「広報」2006年7月号(No.650)
 発行所:社団法人 日本広報協会
 発行日:平成18年7月10日発行
月刊『広報』連載企画「地域・大学・広報」
<特別対談>古川 康佐賀県知事  長谷川 照国立大学法人佐賀大学 学長
■佐賀県と佐賀大学の地域連携
だれかがつくった道では閉ざされてしまう時代
新たな知恵の創出が地域にとっての分かれ目になる

自治体による大学の知的資源を活用した事業や、大学による地域貢献プロジェクトなど、官学連携による様々な取り組みが、今、全国で進められています。その中で、産官学の連携がよく機能しているケースの一つに挙げられるのが、佐賀県と佐賀大学です。そこで、それぞれのトップである、古川康・佐賀県知事と長谷川照・佐賀大学学長ご登場いただき、最近の官学連携の動きや今後の展望などについて語り合っていただきました。(司会:萩原誠・広報コンサルタント)

「佐賀の大学」としての責務を果たす

――古川知事は、佐賀県知事に就任されて三年あまりたちました。この間、自治体と大学とが連携し、地域の課題解決に当たっていく「官学連携」が全国的な流れとなってきました。古川知事は、佐賀大学の存在をどのように見ておられますか?

●古川
 大学は、数学や物理のように、どこの地域であっても答えの同じもの、まさに「university」の言葉どおり、世界や宇宙にも通用する真理の探求も一つの学問であると思います。その一方で、地域の大学ならではの、その地域でしかなしえない研究や学問もあり、これからの大学はこの2つを目指していくものだと思います。これまでは、普遍的なもの、真理の探究がメインでしたが、地域の人からも認識されることが、これからは必要と思います。
 
 例えれば、誰もが家に帰ると、何かないかと必ず立ち寄ってみる「冷蔵庫」みたいに、行政や企業が何か困ったことがあったら、どうなるか分からないけど、とりあえず佐賀大学に相談してみよう。そんな存在であってほしいと思います。 いてもらって安心、話してみてありがたく思う存在であってほしい。

 佐賀県に限らず、わが国全体の問題として、単純にもの事を処理していけばいいという時代はすでに終りました。特に地方にとって、これからは、知の集積をどのように図作っていくかが、地域にとっても大きな分かれ目になっていくと思います。
 私は就任以来、あらゆる面で知財社会を佐賀県にもたらしたいということを訴えてきましたが、その中心的役割を佐賀大学に期待しています。

――佐賀大学にとっては、平成十六年の法人化から二年が経過し、様々な面でその成果が問われる段階になってきました。長谷川学長は、地域資源としての佐賀大学の存在をどう自己評価されますか?

●長谷川
 知事がおっしゃったように、従来とは違った多様な面が大学には求められています。法人化前の平成十三年ごろから、「地域貢献」や「地域連携」といった名称で、特に地方大学は、地域や行政との連携に力を入れてきました。
 佐賀大学では、これを教育プログラムの中にきちんと組み込んで推し進めてきました。県民の方を対象に、地域をテーマにした科目を講義の中に設けました。十七年度実績では五十二の講義が行われていますが、佐賀ならではの環境保護をテーマに設定するなど、地域の人々の知恵や経験に基づいた講義ができるようになっています。
 法人化後三年目ということで、今年三月に佐賀大学憲章を制定しました。憲章の中で佐賀大学のあるべき姿の一つとして、「佐賀の大学としての責務を果たすこと」を挙げています。旧国立大学の一つではなく、佐賀の大学なんだということです。

●古川
 その大学にとってその地域にある意味を問われている、ということでしょうね。
 佐賀県では前々から、県北部に県立大がほしいという声があったり、焼き物が盛んですから、そういった技術が学べる専門課程をつくってほしいという声があったりと、今までの中等教育にあき足らない人たちの、もっと学習できる場がほしいという声がありました。これからは、いろいろな分野で人材を輩出することが求められていて、それには、県民だれもが進んで学ぶことができる環境づくりが必要です。私は公約で「図書館先進県日本一」を掲げていますが、ただ本をたくさん読みましょうということではなく、常に県民がどこかで学ぶことができるようになろうという意味で、県全体が知を尊ぶ、努力を尊ぶ風土になってほしいと思っています。

●長谷川
 佐賀大学が全国トップクラスとして誇れることの一つに、「e―Learning(イーラーニング)」があります。「e―Learning」とは、パソコンとインターネットを活用した新しい授業形態のことで、授業をスタジオで収録、編集し、それに合わせた説明を、パソコンの画面を通じて伝えます。インターネットで配信されるため、学生は、いつでも、どこでも、何度でも聴講が可能です。佐賀大学では平成十四年三月から、全国の国立大学に先駆け「e―Learning」を開始しました。こういったシステムと同時に重要なのがコンテンツづくりで、地域をテーマにしたものでは、佐賀大学と有田町は平成十三年に相互協力協定を結んでいますが、伝統工芸に関するコンテンツを既に配信しています。
 大学としては、今後、こうした講座を県と共同で設置し、県の冠講座として設けてみてはどうかと検討しています。そこでも「e―Learning」を使い、講師陣には各界の第一人者を客員として招くのです。

様々な産業分野での活用が期待される「佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター」

――最近の話題としては、「佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター」(以下、研究センター)が今年二月、鳥栖市にオープンしました。様々な産業分野での活用が期待され「夢の光」ともいわれるシンクロトロン光の研究施設であり、九州で唯一、自治体の設置としては全国初ということです。

●古川
 研究センター開設の構想が持ち上がったのは平成八年ですから、今から十年前。佐賀県の科学技術振興ビジョン(平成九年三月策定)にも盛り込まれていましたが、その当時、シンクロトロン光や研究施設の必要性を理解していた人がどれだけいたでしょうか。そして十年たってみて、地域や大学にとって、将来を見据えた、とてもすばらしい施設になったと思います。二月の開所式には長谷川学長のほか、福岡県の麻生渡知事も出席され、麻生知事は、こういった施設を九州につくってくれて非常にありがたい、私も内外に大いに宣伝したいとおっしゃっていました。
 研究センターの特徴は、研究機関が民間企業に使わせるという従来の発想ではなく、最初から企業に使ってもらう目的でつくっている点です。規模は他の同様の施設に比べ小規模ですが、非常に使い勝手がよく、費用も比較的安く上がりました。いろいろな意味で、二十一世紀の研究機関のあり方を象徴する施設ではないかと思います。

――佐賀大学としては、研究センターにどのようにかかわっておられるのですか?

●長谷川
 佐賀大学では、シンクロトロン光に関する独自の研究を進める一方で、県施設としての研究センターの開設に向けて支援・協力を行ってきました。知事がおっしゃるように、産学官による共同利用型の研究開発拠点として、またアジアにおける研究交流拠点として期待できる施設ができたと思います。
 研究センターにある設備は、その対象に合わせていろいろと調整が必要だということです。その積み重ねが装置の機能を上げることになり、施設の成長にもつながっていくのではないでしょうか。研究センターを維持するためにはいろいろと難しい面があると思いますが、その維持・運営については、管理者である県に期待したいところです。

●古川
 研究センターは、企業に使っていただいてなんぼの施設です。ですから、九州はもとより、国内やアジア地域の大学、企業の方々にとって利用しやすい、ユーザーフレンドリーな施設であり続けることが大切です。

「チャレンジド」と共有する「アジアのハリウッド構想」

――アジアといえば、これも新しい取り組みとして、「アジアのハリウッド構想」が平成十七年にスタートしています。この構想を進めるために、佐賀県と佐賀大学がは相互協力協定を結んでいます。

●古川
 「アジアのハリウッド構想」というのは、佐賀県をアジアのハリウッド≠ノしようという試みです。ハリウッドはご存じのとおりアメリカの一都市であり、映画産業が当時の成長産業であった時代に、地方都市でありながらそのメッカとなりました。これと同じように、佐賀に、現代の成長産業であるデジタルコンテンツ産業を集積・定着させていくのです。そのための環境整備をどのように行うかを検討し、実行に移していくための戦略会議を平成十六年十二月に立ち上げ、県庁内に事務局を設けました。
 人材育成やコンテンツ文化の定着など様々な戦略で進めていますが、昨年度の取り組みとしては、佐賀大学において映画評論家の西村雄一郎氏を講師に招いて、映画の関連講座を開設していただき、一部は県民にも開放しています。

――映像祭の開催やフィルム・コミッションなど、映像関連の産業育成に積極的に取り組んでいる地域は全国にもたくさんあります。佐賀県の特徴はどんなところでしょうか?

●古川
 まず、映画やドラマの撮影隊を単発で呼んできて、エンドロールに名前が出ておしまい、で終らせないということです。今は都市圏にしかないデジタルコンテンツ産業を地方圏で成長させていくことが目的ですから、企画は東京で行っても、細かな制作作業は地方で行うことができます。
 そして、佐賀県の取り組みにおける最大の特徴であり、ねらいは、地方でのデジタルコンテンツ産業の発展に「チャレンジド」(障害者)の方たちにかかわってもらうことです。IT化により、チャレンジドの方たちの生活の質が向上しています。雇用の面でも、技術さえ習得すれば在宅でも就業できるわけですから、デジタルコンテンツ産業がチャレンジドの方たちの働く場になるのではないか。既に、佐賀大学から講師を派遣してもらい、チャレンジドの方たちにITに関する技術を身に付けてもらうために協力いただいています。

●長谷川
 先ほどの佐賀大学での映画と芸術をテーマにした関連講座では、定員を上回るほどの人気がありました。
 映画に関していえば、かつては日本においても成長産業でしたが、その良さがまた見直されてきているのではないでしょうか。しかし、従来のつくり方とは違います。CGなどITを駆使したりしている。そういった表現方法は、特に若い人の心をつかむのではないかと思います。
 私の若いころはよく映画をみて影響されたものですが、今の若い人たちにはそういった経験が少なく、ストーリーが描きにくい時代といえます。日本では今、若者が関係した悲惨な事件がたくさん起きていますが、そういったところにも遠因があるのではないかと感じています。それほど映像というのは重要な表現手段なのです。教育の現場でも、映像表現は大いに活用できるのではないかと思っています。

有明海再生は世界の研究テーマ

――佐賀といえば有明海の再生が大きな課題ではないかと思います。平成十二年に発生した海苔の色落ち被害に端を発した有明海環境問題に対して、行政や大学は、どのように取り組まれておられるのですか?

●古川
 佐賀県としては、時間と費用と英知をかけて、有明海を元の海に戻すことを目指しています。しかし、そのための研究成果というのが、まだまだ不十分なんです。個々の分野で研究された成果はありますが、有明海の再生に結びつくという視点での横断的な研究は、十分ではありません。県としても、庁内に有明海再生課を設置し、再生に向けて取り組んでいますが、行政だけではどうしても対処療法が中心になってしまい、限界を感じています。本当に何が必要なのか、何をしなければいけないのかは、研究によるところが大きいのです。

●長谷川
 平成十年に有明海特措法(有明海・八代海再生特別措置法)が制定され、国や沿岸の各県が、原因解明と再生に向けて調査・研究を開始しました。
 佐賀大学には「低平地研究センター」という世界的にも認知されている研究機関がありまして、低平地である佐賀平野や有明海に関する研究を続けてきました。研究センターも含めた全学横断の「有明海総合研究プロジェクト」がスタートしたのは平成十六年度です。十七年度には文部科学省の研究助成も決まり、本格的な調査・研究が始まりました。
 プロジェクトでは、有明海全体の気象、水の流れ、陸からの土砂の流れなどを把握し、環境モデルをつくるための調査などを現在行っています。成果を出すまでにはまだ時間がかかりますが、最長の有明海沿岸を有する佐賀県、そして、そこに位置する佐賀大学としては、全学を挙げて、地元研究機関としての責務を果たしていかなければならないと思っています。

●古川
 佐賀県ほか、有明海域の自治体や大学、関連企業をネットワーク化し、連携して有明海の問題に取り組んでいこうと「有明海再生機構」というNPOを組織しており、佐賀大学の研究者の方にも多数参加していただいています。その再生機構の名誉顧問に、元世界水会議会長のウィリアム・コスグローブさんに就任していただいているのですが、コスグローブさんがおっしゃるには、有明海の水質浄化、水産資源の回復ができるならば、それは、世界に向けた研究成果になるだろうと。つまり、この問題は有明海だけにとどまらない世界的なテーマであり、そうした大きな課題に私たちは取り組んでいるということなのです。

「際立つ佐賀」と大学発のブランド

――県民をはじめ、内外の関心を集めて官学連携をさらに推し進めるためには、コミュニケーション力が重要ではないかと思います。特に法人化後の大学では、それが求められているのではありませんか?

●長谷川
 広報の重要さは認識しつつも、手探り状態で行ってきたというのが現状です。これまでは、どういうものを発信していけばいいのか、じっくり考えることができませんでした。そこで、今年四月に総合企画室という部署を設置しました。これまで蓄えられてきた「知」を、社会に対してどう生かしていくかを検討するための組織であり、今後は、広報セクションと一緒になって、佐賀大学の発信力を担っていくことになると思います。そうした中で、「先端的研究拠点」や「充実した地域医療」「人材育成」「国際化」など、佐賀大学がアピールすべきテーマも見えてきました。これらがうまく発信されて初めて、「佐賀の大学」であるということも理解されていくのではないかと思います。

●古川
 これまでご紹介した佐賀大学と連携している各事例に共通しているのは「知恵の創出」なんです。今や、だれかがつくった後を歩いていくだけでは、その道は閉ざされてしまう時代です。自ら道をつくっていかなければならない。
 県では「際立つ佐賀」というのを合言葉にして進めているのですが、何かを発信するにしても、佐賀ならではの工夫や努力をしようと。ブランドにしても、佐賀の名前をいい文脈、流れの中で使ってもらえるようにしていく努力が必要です。

●長谷川
 ブランドといえば、最近は大学が独自でブランド商品の開発を手掛けていますが、佐賀大学ではこのほど研究グループが、「アイスプラント」という南アフリカ原産の植物の栽培技術の確立に成功しました。お持ちしましたので、お食べください。

●古川
 (食しながら)不思議な食感ですね。塩味がきいています。

●長谷川
 地中の塩分を吸収して成長するので、干拓地での栽培が可能になり、塩害問題の解決にもつながります。将来的には佐賀の特産野菜としての商品化を目指しています。

●古川
 これこそ、地域の大学にふさわしい取り組みといえますね。期待しています。

――ありがとうございました。


(プロフィール)
ふるかわ・やすし/1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業。同年自治省に入省。長野県企画課長、岡山県財政課長、自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを歴任。2003年マニュフェストを掲げ佐賀県知事選に挑戦、同年4月、全国で一番若くして知事に就任。http://www.saga-chiji.jp/

はせがわ・あきら/19■年生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学後、佐賀大学理工学部へ。71年理学博士(京都大学)。理工学部教授、副学長、理工学部長などを経て、2003年10月、佐賀大学学長に就任。現在2期目。


【関連アドレス】
●佐賀県 http://www.pref.saga.lg.jp/
●「アジアのハリウッド構想」 http://www.saga-ahp.jp/
●佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター http://www.saga-ls.jp/
●NPO法人有明海再生機構 http://www.npo-ariake.jp/

●佐賀大学 http://www.saga-u.ac.jp/
●佐賀大学 生涯学習 e-Learning http://net.pd.saga-u.ac.jp/llstudy/
●佐賀大学 有明海総合研究プロジェクト http://www.ariake.civil.saga-u.ac.jp/