| 佐賀の郷土文化誌「みを」 最終号2008年夏 掲載 |
| これからの五〇年を考える 五〇年後を想う |
| 古川 康 |
僕がまだ実家に親と一緒に住んでいたころの昭和四〇年代の佐賀市は、ある意味地方都市の頂点を極めた時代だったと思う。「まち」という言葉にはわくわくするような響きがあった。 そのころ、「新郷土」という雑誌が毎月父あてに送られてきていた。子どもからみると「小学6年生」とか「週刊少年チャンピオン」のように興味を惹くものではなかったが、それでもときどき何かおもしろいものはないかとぱらぱらとページをめくったりしていた。 「はんぎい」という詩の雑誌もときどき送られてきていた。父は詩を書いていたのでその関係のものだったと思う。 自分の家にこういう趣味や性向を持つ親がいてくれたというのはとても大きなことだった。少なくとも「ご飯やふとんとは違う何か」に関心を持ち、それに自分で投稿したり、購入したりする、という世界を父は教えてくれた。 「みを」という雑誌が発刊されるということになったとき、はじめに思い浮かべたのは「新郷土」のことだった。「新郷土」は平成4年に休刊になっていたが、やはりそういう雑誌はふたたび生まれてくるのだなと思ってうれしかった。 「みを」が発刊された。年金生活者となった父は賛助会員になり、現役世代の僕は正会員になり、そして、自宅の机の上に置いてある「みを」を娘がぱらぱらとめくっている。 世代が一つ動いたのだった。 これから五〇年後、「みを」という名前かどうかはわからないが、そのころも、こうした地域の文化・文芸を取り上げていく出版が存在していてほしい。 そのころ僕はこの世にはいないだろう。でも、僕の娘やそのまた子どもたちがこうした活動をしっかりと支えていってほしい。 高校の文化祭で発表する、有明佐賀空港を舞台にした演劇の脚本を一所懸命に書いている娘を横に見ながら五〇年後の「みを」に思いを馳せた。 古川 康(ふるかわ やすし) 昭和三三年唐津市生まれ。昭和四四年八月佐賀市へ。日新小学校卒業後、昭栄中学校を経て昭和四九年佐賀大学附属中学校卒業。その後、東京大学、自治省勤務と二九年佐賀県を離れた後平成一五年に帰郷。その年の春佐賀県知事に就任。 |