ガバナンス06年10月号
わが「志政」 方針・第18回
身内ではなく、「社会の物差し」で県政・地方自治を推進
古川 康・佐賀県知事

ふるかわ・やすし 
1958年佐賀県生まれ。
東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。岡山県財政課長、自治大臣秘書官、長崎県商工労働部長・同総務部長などを経て、2003年4月の佐賀県知事選に出馬、マニフェストを掲げて初当選を果たす(現在1期目)。全国知事会分権改革推進国民運動小委員会委員長。
大きな果実を得るか、酸っぱい葡萄に終わるのか私たち自身の努力次第だ。

歴史の評価に耐えうる決断を

知事として決断するときにいつも思うのは、歴史の評価に耐え得るかどうかだ。世間に受けることは、政治家ならば予測がつく。だが、一時の評価を受けたいがために、つまり自分が政治家であり続けるためにそのような態度をとることは卑しい。今の自分に石を投げられてもいいが、自分の墓に石を投げられるようではいけない。知事とは「知る事」と書く。決断に必要なことを「知ること」、そして「知らせること」の二つが知事という仕事のいわば要諦だと考えている。

佐賀県ではNPO法人や市民活動・ボランティア団体に限らず、自治会など地縁組織も含めてCSO(市民社会組織)と呼称。古川康知事は積極的にCSOを訪問し、意見交換を図っている(写真は知的障害者通所授産施設SAKURAで=佐賀市大和町、2005年11月30日)。



マニフェストを掲げて当選した古川康氏が知事に就任した2003年4月以来、佐賀県は「オープン、現場、県民協働」を基本理念に新しい佐賀県庁づくり「県庁改進」を推進。本部制を導入し、経営型組織への転換を図り、いまや職員の人材マネジメントでも全国の先頭を走る佐賀県の古川知事に「志」を聞いた。

分権に対する国民的な理解を

−−まず、三位一体改革の第1期改革の評価と第2期改革の展望は?
 第1期改革の評価はいろいろあるだろうが、地方自治の“業界”に長くいて、実務的にも関わってきた人間としてみると、正直なところ「これだけやれるとは思わなかった」という感想を抱いている。地方への3兆円の税源移譲なんて、口に出すことさえはばかれるような時代が長く続いていましたからね。
 役所は、実績ができていることに弱い。前例がないことには強い抵抗を示すが、実績ができたことで、第2期改革は第1期目よりは取り組みやすい面がある。第2期改革に私は期待しているし、ぜひとも実現させたい。
−−一方で、マスコミを含めてトーンダウン論が出ていることについては?
 地方財政の根本に関わる事柄については、47人の知事がそれぞれ自分の考えを持っているし、地域性も異なる。そこでコンセンサスを得ることだけを目的にしたら、骨太どころか「骨なし」のものになってしまうのではないか。議論を尽くし、方針を決めていくことは大事だが、その過程においては個々の意見が通らないケースは当然出てくる。
 04年8月の新潟の知事会議までは全会一致が原則だった。あらゆる事柄が全会一致で決まっていたときのほうが活発だったかといえば、そんなことはない。活発に議論すればするほど賛成、反対の意見が出てくる。それがしっかりとした活動をしている証になっている。
 確かに勇ましいことを言ったほうが、世間に対する受けはいいが、政府に対峙するだけが能ではない。地方側は決定権を持っていないので、最終的には国政の場で決めていく。その中でしっかり成果を勝ち取っていくには、国会議員や政府関係者が理解し、かつ納得いくような提案を我々がしていかなければいけないわけで、その背景には国民的な理解、納得が必要になる。
 我々がめざしている究極の姿は「ニア・イズ・ベター」という言葉に象徴される。住民に近いところで意思決定がされたほうが住民は幸せだということであり、我々はそれ以外の何ものもめざしてはいけないという気がしている。
−−佐賀県では、補助金削減や分権の効果を広く理解してもらおうと「プロポジション10・16」(03年10月)、「プロポジション2」(04年7月)、「未来予想図」(05年8月)を発表している。これが理解されると国民的な運動になると思うが。
 一部の県から賛同をいただいているが、残念ながら全国に広がっていない。ワンフレーズで分かりやすく、言い得て妙だというものがあれば一気に広がる。その意味であきらめてはいないし、さらなる工夫が必要だ。とにかく言い続ることが重要で、そうすれば必ず反応がある。

「身内の物差し」で通用するか

−−知事会議では「これ以上の改革は困る」という声もあった。今後の地方交付税改革の方向性は?
 現行制度をそのまま維持して、残せるのだろうか。最近、私はよく「身内の物差し・社会の物差し」論を話している。地方自治の業界の身内の物差しでみれば、何も変えないでほしいということが分かりやすいし、内部では意見が通りやすい。しかし、社会の物差しから見たときに、果たして通るのかどうか。地方分権が必要だと多くの人に理解してもらうには、やはり我々自身も痛みを感じながらも、時代に沿った流れに変えていくことのほうが長いスパンで見たときには必ず理解が得られる。
−−7月の全国知事会議では道州制の結論が先延ばしとなった。不満はないですか。
 多少はあるが、一方で自治の将来の姿を大きく変える話なので、一度できれいにまとまるほうが無理だったとも思っている。
 日本の自治制度は非常によくできて、地方自治体の権限も財源も他の国に比べると充実している。そういう世界に冠たる地方自治制度は、戦後の混乱の中でアメリカの圧倒的な政治勢力のもとでつくられた。
 戦後の自治制度をつくったような圧倒的なパワーがない中で道州制の制度設計をやると、今より後退した自治しか得られないという不安を何人かの知事は抱いているように思う。
−−知事は、「今後は総理頼み、風頼みではない改革をすべきだ」と話していたが、何が分権改革の推進力になると思っていますか。
 まさに自家発電で、自分たちで風を起こしていかなければいけない。知事会議は全国に向けて発信されており、そこでの発言に対しては責任がある。私自身も佐賀に戻れば、発言に沿った行動を起こしている。大きな果実を得られるのか酸っぱい葡萄で終わるのかは、やはり私たち自身の努力次第だと思っている。

ITでチェレンジドのQOLを向上

−−次に県政について。知事は03年4月の統一選でマニフェストを掲げて当選したが、3年半が経過し、現時点での達成度は?
 7、8割は達成したのではないか。残る1、2割が大変だが、できないことも入っていたほうが、できたことの重みがあるような気がしている。「できると分かっていて書いたのではないか」と言われるのも嫌なので(笑い)。
−−「アジアのハリウッド構想」など高い目標を掲げれば、それだけ達成が難しいですね。
 そうですね。ベースが5あるものを8や10にしようということは書きやすいし、職員も得意だ。ところが「アジアのハリウッド構想」や「水素社会の構築」のようにゼロからつくる政策については苦労をしている。でも方向は間違っていないし、苦労してもいいと思っている。
「アジアのハリウッド構想」では、映像文化の拠点をつくろうと映画のロケ誘致もやっているが、私はその中で、ぜひデジタルコンテンツやアニメーションなどITを使う事業所ではチャレンジド(障害者)を雇用してほしいと提案している。
 仮に就職に結びつかなくてもチャレンジドがパソコンを活用できるようになると、生活の質(QOL)が上がる。私は全盲の人とメール交換をしているが、目が見えなくても音声入力や音声読み上げソフトがあればメールを書くことができる。ITは、チェレンジドの生活を一変させる可能性があると思っている。

県庁に「議論する風土」を

−−マニフェストという新しいツールによって職員は変化してきましたか。
 めざしている姿からすると十分ではないし、中には疑問を持っている職員ももちろんいるが、いろいろものを考え、提案し、訴えてくる姿勢が出てきた。
 何よりうれしいのは、私の知らないところで頑張っている職員が多いこと。もちろん、新しい提案をすることも大事だが、一番求められることは、県民の方々にきちんと必要なサポートができているかどうかだ。
 マニフェストにも書いたが県庁に「議論する風土」をつくるのが私の夢。まだ数十%しか達成していないが、たとえば何かをやろうとするときに、「本当にこれでいいのか、別の観点での問題点はないのか」といったことを職員間で徹底的に議論する。その上で骨太な政策決定、政策判断をしていく。そのためには県庁という「身内の物差し」ではなくて、「社会の物差し」を当てていくことが何より大事だと思っている。

人材マネジメントシステムで職員・県民満足度を向上

−−それを下支えする意味でも、今年度からスタートした能力開発型の人材マネジメントシステムが注目される。
 人材育成や能力開発に関することは、これまで条例も規則も、さらには方針もほとんどなく、OJT(職場研修)のみだった。これまでの育成方法のすべてがダメだというわけではないが、これからの自治体職員に求められる質が変わってきていることを考えれば、OJTだけに頼ることはやめて、プログラムをつくり、どのような能力開発が求められるかをよりポジティブにつくっていく意志を持って取り組む必要がある。
 私は、県庁の将来に向けて、実は最も残したいのがこのシステムだ。これからは職員定数も減るし、給料も簡単には上がらない。一人ひとりの職員が持っている能力を高めたり、能力を身につけてもらわなければ、県庁は持たなくなる。
 今まで県庁職員はいろいろな部署に在籍する中で経験を積み、判断能力も養ってきたが、いまや気長に待っていられない。また、今までのように経験に裏打ちされたことだけをやっていては、将来を切り開いていくことができない。
 これからの県庁職員に求められることは、横と縦のビジョン。横は今の日本あるいは世界で何が起きているのか、縦は、歴史的な流れや過去の経緯をしっかり知ること。横と縦のビジョンをしっかり持った人間が県庁を引っ張っていき、技術職の人や我々がエキスパート職と呼ぶ特定分野において専門家をめざす職員は、より専門性を高めていく。このようなことで、まさに適材が適所に配置されている組織ができあがると思っている。
−−現時点で給与や退職金、期末勤勉手当などへの反映はどのように考えているのですか。
 人件費の総額を下げたいといった下心で能力開発や評価は考えていない。成果主義と称して総人件費抑制をやろうとした民間企業は、そこが最も間違ったのではないか。もちろん昇進した職員の給料が高くなるのは当たり前だが、能力で給料に差をつけるのではなくて、より適した仕事についてほしいと考えている。自分に求められているものや期待されているものが何かをより多くの人が分かるような人事制度にしたい。
 私は成果主義は貢献主義だと言っている。たとえば自動車会社の営業マンが車を何台売ったかだけが成果ではない。その人が車を売るために書類をつくった人もいれば、パンフレットを作成した人もいる。さまざまサポートしてくれる人もいて、車が1台売れる。
 給料を上げる下げるではなく、自分が何をやればいいのか分かってもらうことが必要であり、それが必ず職員の職場満足度の向上にもつながるし、きちんとした仕事をしていることが県民満足度の向上にもつながる。結果的に給料に差がつくことはあるかもしれないが、少なくともそれをめざしてやるべきではない。

(インタビュー・構成/本誌・千葉茂明)
◎写真/島津 和昭
インタビュー日/9月4日