| 東アジアへの視点[巻頭言]2004年6月 | |
| 「僕はYasushi Furukawaじゃなくて」 | |
このHPのトップページの上に FURUKAWA Yasushi ONLINE と書いてある。 FURUKAWA Yasushi としてあって、Yasushi Furukawa としていないのはポリシーだ。 |
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| 先日、福岡市で開かれた九州アジア経営塾にパネリストとして参加した。 イオン九州の松井博史さんやJR九州の唐地恒二さんのほか、外国からは、中国の情報技術コンサルタント会社「東軟集団」の劉積仁(リュウ・ジレン)さんも来ておられた。九州はひとつとのスローガンのもと、次の世代の経営者育成を目指した塾のオープニングということで、会場は華やかな雰囲気。僕自身も多くの刺激を得ることができた。 その当日のプログラムには、外国からのお客様がおられるということもあって、英語が併記されていたが、古川 康 の英語表記が Yasushi Furukawa となっていた。 しかし、これは正しくなかった。僕は、自分の名前の英語表記は FURUKAWA Yasushiと表記するようにしているのだ。 ただ、僕のようにしている日本人は少ない。なぜ日本人は、自分の名前を英語表記するときに、名前を先に、名字を後にすることが多いのだろうか。 まず、外務省に聞いてみた。外務省としては、何の決まりもない、というのが答えだった。 「外務省の職員の名刺は英語表記されている場合、名前を先にしてありますよね、あれは決まりではないのですか?」と尋ねたが、「古くからの慣例みたいなものでとくにこうしなければならないということはないです。」とのことだった。 では、英語教育はどうか。文部科学省初等中等教育局教育課程課に聞いてみたが、ここでも、特に決めていないということだった。 というので現在使われている「New Horizon」という英語教科書を見てみた。それによれば、こういうことが書いてあった。わかりやすく僕の名前を例にとってある。 「日本人が自分の姓名を英語の中で言ったり書いたりするときには、日本語どおり「古川+康」とするのと、英語国での順序に合わせて「康+古川」とするのとの2通りがある。そして、この教科書では、日本語と同じように「古川 康」という方式を使う。」 こういう教科書で勉強した子どもたちは、だんだん変わっていくのかもしれない。 日本のアーチストの中で、僕の知る限り、僕と同じような表記のしかたをしている人がひとりいる。宇多田ヒカルだ。 彼女のCDのジャケットには、Utada Hikaru と表記してあって Hikaru Utadaとはしていない。 なぜこうなっているのか、事務所に尋ねたら、本人でないとわからない(というかプライベートなことなので答えられない)とのことだったけれど、国際感覚を持った人ほど、自国のものに誇りを持ち、主張をするということなのではないだろうか。 九州アジア経営塾のプログラムをもう一度よく見てみた。出席された中国人 劉積仁 氏の英語表記は Liu Jiren 。名字と名前をひっくり返していなかった。 ふるかわ 拝 |