| ENERGY for the FUTURE 2005年4 発行所:ナショナルピーアール株式会社 |
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| 対談「安全対策はトップマネジメント」 |
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古川 康 (佐賀県知事) 三戸 祐子(『定刻発車』著者) |
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| 原子力は使いよう ――佐賀県は被ばく地ナガサキに近いのですが、原子力について、どのようなイメージを抱いておられますか。 古川 私の娘の一人は小学生で佐賀市内の小学校に通っていますが、8月9日が登校日です。佐賀県内の約3割の小学校が8月9日を登校日にしています。お隣りの長崎県では、ほとんどの学校が夏休みの登校日は8月9日です。私も長崎県庁にいた時は休みをとったりせずに、特別なあの日を思い起こすようにしていました。一方で、長崎県には佐世保市があり、ここは米軍と共存を宿命づけられた町です。戦争に対して極めて甚大な被害と強烈な意識を持つ地域と、否応なしに戦力と共存していかなくてはいけない地域の両方を抱えているのが長崎県です。ですから、長崎県知事は非常にむずかしい立場にある、ということを私自身も県民の一人として感じました。 私の父は戦時中、大村の航空隊にいて、被ばく者ではありませんが、原爆が落とされている様を大村から見ています。父はその後、九州電力に入社して、玄海原発の展示館で説明員をやっていました。原子力を誤って使った時の悲惨さと、うまく使った時の良さ、その両方を身体で知っている人間です。私も長崎と佐賀の両県に住み、いろいろな経験をする中で、とにかく原子力は使い方次第だと思っています。 三戸 20世紀というのは、ともかくいろいろな巨大システムを出現させた時代ですが、これをいかに人間にとってプラスの方向に活かすかは、まだまだこれから本格的に考えてゆかないといけない課題だと思うんです。実は鉄道もそうなんですが、巨大システムには日常感覚の延長では捉えらきれない現象や仕組みがいろいろあります。そこをいかに人間の感性で捉えられるものに置き換えていくか。私は人間の感性を捉えられるようなコミュニケーションの技術をどう獲得していくかが、巨大システムをうまくコントロールする鍵ではないかと思っています。原発の場合だと、やはり「原発は怖いものだ」というところが出発点になるのではないでしょうか。怖いものだからダメだというのではないし、怖いものだから隠すというものでもない。怖いものだけれども、コレコレこういう努力でプラスにもなるし、プラスにしていくということ。といってもコミュニケーションというのは、思うほど簡単ではないわけですから、しっかりと人と費用も張り付けて、プロジェクトとして推進する必要があるところだと思っています。 古川 原子力技術の研究者は大勢いますが、一般の人にどれだけ分かりやすく説明するかを学問にしている人は少ないと思います。原子力の仕組みを解明すること以上に、それを分かりやすく説明することはむずかしいかも知れません。私もよく「原発は安全か?」と聞かれますが、「元々原発は危ないものだ。少なくとも冷蔵庫より危険だ。危ないからこそ、いろいろな安全のための仕掛けがしてある」と言います。最初から「安全ですよ」という話から入ると聞いてくれません。 最近ではよく、「テロがあったらどうするの? 止めるのにも時間がかかると聞いている」と言われます。「危ないから止めたら、日本の社会は回らなくなるよ。それは分かっているの?そもそも、どうして原発が狙われると思っているの?」と逆に聞くわけです。すると「ああいうところを狙ったら被害も大きいからだ」とおっしゃる。そこで「狙われるかも知れないから、簡単には狙えないようになっているのだよ」という話をします。いま世界で起きているテロは9.11だけが例外で、バスと地下鉄でのテロがほとんどです。セキュリティチェックがなく、多くの人が利用しているシステムを破壊する方が、はるかに恐怖は大きいし、しかも誰がやったか分かりません。真剣にテロ対策を考えるならば、本来はそうしたテロへの対策が重要です。もちろん原発は、そういう気を起こさせないように警備は厳重にやっています。みんなが思っているほど他所の勢力やゲリラが原発を狙おうと思うか。そんなことはないよという話をします。実際に私たちは原発を抱えているので、軍事専門家とはよく意見交換をします。結論から言えば、原発を狙った場合、少しでも外れると効果がないから、よほど精度のいいミサイルを持っていなければならない。しかも、ミサイルが日本の領空に入った瞬間、これは我が国に対する武力攻撃になるので、我が国と同盟国から攻撃を受けることになります。テロを議論するときにはこういうことを知っておく必要があると思います。 玄海原発の評価 ――佐賀県における“玄海原発”の評価をお聞かせください。 古川 玄海原発は、極めて地元と良好な関係を持って立地がスタートしました。その点で成田空港とは成り立ちそのものが全く違います。成田空港は、国が地元の意向を聞かずに強権的に推し進めた最後のナショナルプロジェクトだと思っています。その反省の上に立ち、キチンと地元の意向を聞くというシステムが出来て、玄海町が是非誘致したいと言い、県もそれはいいことではないかと乗って持ってきたものです。 その後も大きな事故はなく、もちろんインシデント(事象)はありますが、それについては九州電力は誠実に事実を発表してくれています。他の電力会社で正直に対応しなかったという例が出れば出るほど、実直にやってこられたところの評価が相対的に上がっていると思います。それから地域から逃げないという部分ですね。自分が住んでいる地域に送電している、という面も大きいと思います。お客さんが存在しない地域に発電所をつくるというのでは、どうしても地域との関わりが違ってくるでしょうし、九州のためにやっていると言われると、結構心に響く部分もあります。 私たちの世代が子供の頃に読んでいた科学図鑑によれば、原子力は夢のエネルギーと言われていて、いつかこれが実用化されると、いろんないいことがあるということでした。また、鉄腕アトムは私たちの憧れで、私の妹はウランちゃんと言いながら、私の後ろをいつも走ってきていました。アニメに登場した“ノーチラス号”も原子力潜水艦でした。よく考えれば昭和30年代の方が、今よりはるかに原子力は身近だったと思います。それが時代が進んで、平和利用されたにもかかわらず、むしろ遠ざかっている。むずかしいことをわかりやすく漫画で表現しろと言っているのではなくて、原子力に関わるキャラクターが出てきて、いろんなことを表現するようなことをやられると理解が進んでいくと思います。私は障害福祉にも一生懸命取り組んでいますが、障害福祉への理解が進むのは、大体テレビドラマの影響です。 三戸 理解が進む、進まないという問題にとどまらず、原発の町に住んでいる人たちにとって、原発は自分たちのアイデンティティの一部になっているわけですよね。どういうわけで原発が町にやってきたのか、原発はどういう稼動を続けていて、社会に対してどういう役割をしているのか、ということを単なる知識として知っているだけでなく、一番自分たち自身の問題として捉えておられる。一種の地場産業でもあるわけだから、玄海町の人たちは、原発に関することには全員一家言ある、全国の世論をリードするし、研究のメッカでもあるという具合になればいいですね。 古川 そうですよね。外からきたものを内生的に取り込んで、うまく自己組織化していく力を地域は持っていなくてはいけないと思います。原発も立地から30年経つわけで、確かに三戸さんがおっしゃるような、そういう動きが出てきて欲しいという気はします。一般の小学校や地域に比べて、原発に関する教育は玄海町の場合はなされていますが、そこから自分が原子力を研究してみようかという人が出たという話はあまり聞きません。 これまでの交付金の使われ方を見ていると、初期の頃に出来たものは小学校のプールばかりです。逆に言えばなかったからです。そして戦前の建物だった公民館を建て直すなど、ハコモノをつくっていくことに追われていました。でも、ふと気づくとそれは終わったのに、高齢化率も高い、人口減少も多いという地域になった。マイナスをゼロにしてきたし、そこそこ貯金もできているけれど、このままじゃいけないよねと。そこで玄海町の寺田町長は、ここに人を呼び込む観光開発をしようと考えておられます。私は寺田町長の目指している方向は間違っていないと思います。ただ、さらに言えば未来に向けて一番の財産は人材です。人づくりに情熱とお金をかければ、地域にとって必ずプラスになって返ってくるから、是非そういう使い方も考えられたらどうですか、という提案をしています。これからはハードウェアをつくっていくよりも、ハートウェアという人と心に訴えていくことが大事だと思います。 トップの役割 ――昨今、高経年化への関心が高まってきていますが、どのようにお考えですか。 古川 先日、佐賀でも原子力政策大綱(案)について「ご意見を聴く会」が開かれました。その議論を聞いていて思ったのですが、新規の立地がむずかしくなったので既存のところで少々無理してでも運転してよ、というのは困ります。古くなった原発をもう少し長く運転しても大丈夫ですということが先でしょう。これまで安全度を高く見積り、どれだけ劣化していくかの様子を見ていたが、思ったほど劣化していない、大丈夫だね、だから同じ地域でもう少しやってもいいですか、ということなら分かっていただけることもあるかも知れません。 三戸 「もうちょっと」「もうちょっと」……と、“大丈夫”と思われる水準をなし崩し的に上げていく。どこの世界でもありそうな怖い話ですね。私も今、鉄道の安全対策をどうすべきかというレポートを書いているのですが、つくづく思うのは、大事故は「事実」として起きてしまうけれど、防止策はいつも人間が「想像力」を駆使してつくっているということです。 現場というのは、大抵の場合、まあよくやっている。ですが、どうしても慣性に流されて、事故の可能性について十分に想像力が働かないところがあります。そういう時に“大丈夫だ”の限界をつい超えてしまうのですね。いろいろな圧力によって、組織として正しい判断が出来なくなる場合もあるし、組織の壁が情報の伝達を妨げている場合もある。また、現場にしてみれば、考えることさえ恐ろしいような最悪の事態というのもあるわけです。そういう想像を絶するようなリスクのありかについて、想像力を働かせ、事前に対策をとれるのは、結局はトップしかいないのではないかと思うのです。『なぜ起こる鉄道事故』(東京新聞出版局、朝日文庫)という本の中でJR東日本の元会長だった山之内秀一郎さんが「つまるところ、安全はトップマネジメントの問題なのである」と言っているのですが、まさにその通りだと思いますね。現場からマイナス情報がなかなか上がってこないとか、普通に考えればあり得ないような組織のエラーとか、トップとして仕事をされる中で知事さんも、びっくりするようなリスクに直面される機会も多いのではないでしょうか。 古川 現場の人が本当に知らないのか、言えないのか、そういうことは山ほどあります。ですからウチの県では、上司には言えないけれど実は、ということを言いたい人たちへのルートをつくってあります。また、県民から私あてに届くメールはすべて読んでいますし、返事も書いています。 例えば28℃に冷房設定しましょうというルールを例にとります。ちゃんとやってますかと聞かれると、県はちゃんとやっていますと言うわけですね。ところが、「県税事務所に行ったら寒くて驚きました。県は何をしているのですか」というメールが来るわけです。どういうことかと聞くと、あの建物は全館空調で各階ごとのコントロールができないので上の階は28℃以上になっていて、1階は26℃ぐらいになっているからだと言うわけです。ただ28℃になっていないと説明が面倒くさいから、「みんな28℃にしている」と言っているみたいなことが分かってくるわけです。これはたまたま氷山の一角だけど、他にも何かあるのではないか、これはどうだろうと、それはトップが想像力を働かせなくてはいけない領域だと思いますね。 今、地域防災計画の見直しをやっていますが、現行計画では「震度6弱の地震があった場合、県庁職員は全員登庁」と書いてあります。全員登庁なんて出来るわけがない。何割ぐらい登庁すればいいのか、その歩留まりを考えない計画なんて計画とは言いません。有明佐賀空港で航空機事故が発生したとの想定で訓練をやっていますが、これは抜き打ちでやるんですよ。佐賀市の医師会に「仮に今、病院に怪我人が運ばれてきたら、何人分受け入れられますか」ということを聞くわけです。すると学会があって留守だったり、緊急手術が立て込んでいて今日は無理だとか、OKが出るのは半分弱ぐらいになる可能性もあるんですよ。A320に満席で乗っていて最大限の被害があった時に、佐賀市の医師会への協力要請だけでは足りないぞ、もう少し広げないといけないのではないか、そんなことを考えるのが本当の訓練です。形式上の美しい計画づくりなんかに邁進せずに、実際に起きたらどうかを考えて欲しいと言っています。 今年3月20日、福岡県西方沖玄界島付近を震源とするマグニチュード7.0の地震が起きました。佐賀県でも結構揺れましたが、原発は全く問題なかったんです。それはそれで良かったのですが、問題がないということで、我々はホームページ上に何も表示しなかった。これが不安をよんだんです。「書いていないが、大丈夫なのか」と。反省して午後からは情報を流しました。安全だから何も言わないのではなくて、安全だよという情報を出すことが大事です。それから、ああいう地震が起きた時は、電話での音声通話がほとんど使えません。県内の人はあまり大きな被害はなかったと肌で分かるわけですが、県外にいる佐賀県出身者はテレビのテロップで福岡・佐賀で震度6弱と書いてあるし、電話はかからないし、どうしたんだろうと心配するわけです。 ちなみに、私と秘書では携帯電話の会社を変えて、どれかが使えるように、あえてずらしています。佐賀県では地震が起きて15分後には、今こんなことをやっています、被害はこうだ、という情報を県のホームページで流し始め、県の第2回の災害対策本部会議ではリアルタイム映像を流しました。それを県外で見ていた人は佐賀県の被害はそれほど大きくないんだなとホッとするわけです。あれを見て助かりましたというお礼のメールがたくさん来ました。反省点を言えば、農林水産商工本部で所管している事柄について異常はないかと聞いたら、たまたま観光課でやっていた行事は順調に行われているという情報しかなく、その情報だけを流していたら、日銀から「古川さん、商工と名のついたところで情報を出すのなら、金融システムは異常なしという情報を出してよ」と言われました。それは県の所管ではないわけですね。だけど、県の所管であるとかないとかではなくて、県民が知りたいのはそういう情報です。それが結局はパニックを防ぎ、安心感を増していくのです。 逃げない説明 ――玄海原発でのプルサーマル計画についてのお考えをお聞かせください。 古川 8月22日時点で言えば、プルサーマルについて県として受け入れるかどうかはまだ決めていません。是非やりたいという国、その方針に沿って実際に事業を行う事業者の話をよく聞きましょうね、ということです。我々は元々原子力政策そのものに対しては賛成しています。その一環として、原子力政策大綱(案)では核燃料サイクルを推進するという方針が出てきました。そしてそれをやるにはプルサーマルは不可欠だという二段構えできているわけですね。我々はそもそも核燃料サイクルは本当にやらなくてはいけないのか、それ以外はあり得ないのかという必要性、そして仮にプルサーマルをやるとした時に、本当に安全なのかという安全性と、この必要性と安全性の両面についてキチンと国から説明が聞きたいと言っています。 プルサーマルの許可後に国が公開討論会をやる予定になっています。それは我々が強く求めたことです。原子力政策は国策ですから、自分たちが是非これを進めなければならないと考えておられる方が先頭に立って説明していただきたい、我々はそれを受け入れるべきかどうかを、県民の側に立って判断する。国と一緒になって説明に回るということではないよと言っています。国にキチンと説明していただいて、それで足りなかったら、今度は県も公開討論会を主催してもいいよと考えています。それも賛成の方、慎重に考える方、双方で議論をしていただいた上で決めていけばいいのではないかと思っています。プルサーマルについては、九州電力は第2グループだったのが、他社がつまずいたためトップランナーになっています。 九州電力に対しては、これまでの運転の実績からみれば、地元と比較的良好な関係を築いてもらっていると思っています。ですから、九州電力の説明だから眉唾ものだということではなくて、それは真剣に聞きましょうというような雰囲気が地元にはあると思います。国がキチンと説明することによって、地元の方々、県民の方々にある一定の安心感なり、信頼感が出来てくれば、その時点で玄海町の意向や県議会での議論を踏まえて、県としての判断をすることになると思います。大多数の人は漠然とした不安を持っています。反対ではないが、こんなことをやっても大丈夫なのか、というのが多くの県民の意識です。そうした人たちに対して、耳を傾けて聞いてみたら、ああそういうことだったのか、なるほどねと思うような心に落ちる説明にチャレンジして欲しいと思います。我々もそういう説明になるのかどうかという眼で見ていきたいと思います。 説明会ではいろいろと質問が出ますが、役人はややもするとずれた答えをします。例えば、「プルサーマルは海外でやっている実績はあるのですか」とよく質問がでます。フランスでやっています、何基やっていますと言う。ところが、フランスでやっている出力と玄海でやる出力は違うではないか、と突っ込まれると、実はドイツでやっていますと言うわけです。最初からドイツで同じようなことをやっていると言えばいいのに、いやフランスの方が基数が多かったから、みたいな話をされる。フランスとドイツの話は嘘ではないからいいのですが、私が、国の説明をされる方が来られて、やり取りしている姿をじっと見ていると、そんなことは聞いていないでしょうということが、ままあります。聞かれたことに答えないと、一般の人は、答えたくないんだ、答えられないんだなと思うんですよ。だから、堂々と答えて欲しいと思います。分かりやすい説明をすべきだと言っていますが、それでも100%みんな分かったとは言わないかも知れません。多くの人は説明している姿勢と眼を見ているんだと思います。この人は真面目にやっている、嘘を言っている目には見えない、だから大丈夫だろうと思ってくれる部分があると思います。人間がやっているからなんですね。同じことを言うのならば、紙で読み上げても、パワーポイントで映しても同じかも知れませんが、そこは語りかけていく中で出てくるものを見て欲しいということだと思います。だから、国には逃げないでくれ、真正面から向き合ってくれと言っています。 三戸 説明というのは、すればいいというものではないんですね。何か事故が起きた時、トップがよく「誠に遺憾であり、二度と再びこのような事故は……」と用意していた文書を棒読みすることがありますよね。慎重に間違いなく、ということで読んでいるのかも知れないけれど、あれは聞いている人に「私には実はハートがありません」というメッセージを伝えているようなものです。自分たちの仕事を読み解けば、そうならないと思うのです。 『定刻発車』という本を、私は鉄道の外の世界から見て書いたのですが、書き終わって気付いたのは、鉄道システムは一般の人にとってブラックボックスになっていること。そして、鉄道の中にいる人にも、案外と自分の仕事が見えていないということです。こういうとおこがましいのですが、鉄道の専門家だから、鉄道のことを分かっていないという部分があるのです。確かに彼らは専門の領域について非常によく知っている。けれど、社会の文脈の中で、それがどういう意味を持つかが見えていない。外の人間と話すことで、ようやく「ああ、自分の仕事はこういうことだったんだ」ということに至ることが多いんですよ。鉄道だけでなく、どこの世界でもそうだと思うんですが、巨大なシステムで仕事をされている方は、専門分野に分かれて、どうしても視野が狭くなっていく。外の世界に関心がないから、外の世界をつなぐ言葉も持っていない。ところが普通の人から見ると、知りたいのはやはり巨大なシステムが全体として、どういうふうに動いてくれているかなんですね。わけのわからない専門用語を並べられても困るし、部分的なことをいくら詳しく説明されても「だから何なんだ」となって、コミュニケーションがギクシャクしてきます。これはやはり外から自分たちの仕事を見てみないことにはどうにもならないことで、一旦、外に飛び出すきっかけが必要なのだと思います。何も体全部が飛び出す必要はないんです。目だけが飛び出せばいいんですね。いま日本の社会はどこでも、そういうことで引っかかっているように見えます。 古川 JR九州に勤めている知人と尼崎事故について話していたら、「事故と聞いて、誰がやったんだと思った」と言っていました。大体、鉄道で事故というと飛び込みだとか、置石だとか、いつも我々は被害者だと言うわけです。自分たちが原因者になって事故を起こすというイメージはなかったと言うのです。だから、JRの運転手が原因者になって事故が起きたことは瞬間信じられなかったと言っていました。ひょっとしたら、自分たちが原因者になって、あれだけのことが起きたことになかなかピンとこなかったのかも知れません。 三戸 確かに鉄道ほどの巨大システムになると、「いま何が起こっているか?」を把握するのが大変ですね。鉄道の現場というのは、専門別に分かれているだけでなく、いつも何十キロ、何百キロと離れているわけです。そういう離れた人たちが、工夫に工夫を重ねて、やっとこさ一緒になって仕事をしている。システムで起きていることを、いかに正確かつ迅速に把握するかが鉄道技術の発展の歴史だったと言ってもいいぐらいなのです。 古川 巨大システムは何でも一緒ですね。私ももともと鉄道は好きだったから、三戸さんの本には非常に共鳴するところ大でした。原発もそうですが、いろいろなものをシステム化して、誰がやっても同じ結果が出るようにしていくのが、安全という意味ではいいのかも知れませんが、運転手たちが定時性を守るためには、それだけにとどまらないものがあります。この通りにしていればいいよ、というものを超えています。そういうものがあって初めて出来ることだろうと思います。「大森界隈職人往来」の著者である小関智弘さんの、旋盤工の人たちのルポにも、職人技で触るとミクロン単位(長さの単位:1oの1000分の1)で違いが分かるとありました。あり得ないようだけれど、やはり分かるんだと思います。そこは人間の可能性だし、そういうことを大事にしないと、この社会はいけないだろうと思っています。 ――最後に玄海町へのエールをお願いします。 古川 かつて極めて制限されていた交付金の使いみちも随分と自由になってきていますが、我々はまだまだ不十分な要素もあると思っていて、何に使ってもいいような交付金にして欲しいと思っています。そうすることで人材育成など無形財産をつくっていく努力を是非ともしていただきたいと思います。中には有形のものを求める方も多いと思いますので、ゼロにするわけにはいかないでしょうけれど、それはそれでやりながらも、無形財産をつくっていく方向に進んでいただきたい。期待しています。 三戸 巨大システムには、いろいろとむずかしいことが多いのですが、社会とのコミュニケーションが良好だと、システムがより安全な状態で操業できるという側面があります。そして一つの社会が元気だということは、そこに暮らしたり、働いたりする人たちが、それぞれに自分たちの位置付けを持っていることだと思うのです。地域の良さとか、自分の仕事の意味というのは、外の世界の目を通してみて、初めて気付くところがありますよね。ですから、佐賀県の方も玄海町の方も積極的に外に飛び出していただきたいなと思っています。ありがとうございました。 |
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森林ボランティアの方たちと植樹をする古川知事 |
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廃炉への関心が高まってきている。写真は、東海発電所での廃炉措置工事の様子。(写真提供:日本原子力発電梶j |
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「国には説明を逃げないでもらいたい」と古川知事。巨大システムと人間の関わりに造詣が深い三戸祐子氏 |
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平成11年度「日本の棚田百選」に選ばれた玄海町浜野浦の棚田(2002フォトコンテスト佐賀県伊万里市の徳田武久さん) |