| 毎日新聞岩手県版(平成18年 1/1号)掲載 | |
| 原敬誕生150周年「原敬に学ぶ」 | |
藩閥ならぬ「東京」打破 佐賀県知事 古川康(47) |
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大学時代聴いた三谷太一郎教授の「日本政治外交史」がきっかけで原敬をあらためて知った。白河以北一山百文という言葉もそのときはじめておぼえた。そういう地域から日本の指導者が生まれたとき「明治維新」が過去のものとなったのだと知った。 毎年10月に会津若松市で「戊辰戦役西軍戦死者墓前祭」が営まれ、薩長土肥の関係県が招かれている。その祭りの後、佐賀県の参列者は、同じ市内にある東軍(幕府方)で戦った唐津藩士のお墓にもお参りしている。それでいて、佐賀県は、維新の立役者側でありながら佐賀の乱を起こしたことを理由に取り潰されて長崎県の一部となった時代が何年も続いたことがある。そういうことに漠然と違和感を持っていたからだと思うが、原敬が維新以来の藩閥政治に終止符を打つことを生涯を賭けて実現させた、ということが、私の心を大いにゆるがせたのだった。 原敬が藩閥政治の打倒を目指したとするならば、自分の目指すべきは何か。それは東京支配の打破ではないかと私は考えた。そしてそれを実現すべく自治省の門を叩き、いま佐賀県の発展に取り組んでいる。 「一都栄えて万村枯る」というのが今のわが国の状況だと思う。原敬には及びもつかないが私も生涯かけて目指すべきところに向かって歩み続けたい。 |