| 月刊 時評2005年3月号:時評社 | |
| 知事に聞く 佐賀県 古 川 康 氏 「佐賀に住みたい人が、住み続けられる仕組みを」 |
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| 聞き手 八幡和郎 | |
―――新しくオープンした県立佐賀城本丸歴史館に行って来ました。昔の御殿を木造で復元した素晴らしいものですが、夜の八時までやっているのにびっくりしました。あれは、古川知事の発案ですか。古川:ありがとうございます。そうなんです。どこの公共施設も五時までとか、月曜休みじゃないですか。それを仕事が終わってからでも案内できる、月曜も休まないということにしました。しかも、お正月も開けると宣言したら、よその施設も自主的に開けるということになったんです。それから、有田には陶磁器の博物館があるのですが、ここでも、二月七日からは、事前に連絡をいただければ月曜でも対応しますということになりました。 ―――県内企業の新しい製品を実績がなくとも県で購入しようという、トライアル発注というのも話題になっています。 古川:あれが一番うまくいっているんじゃないでしょうか。長崎県で商工労働部長をやってるときに、ベンチャー企業がいいものを作ったので使ってくれというんで関係部局にお願いしたんですが、標準仕様書にないとかいわれてなかなか難しかった。でも、使ってもらうのが信用力になるし、フィードバックとして意見も出てくる。そんな思いがあったし、受け入れられるという確信があったので、はじめてみたら応募がたくさんあって、話題にもなりました。営業がやりやすくなったとか、ものによっては、むしろ関東で売り上げが増えたというのもあります。時代に合ってたと思うし、まねする自治体も出てきています。 ―――歴代の知事の業績も踏まえられて、古川知事の歴史的使命はどんなことでしょうか。 古川:佐賀県に住みたいという人が住み続けられる仕組みを作ることです。昭和四十年代、五十年代までは農業と海苔で県経済が持っていました。井本前知事は経済畑出身なので、工場誘致に力を尽くされたがそれも曲がり角です。そういうなかで、佐賀県の人が働き続けられるものを作り出していくことが使命だと思います。 これまでは、農業日本一といっても反収日本一というような「量」でした。それを「単価」で日本一にしていくとかしていかねばなりません。農業も環境にシフトして、補助金でも環境に構わないものは切るということにしています。批判や不満も出ていますが、将来を考えればそれしかない。 ―――たいへん多くの候補が出られた知事選挙で、井本知事の後押しも受けられたのですが、井本県政の最大の遺産は何でしょうか。 古川:税収増だと思います。一・四倍になったのです。しかも、県民性を反映してか、無駄な投資があまりなく、財政基盤強固な県政を残していただいた。 ―――佐賀県の五〇年、一〇〇年先へ向かってのビジョンはいかがですか。 古川:佐賀県は消えて九州、少なくとも北部九州になっているのでしょうが、そこへ「蔵」をいかに残すかということです。佐賀には有田焼のように世界どこへ持っていっても負けないものがあります。そういうように、たとえば、世界に冠たる農産物を供給している、そんな役割を果たしていかねばならないと思っています。世界に向けて輝ける物をつくっていきたい。 ―――自治大臣秘書官や長野県企画課長、岡山県財政課長、長崎県商工労働部長に総務部長などとしての経験はどういうように生きているのでしょうか。 古川:すべてが生きていると思います。長野で膝詰め談判で県内のいろんな方と話し合ったり、長崎では知事の指示で県庁の意識改革をやりました。元をたどれば二〇年間の公務員人生のあちこちに、佐賀県をどうすればというネタが転がっていたと思います。 |