佐賀新聞 2004年8月3日 掲載
(佐賀新聞120周年企画特集)
佐賀県知事 近代化遺産を語る  産業観光と佐賀のヘリテージング
「佐賀は九州交通の要衡。近代の交通遺産もたくさん埋もれている」
全国産業観光推進協議会副会長JR東海相談役 須田 寛氏 (写真左)

「ヘリテージングで佐賀県をもっと全国に認知させたい」
佐賀県知事 古川 康氏 (写真右)




対 談

郷土の近代化遺産を巡る旅 ヘリテージング[佐賀]





今、明治レトロ、大正ロマン、昭和クラシックと呼ばれる近代化遺産を利用し、観光資源として楽しもうとする新しい動きが全国で始まりつつある。
幕末から明治維新にかけて、日本の近代化をリードしてきた佐賀県は、まさに近代化遺産の宝庫。
佐賀県の観光の起爆剤となるのか、産業観光を推奨する全国産業観光推進協議会副会長・JR東海相談役の須田寛氏と県知事・古川康氏が大いに語り合った。(司会/博報堂・阿曽村孝雄氏)

※ヘリテージング・・・ヘリテージ(近代化遺産)を利用して、観光資源として楽しむ行為。
※近代化遺産・・・明治・大正・昭和戦前にかけて作られた産業施設や生活施設などの構造物、建築物。

佐賀県観光の現状について

古川
佐賀県の観光は相撲でいうと、横綱がいなくて関脇クラスのものが多い観光地だ。
それらは狭い県内に点在しているため、ネットワークの力で人を呼び込んでいる。
これまでは過去の財産を生かそうという動きは少なかったが、ようやく県都・佐賀市で動きが出てきた。
旧長崎街道沿いにある明治期や大正期に建てられた旧三省銀行や旧古賀家、旧古賀銀行などの建物だけでなく、路地や裏に流れる川など町のたたずまいごと保存していこうという動きだ。
また、鯱(しゃち)の門だけが残っていた佐賀城跡に今月1日、佐賀城本丸歴史館が完成した。本丸建築としては全国で一番大きなものになるが、三百畳敷きの畳は圧巻で、大名の力を雄弁に物語るものになっている。
ヘリテージングといえるか分からないが、過去のものをできるだけ復元して往時をしのび、現在を思うことを形にしていこうという状況にある。

須田
鉄道百年史の最初のページには佐賀鍋島藩が日本で初めて作った蒸気機関車の模型写真が掲載されている。日本の鉄道史はまさに佐賀から始まったわけだが、過去においては豊臣秀吉の朝鮮出兵によって入ってきた大陸文化、焼き物の高い技術、また幕末期には積極的に西洋文化や技術が取り入れられ、それらが融合した独自の文化、産業が佐賀にはあった。
日本の近代化が進んでいった明治維新から大正期には、佐賀はとても輝いていたと思う。日本の産業近代化の原点がここにあると思う。
しかし、佐賀県のすばらしさは、全国の人たちにはあまり知られていない。
私は産業遺産を観光資源に、と提唱しているわけだが、佐賀にはヘリテージングにつながる産業遺産がたくさんあると思う。九州交通の要衡でもあり、既存の九州観光地と結びつけ、近代化遺産を中心にアレンジし直すと非常におもしろい地域になると思う。

古川
確かに作り物を見せるより、かつて日常的に利用されていた近代化遺産を見てもらうことが、いろんな思いをはせる要素になる。これからはそういった佐賀県の遺産をきちんと皆さんに見ていただくように仕上げていくことが必要だと思う。

須田
例えば鉄道でいうと、佐賀は明治22年、九州でいち早く鉄道が整備された。当時の遺物が今もあり、鳥栖の操車場近くにある橋梁は建築的にもすごくおもしろい。
また昭和10年に作られた筑後川にかかる国の重要文化財・旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)が残っている。こういった近代の交通の遺産というものもたくさんうずもれていると思う。

古川
交通遺産だけでなく、佐賀は近代化遺産の宝庫だ。私は唐津出身だが、そこには東京駅を設計した辰野金吾が監修した旧唐津銀行があって、小さい頃はそこにあって当たり前、と思っていたが、今になってみるとそのすごさを感じる。脊振村には明治41年完成した県内初の電気事業用発電所、赤レンガ造りの広滝第一発電所がある。
私はレンガが好きで、見るだけで胸が熱くなるのだが(笑)。そこでは今も発電所としての機能を果たし、19世紀に作られたドイツ製の機械が働いている。
当時、工事は困難を極めたらしいのだが、予定通りにできなかっただけにその分、その物語も加わり、近代化遺産としての重みと深みが増すようだ。
有田の街並みを見ても営々と磁器を作り続けてきた独特の雰囲気がある。有田の磁器を支えていた天草陶石が荷揚げされていた塩田町には志田焼きの里があるが、そこは保存が途中で終わってしまっている。
県が金を出し、きれいに保存するのは簡単だが、崩れかけたようすがまた魅力のひとつになっている。
年月が経つとこういう状況になることを知るという意味で、そのままの状態で残し、それを見てもらうのもひとつのヘリテージングにつながるのではないか、と思う。

須田
佐賀にはいくつか反射炉があったそうだが、全国にはそれだけを研究し、ヘリテージングしている人たちがいる。レンガについても佐賀には昔から残っているものが多い。佐賀県も個性、アイデンティティーを打ち出して全国へ発信していけば、ヘリテージングが進むのではないか。

知事はかつて長崎と福岡に囲まれて、県境を越えてわが県は人を呼び込まななくてはいけないと発言しているが、広域観光という面についてはどうか。

古川
佐賀県はいいポジションにいる。福岡や長崎はすでに大量に人を呼び込んでいるから、隣の佐賀県まで"ちょっと"足をのばして来てもらえばいい。あらゆる角度で情報発信が必要だと感じている。

須田
福岡、長崎は大観光地だが、バリエーションは少ない。佐賀県には知事が話されたように焼き物、温泉、産業遺産などいろんなものがある。
この三県が一つになれば、ものすごい観光圏になると思う。

古川
私は今「22世紀に残す佐賀県遺産(仮称)」をやろうと考えている。
あと10年もたてば、国が面倒を見てくれる価値の高いものになるのに、そういうものが解体されようとするときに、留めるたみに応援する制度が何もない。
だから今から先回りして、保存してしまおうという提案をしている。
とりあえず、建物。古いものを残すときは、物語とどういう使い方をするということが、セットにならないとその建物が生きてこない。
「物語は終わらない、続いていくんだ」という工夫をしながら、やっていきたい。

須田
行政だけでなく、地元のすべての人たちが身の回りの観光資源を発掘する気持ちになって日常的にその資源を見て、歴史的な遺産の中で、残すべきものがどれなのか、市民がまず目利きとなることが大切だ。
そして、残すべきものを判定できる専門家、まさに鑑定士軍団も養成して、県だけにとどまらず全国的にネットワークを組むことが必要だ。

知事は歴史と文化を生かしたまちづくりの第一歩は、県民が深く知ることが大切。子どもには学校で、大人は新聞で郷土のことを教えるべきだと言っているが。
古川
郷土を知るために「オンリーワンの佐賀体験活動」というネーミングで、子どもたちが佐賀のことを体験できるようなプログラムをやっていこう、と実施している。
佐賀県で9年間義務教育を受ければ、例えば有田焼や唐津焼などの有名な作家のものは分かるようになるというような具合にだ。まずは、地元の人間が佐賀を知らないといけない。

須田
確かに佐賀県は日本赤十字の創始者・佐野常民など世界的な人材を輩出しているが、意外と佐賀の人がこれを知らずに、私のようなよそものが知っていたりする。(笑)
地元の人たちに認識させることが産業観光の第一歩だ。

産業観光の中で具体的な一つの方法としてヘリテージングがあって、その面から見ても佐賀は、大変な宝庫だ。

須田
今年、全国産業観光推進協議会が立ち上がり、私も副会長を務めることになった。
全国で、産業観光の輪を広めたいと思う。
佐賀県もたくさんの産業観光がある。ぜひ、ヘリテージングを進め、産業観光の輪を広めてほしいと願っている。

古川
佐賀はいろんな近代化遺産・観光資源が豊富にある。
まだ発掘されていない部分がいっぱいあり、これからやらないといけない部分がいっぱいある。産業観光の面で、佐賀県がもっと全国に認知していただけるように頑張っていきたい。

懐かしいを楽しむヘリテージング。いよいよ佐賀からスタート!