九州マーケティング・アイズ7月号掲載
「境」を越えて「夢」に向けて   佐賀県知事 古川  康

県境を越えると、そこは「雪国」のようであった。

事業説明のために私の前に広げられた地図には、佐賀県の区域だけが、山や川、平野、町、道路、鉄道などできれいに彩られている。そこからは、自然やそこに暮らす人々の様子などが容易に想像できる。しかし、県境を越えると、そこは何も書かれていない真っ白な世界。隣接する福岡県や長崎県は、その輪郭が示されているだけである。

行政では、こうした地図が長年にわたって使われてきた。限りあるものからは、大きな夢や創造はなかなか生まれてはこない。

昭和14年2月26日の地元新聞の論説欄に、「百年後の佐賀」という夢物語が掲載されている。これによると「首都は九州に移される」とある。戦争に向かう時代を反映してか、中国大陸との国交には東京は不便というのが、その理由である。また、「有明海は埋め立てられ、国際空港ができる」ともある。

それから65年が過ぎた。東京一極集中からの脱却を目指し、首都圏移転の問題が浮上している。有明海には有明佐賀空港ができた。旅客では苦戦も続くが、いよいよ今年の七夕の夜に、東京からの夜間貨物の第一便が到着する。将来、この地に九州一円を対象とした集荷、配送のための施設が並び、九州の空港貨物の拠点として発展することは夢ではない。
「百年後の佐賀」まで、あと35年。県境を越えて彩られた九州の地図に、有明佐賀空港と国内各地やアジア各国の空港とを結ぶ飛行線が何本も描かれることは、決して夢物語ではない。

この春、話題となった「ラスト・サムライ」では、サムライのゆるぎない信念や潔さに感動しただけでなく、そこに日本人のアイデンティティを見いだした思いがした。今年8月には、日本の近代化に貢献した幕末・維新期の佐賀の魅力を発信する「佐賀城本丸歴史館」をオープンする。また、アジア諸国を中心に今後大きな成長が期待されている「デジタルコンテンツ産業」を見据え、近い将来にデジタルコンテンツが佐賀の文化、産業として根付くよう「アジアのハリウッド構想」にも着手する。
 
佐賀県のことだけを考えてやっていけばいいという時代は、とうに終わっている。「県と県」、「民と官」などの境を越えて、佐賀から九州、そして、アジアへと広がっていく夢の種を蒔いていこうと思う。