、紅白が終わった直後に書いているのだけれど、今年の大トリはSMAPの「世界に一つだけの花」だった。その前年の大トリが五木ひろしの「おふくろの子守歌」だったことを思えば、それだけでもこの1年は大きい変化だったのではないかと思う。

どうかみなみなさま、よいお年を。


2003年12月30日 11:55 p.m
またまた「もっとも身近な県民」のひとりの要望で、福岡に行って、「ローマの休日」(デジタルニューマスター版)を観た。
僕がこの映画を観るのは三度目だと思う。ぜんぜん違うけど、このアン王女の仕事と僕の仕事のある意味での共通点を今回はじめて感じた。
オードリー・ヘップバーン演じるアン王女は「スケジュール」という言葉に敏感に反応する。毎日、分刻みのスケジュール。しかも、そこで求められる判断の重さ。スケジュールに押しつぶされそうになって、そこから逃げ出すアン王女の気持ちが僕もちょっとわかるような気がした。
何年か前、ロンドンに行ったとき、「ノッティングヒルの恋人」を観た。「ローマの休日」の舞台をロンドンにしたような作品で、あまり評判はよくなかったような気もするけど、僕は好きだった。要するにああいう罪のないロマンス映画が好きなんだと納得。
そういえば、グレゴリー・ペックを今年、何かで見たと思って検索してみた。今年の6月12日に亡くなっていた。亡くなったのもショックだったが、なぜ見たのかを覚えていなかったこともショックだった。

なんかしんみりしつつ寝る。


2003年12月29日 3:15 p.m
今日は、「もっとも身近な県民」のおひとりの方の要望で武雄に買い物に行った。(お嬢ちゃまのおもちゃをお買い物されたそうですよ。^-^webmaster)
武雄温泉駅を降りて歩いていたら、ぜひうちにきてくれと声をかけられた。
すぐそこだからということで行ってみたら、そこは小林はんやというはんこやさんだった。
そこの若主人が先日、「TVチャンピオン」という番組の「第二回全国はんこ職人選手権 大会」で優勝したとのこと。名前のはんこはもちろんのこと、たとえば、ゴム判の模様は、とても手の込んだもので、花鳥風月さまざま。
こんな手の込んだものは誰が オーダーするんですか、と尋ねたところ、「有田焼の模様ですよ。」との返事。なるほど。今度なんか頼んでみよう。
今日はこれからメールの整理。まだ返事を書いていないものに返事を書いたり、読んでいないメルマガを今日中に読んでしまいたい。
夜は、「踊る!大捜査線 歳末警戒スペシャル」があるしな。よし、がんばろう。


2003年12月28日 10:05 a.m
結局、昨日は打ち合わせやらご挨拶に出かけたりしたやらでなんということもなく過ぎる。家にいるといろんなことがあるのだなとあらためて実感。
今日は、何がなんでも年末の整理をするぞと心がけて部屋にこもる。
BGMはブリトニー・スピアーズ。ついつい聴いてしまっていけないけれど。


2003年12月27日 11:45 a.m
休暇の初日。
これだけの期間、ゆっくりできるというのははじめてなのでとてもうれしいけれど、昼前から空港についての相談、そして夕方からは正月にやる「おかえり!知事とかたろうかい」の打ち合わせ。まだ、仕事の名残り。
昨日は秘書課の忘年会で、清水にコイを食べに行き、ひさびさに騒いで、帰ってから、ドラマ「冬のソナタ」の最終回を見て寝た。
このドラマのために、ずいぶん年末の整理が遅れてしまていたので、今夜から大丈夫だろうと思いたいが、今夜できれば映画館で「ラスト・サムライ」を観たいので、そうなるとまた遅れるなあ。