2003年9月発売 「ガバナンス」9掲載
*21世紀の地方自治体を創る総合情報誌
対談  小林 良彰が地方政治のニューリーダーに迫る!
地方の選択 真価問われるマニフェストと行政政策の統合
「全国で抜きんでた佐賀県づくり」への挑戦

古川康(ふるかわ・やすし)
1958年佐賀県生まれ。82年、自治省入省。税務局企画課課長補佐、自治大臣秘書官、長崎県商工労働部長・同県総務部長などを経て、今春の佐賀県知事選挙に立候補。「県民の皆様と私との約束」を意味する政策宣言(マニフェスト)を掲げ当選を果たす。

小林良彰(こばやし・よしあき)
慶応義塾大学法学部教授。1954年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。精緻なデータ解析による選挙分析や政治問題へのコメントで有名だが、全国各地へのフィールドワークを重ねるなど、自治体の現状と問題点についても知悉している。近著に『地方自治の国際比較〜台頭する新しい政治文化』(慶應義塾大学出版会)。

今春、激戦の佐賀県知事選挙を制したのは、最年少の古川康候補だった。地元・佐賀県出身、総務省や地方で行政経験を積んだ44歳(当時)。「佐賀を全国でも抜きんでた県にできる」と自信を見せ、選挙戦で掲げたマニフェストを総合計画に統合させる試みにもすでに着手した。だが、足下経済は厳しさを増しているさなか。夢をどう現実に変えるか。古川知事に聞いた。


佐賀を抜きんでた県にするために

小林
まず、知事選に立候補した動機から伺います。


古川
この時期に佐賀県が頑張れば、全国でも抜きんでた県になれると考えたからです。
そのために、私のこれまでの経験と若さが生かせるちょうどいい時期だと思いました。
実は、まだ少し早いかなという部分もありましたが、あえて打って出ることで、佐賀県ならではの元気が出せる。当選すれば、自分が日本で一番若い知事になって、佐賀県が注目されると思ったんです。
小林 抜きんでた県に、という話ですが、佐賀県を取り巻く環境には厳しい面もあり、例えば財政力指数は0.3程度です。まず、現状認識から聞きたいのです。
古川 たしかに佐賀県は財政力指数は低いのですが、低いからといって財政状況が悪いわけではありません。基金の額も、いまだに数百億円を有しています。ただ、今後はこれまでのように交付税が見込まれる時代ではない。すると、国に頼る県政運営ではなく、どう自立するかを考えなければいけない。そのとき必要なことは、税収の確保です。私は長崎県で商工労働部長をやっていて、新しい産業について考えるところがありましたから、それらを佐賀の場で実現したいと思ったんです。
実は、長崎にいるときはライバル県として見ていて、佐賀はいいなと思っていたんです。長崎は山が多く、工業団地もコスト高です。水もない、大都市からも遠い。そういうなか、どうして佐賀の工業団地は売れないのかと考えていました。

小林
なにが原因でしょう。


古川 
端的に言って、売れる商品を作ってこなかったからだと思います。作り手の都合で商品を作っている。製品を作るのにこれだけかかりましたからいくらで売りますでは、市場では値段がつきません。顧客からすれば「だからなんなんだ」という話でしかない。そういう商品を売ろうとしてもだめだと思いますね。
要は、工業団地を造るにしても、マーケットがどんな商品を求めていて、そのためにどのような工業団地にするのかを考えて手を打たなければいけない。ですから、6月議会で条例を改正し、遅ればせながらリース方式も取り入れました。

農業、森林、そして新事業に力を注ぐ 

小林
たしかに増収策は都道府県の大きな行政課題ですが、具体的に有望な産業はなんなのか。ITも供給過剰なので限界が見えています。佐賀県では、他県にない、かつ付加価値のある産業の候補としてどういう分野に目をつけていますか。


古川
まず農業と森林産業をなんとか自立できるようにすること。そして、新産業としてはデジタルコンテンツ産業です。
デジタルコンテンツ産業は、今後さらに発展していくと考えられます。私は地方におけるその拠点を作りたいんです。例えばプロデュース機能などは、恐らく東京は台湾や韓国と組むという形で広がっていくでしょう。しかし、実際に発生するメガデータ処理には、大量のオペレーション作業が発生します。それをこなせる人材育成を佐賀でやりたい。
また、そういう作業を障害者の方にもやっていただきたい。私は竹中ナミさんの薫陶を受けて、マニフェストの中にも「チャレンジドが納税者になる社会の実現」を掲げています。現在のような就労形態以外に、時代とシンクロする事業に積極的に関わっていただきたい。

小林
農業分野では、観光農業なども視野に入れているのですか。
古川 いえ、むしろ、今後の農業の方向性として検討を始めているのは、例えばこれから佐賀県が認定する農産物は、有機無農薬に限るという方針を打ち出したらどうかというようなことです。
今は消費者の方が「この生産物は大丈夫かな」と不安に思っている状態です。だから、佐賀と書いてあるものは大丈夫ですよ、と安心感を与えたい。そして、そのことが佐賀の農業と大地を守り、発展させることに繋がります。農家と農民、環境、消費者を守るという軸で、農業をもう一度この時代に蘇らせたいのです。


まだ試行が始まったばかりのマニフェスト

小林
選挙の話に戻ります。マニフェストが話題になりましたが、知事は地方自治体のローカルマニフェストと、政党のマニフェストは違うものだという考えですか。


古川
本来的には約束したことをきちんと実行できる立場にあるものが作るのが望ましいでしょう。そのためには、議院内閣制のもとで自分たちが政権を取ったら法律も通し、予算も通して約束を実行すると。それが本来のマニフェストだと思います。
ただ、北川さんは、いろいろなマニフェストがあっていいと説かれています。われわれが目指すローカルマニフェストは、どの国にもない新しいマニフェストだと。私もそれはそうだと思っています。

小林 
いまの日本ではマニフェストを作っても、法律上有権者に届かない。具体的にどこを変えるべきですか。解釈ですか、法律ですか。


古川
そもそも、マニフェストは事前運動の禁止規定に引っかかってしまいます。今の選挙制度では、告示されたらすでに終盤戦です。そうすると、実際は告示までの期間が非常に大切な時間なんですね。そのとき、私が知事になったらこうしたいと書いたら、事前運動で捕まってしまう。私も自分で条文を考えてみたんですが、そこはすごく難しい。つまり、事前運動を解禁するのか、マニフェストの公表だけを解禁するのか。
しかし、選挙戦が始まったあとの公定文書にマニフェストを加えることは十分に可能です。様式を決めてやればよいわけですから、そのなかで、自分がしたい場合には配布してもいいと法律で書けばできると思いましたね。そこは法律改正を国に提言したいと思っています。

小林 
マニフェストは、従来の公約と比較して具体的な数字が示されていることが一番のポイントですが、具体的になにをやるにしても財源が必要です。現実に知事になり、どこを削ってマニフェスト実現のために持ってくることが可能でしょうか。


古川
実際には、事前に個別事業の削減を想定することはできないと思いました。例えば、高齢者のためのグループホームを県内に20か所造りますといったことはなるべく数値を入れました。なにをしなくてはいけないかは、ある程度関心を持っていればわかるんです。ただ、その代わりになにを削るかについては、正直言って、県のどの事業がどう問題かがまだわからないわけです。
私は、マニフェストで約束したことを実現するために、いくらぐらいかかるかと、ざっと試算して4年間で100億円とはじきました。企業誘致で30億円、既存企業の経営支援で20億円、既存事業の見直しによって50億円を生み出そうと。
ですから、やる事業は個別具体的に、生み出す財源は大まかにしか示せませんでした。その意味では本来のマニフェストとは違うでしょう。ただ今の地方財政制度の中では、この程度しかできないかもしれません。

県民の思いを実現させるベクトルを

小林
知事は、当選後、県民との緊急対話集会を開いたり、マニフェストを県の重点実施項目に衣替えさせるなど、矢継ぎ早に改革に着手しています。それらを含め、新しい佐賀県の方向性をどう打ち出しますか。


古川
それは、県民を見るということです。県の職員は優秀ですが、その優秀さとは、国から言われたことを直ちに理解し、それを寸分違わず県民や市町村に説明する能力です。それを半分でいいから県民に向けようと。われわれは国がいうことも、県民がいうことも聞く必要がある。その上で、どちらがより正しいかを判断しようと言っているんです。
いま、宅老所を造ろうとしています。緊急対話集会であちこち回っていたら、「公民館を改造して造ってほしい」という話が結構出るんです。職員に水を向けたら、「だめです」と言うわけです。どうしてですかと聞いたら、「公民館は社会教育施設だから福祉には使えません」。それはおかしいだろうと。
公民館を転用できない理由は、例えば、夜間管理をどうするとか、いろんな点を考えた結果だめだというのならわかるんです。しかし、入口論で拒否するのは絶対おかしい。住民の利益にかなうのなら、法律改正を国に要求すべきだという考え方に変えようと話をしているんです。実際、よく調べたら転用もOKでした。県民要望を実現化するベクトルが今までなかったのは事実なんですね。

小林
それから、職員に自分の名前を名乗りなさいと言っているそうですね。これも職員へのエンパワーメント効果を期待しているのですか。


古川
おっしゃるとおりです。知事になる前から、まずこれをしようと決めていました。条例改正も予算も必要ない。県民から見て県庁は変わったと思ってもらえるきっかけが欲しかったんです。
私はマニフェストを作るときにしょっちゅう県庁に電話していたんですが、その時の応対の悪さと名前を名乗ってくれない不便さを痛感しました。今後こういう思いをする人を一人でも減らそうと思って…。

小林
職員からの反発はないですか。


古川
ありました。「媚びてるようでいやだ」という内容です。なんで名前を名乗るのが媚びてるんだと思いましたが、そう思う人がいるとわかっただけで良かったです。でも、浸透したのは結構早かったんですよ。これは予想以上でした。

景気・雇用対策が緊急課題

小林
マニフェストの中でもメインと思われる景気・雇用対策の「トライアル発注制度」
(注1)とは、どのような内容ですか。

古川
これまで新商品開発は、産業振興の担当課が中心になり、補助金も出してやってきました。しかし、ようやく新製品ができましたと企業の方が来られても、県庁では買わなかったんです。県庁が最初に買えば、それだけで信用になるのに、煽っておいていざ製品ができても知らん顔ではいけない。
それで、これをやろうと。ただし、あくまでもトライアルだから、使ってみて良くなければ厳しく指摘します。しかし、いい製品だったら、県庁に納めたという実績を標榜していい。庁内でずいぶん議論をしましたが、担当する部で募集したところ、一日5件の応募があり、びっくりしているところです。

小林
これは開発経費を財政支援するのではないのですね。あくまでも作られたものを購入すると。


古川
そうです。例えば古タイヤを粉砕して新しく舗装材を作りましたと。県のリサイクル製品の認定も受けていますと。これをぜひ県の公共事業で使ってもらえませんかという話もあるわけです。それでは試しに使いましょうということですね。

小林
それから「ローカル発注」
(注2)の具体的目標はありますか。

古川 
先日、発注基準を作りました。これまで県内企業とは、県内に本社か営業所、支店があることを指していたんです。しかし、現場を回ってみると、何々株式会社佐賀支店と看板はあるが、実際は誰もいないケースがある。電話すると転送電話で、実際に受けているのは福岡だったりする。それはおかしいと。
そこで、登記上の法人があるかだけではなく、別の基準・定義を作ろうと提案しました。標準的な新基準は「県内に本店があるもの、または企業に占める県内居住者の雇用割合が50%以上、あるいは佐賀県民を50人以上雇用している企業」とし、こうした企業に対して優先的、緊急的に発注するようにしようと。
本来、県民のお金をお預かりして仕事をするわれわれは、同じ結果なら、一番安いコストのところに頼むのが当然です。その立場からすれば、考え方がおかしいという指摘もある。それも踏まえて、2年間だけの緊急対策としてやる予定です。ですから、県内企業にも今のままで支援しますと言っているわけではなく、この機会に時代に対応した新しい分野に進出することなどを考えていただきたいと言っているんです。

万能ではない住民投票、責任を持つのは行政 

小林 
城原川ダムの建設問題
(注3)では、有識者による検討会議で県民意見を集約することになっていますが、これについて県民投票を実施するなどの考えはありますか。

古川
これは、もう何十年も前に計画ができて以降、ダムの必要性に関する説明がなされてこなかったんですね。私は候補者としてこの問題を考えるために、賛成・反対、それぞれの人に意見を聞いてみました。しかし、双方ともきちんとした事実をベースにして議論していないんです。これではいけない。
県は今まで国にこのダムを設置目的を変えてでも造って下さいとお願いしてきています。そこで、まずやろうとしたのが、もう一度議論するため、判断権を取り戻すことです。国にはデータを開示して下さいと要請しました。その結果、治水に関係する分厚い資料が出され、説明も受けました。もちろん、説明もデータも県民にオープンにしました。
今それらを担当職員にチェックさせてます。そのとき、あなた方は国土交通省側の立場でこれをチェックしてはいけない。県民は、国の言っていることは正しいのか県に判断してほしいんだと話しました。
そのほか、鳥取県に出かけて国の考え方をチェックするノウハウを学んだりといろいろやっているんですが、まだ議論が足りません。これから市町村長や住民、流域委員会も巻き込み、手続きにも時間をかけて判断していこうと思っています。

小林
一般論として、住民投票で決着を図るという考え方についてはどう考えますか。


古川
私は、自治体の判断に住民投票はなじまないものの方が多いのではないかと感じています。ダム問題でも、賛否を問うて反対が多かったから止め、その20年後に洪水が起きたとします。その時、住民投票結果が、なんの責任の足しになるのかと思うわけです。だから、住民投票は関心を盛り上げていく手段であるとは思いますが、判断に直結させてはいけないと私は考えています。

小林
あくまでも、行政が決めると。


古川
はい。少なくとも、私はその判断をするために選んでもらい、報酬もいただいています。その責任を回避するなら、県庁はもっと簡単な組織でいいはずです。

政治的公約を行政的政策に変えていく 

小林
最後に、知事になって思ったよりできること、できないことを一つずつ挙げて下さい。


古川
思っていたより難しいことは、自分自身の私的なことはほとんどだめですね。逆に思ったよりできるのは政策です。これはマニフェストで県民に約束したことが大きい。
もちろん、一人ではやれません。マニフェストはあくまでも候補者の政治的公約ですから、それを行政的政策に変えていかなければいけない。だから、マニフェストを掲げて当選した知事は、それぞれ自分はこうやっているとどんどん情報を出すことが、後に続く人たちのためになるのではないでしょうか。
佐賀県は工夫してかなり早いスピードで工程表を作り、しかもそれをマニフェストから政策検討会議の議論を経た上で重点実施項目として県の政策にしました。総合計画上の位置づけもしています。これは職員の努力と私の熱意との合作だと思っています。

小林
ありがとうございました。


注1 トライアル発注制度
優れた製品や技術がありながら受注実績がない県内企業を育成するため、試験的に発注する制度。対象商品は公募し、関係課で構成する選定委員会が発注先を決定、使用後は製品特性などを評価する。2004年度まで毎年10件の発注が目標。

注2 ローカル発注
県内企業の受注機会の確保、雇用の維持を目的に、県庁自らが地元発注・調達率を高める緊急措置としての政策。数値目標を決め、物品調達については、2004年度までに10ポイント向上させることが目標。

注3 城原川ダム問題
佐賀県神埼郡を南流する城原川の中流に計画中のダム。洪水調節や都市用水の開発を目的とし、79年に実施計画調査が開始された。事業主体の国による現段階での想定規模は、高さ10m、総貯水容量約1600万縺Bこの7月7日、県水対策委員会は検討材料の提示を求めて国から説明を受けた。

REVIEW
若さをアピールして佐賀県知事になった古川知事。大都市にも近いなど佐賀県の恵まれた潜在力をこれからどう顕在化させていくのか。古川知事の行動力に期待したい。