| 『地域開発』2008.4 vol.523掲載 発行所:財団法人日本地域開発センター |
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| 「道州制の可能性」 道州制 ―実現性から見たその制度設計 佐賀県知事古川 康(ふるかわやすし) 1.市町村「立」小学校は立っているか 教育が大切、という主張は最近のどの首長のマニフェストにも登場する。そして具体的な政策としては「少人数教育を実施します」「土曜学習を全校に取り入れます」などが提示される。確かに小中学校は市町村立である。こうしたことをマニフェストに掲げるのは可能であろう。しかし、「小学5年から英語を必修にします」などカリキュラムを自由に編成することはできない。これは国が決めているからである。さらには、不適格教員の配置換えや教員採用も市町村ではできない。教員の身分は都道府県の職員であるからである。義務教育ひとつをとってみても、これだけ制度が入り組んでいる。「市町村立」といいながら 「立」っていないのである。「建」てたのは事実であるが。 現在の地方自治制度はよくできている。「あまねく」「ひとしく」行政を行っていくための仕掛けとしてはかなり精緻なものである。いや、世界に例を見ないと言ってもよい。しかし、その結果、国の責任と地方の責任があいまいになり、地方は国に要望や陳情をすることが仕事となり、何か問題が発生すると地方は国のせいにし、国は地方の求めに応じて助成や企画立案をしていくことにより「指導」していくという姿になっている。 昨年、グッドウィルの介護保険事業に関しての不正が明らかになった。そのとき、厚生労働省から「次回指定更新時期にグッドウィルの更新を認めないようにすること」という「指導」通知が来た。介護事業者の指定は知事の権限である。自治事務である。それなのに、なにゆえに厚生労働省から「指導」をされる必要があるのか。再度、通知をあらためさせたら、「これは技術的助言です」と書いてあった。しかし、それを受け取った担当部局では「『本省』からの指導」と理解していた。 こうした「もたれあい」を一掃し、地方政府として自立し、そのうえで住民の付託に応えていかなければならないし、一方、中央政府はグローバル時代の中、わが国が他の国に負けていかないように、国際的な地位向上や資源確保のためにしっかりと仕事をしていただかなければならない。 2.道州制を定義してみる 国は国でなければできない仕事をする。内政に関することは地方に委ね、その判断を尊重する。 自治の現場で仕事をする私は、国と地方の責任のあいまいさを解決し、こういう国と地方との関係を構築することこそが21世紀のわが国に必要だと考えている。 そういう要請に応える一つの姿が道州制である。現在の「もたれあい」を脱し、国と地方がそれぞれ対等でしかも独立した存在として国民や住民の付託に応えていく、という姿である。 (こういう段階に至ると「国」「地方」という呼称よりも「中央政府」「地方政府」と呼んだほうがイメージが明らかになる。今後、現状を議論する際には、「国」「地方」と呼び、道州制を前提に将来の議論をする際には「中央政府」「地方政府」と呼ぶこととする(混乱がなければ単に「中央」「地方」と表記することもある)。) ただ、道州制とは何か。これを定義したものはない。北海道道州制特区ができたとき、はじめてわが国の法令上に「道州制」という言葉が織り込まれたが、あれはあの法律に規定された制度を「北海道道州制特区」と呼ぶことが定められただけで道州制そのものについては定義がない。ちなみに私が使っているメールソフトでは「どうしゅうせい」と入力しても「同舟性」と変換されるだけで、まだまだこの「道州制」は人口に膾炙していないことを感じざるを得ない。しかも、その道州制のイメージたるや千差万別で片山善博慶応大学大学院教授が言うように「同床異夢」ならぬ「道州異夢」状態といってもよい。 ではどういうものを道州制と呼ぶのか。 「現行の都道府県を大括りの道や州に再編するという構想」(田村秀著「道州制・連邦制」、ぎょうせい刊)という定義もあるが、このままだと都道府県合併との区別がつかない。都道府県合併と道州制の区別がなされていないという点は、一般的な国語辞典においても同様で、「広辞苑」(岩波書店)においても「数府県を包括する道または州を置く制度。社会的諸条件の変化に伴う府県制の行き詰まりを広域行政によって打開しようとするもの」とされており、「大辞林」や「国語大辞典」においても同様である。 私は、道州制とは、「現在の都道府県に代わって、内政に関して、より広範な区域と権限を持った地方自治体(政府)が責任を有する行政制度(であって、中央政府と地方政府の調整のための独立機関及び地方政府間の水平的な財政調整が存在するもの)」と定義したい。一般的には括弧書きなしでも通用するかと思うが、道州制の目指すものとしては、中央政府と地方政府の調整のための独立機関及び地方政府間の水平的な財政調整の存在を要件として挙げたい。これについては後述する。 むろん、道州制議論の中には、国の出先機関としての道州制の議論(「官治的道州制」)もあるし、都道府県合併との違いがあいまいな議論も存在するが、第28次地方制度調査会の道州制のあり方に関する答申においても「道州制を導入する場合には、補完性の原理及び近接制の原理に基づいて、国、広域自治体及び基礎自治体の間の役割分担を体系的に見直し、都道府県から市町村へ、また国から道州への大幅な権限移譲を行うことが重要である。この場合、基礎自治体の財政基盤の充実を図り、住民に身近な行政については基礎自治体が総合的に担うことができるようにするとともに、広域の圏域における行政は、選挙により選ばれた長や議会を有し、民主的プロセスを通じた住民のコンセンサス形成の仕組みを備えた広域自治体たる道州が、できる限り総合的に担うこととすべきである」とされており、あくまでも中央集権社会から地方分権社会への移行を目指してのものであることを考えると、現実的に道州制の議論を進めていく場合にはこの定義で足りると考える。 3.連邦制と道州制 この場合、ドイツや米国で実施されている連邦制と道州制との違いが課題になるが、こうした国家においては、それぞれの州が集まって結果的に国家を形成したという歴史を持つ。わが国における道州制の導入について議論するときは、連邦国家における道州制ではない、単一国家における道州制について議論することとしたい。 また、単一国家における道州制の行き着く先は、中央政府と地方政府の役割が明確に区分され、立法権が分割されているものをいうものと考えられる。「立法権が分割されている」とは、中央政府の役割に属することは中央政府が決定し、地方政府の役割に属することについては、地方政府が決定することを言う。地方政府の役割に属することについては、地方政府で定められた法規範(条例)は、国の法律の規定に優先することとなる。その意味で連邦制に近くなる。必ずしも連邦制をとらなければこうした制度を持つことができないことはないと考えるが、単一国家で立法権の分割が憲法上明らかになっているのは調べた限りにおいては、イタリアだけである(ただし、イタリアにおいては、憲法に規定された姿と実際の運用とが大幅に異なっており、ここでいう本来の道州制が実施されているとは考えがたい)。 こうした立法権を分割するような道州制について、現行憲法下において実現できるのかという点については、「国会は国権の最高機関である」という憲法第40条の趣旨に照らすと難しいと考えられる。現実的にわが国で道州制を導入しようとする場合、憲法改正のプロセスを踏むことになると、かなり高いハードルになることを想定しなければならない。 わが国においては、すでに安倍、福田と連続して二代の内閣において道州制の担当大臣がおかれており、実効ある制度構築が求められる段階に至っている。それを考えれば、憲法改正を前提とするのではなく、現行憲法の下でも実施可能な道州制、を検討対象とすることとしたい。 4.「進んだ分権社会」と道州制 ただ、そうなると、現在、地方分権改革推進委員会で現行制度を前提としつつ、分権をさらに進めた社会のかたち(「進んだ分権社会」と呼ぶこととしたい)についての検討が進められているが、その「進んだ分権社会」とそれをさらに進めた道州制とはどこが違うのか、ということが問題になる。現行憲法下で、しかも単一国家を前提にした道州制と「進んだ分権社会」とは、「地方政府主導で内政が実施される」という点では違いはないが、あえて、道州制と「進んだ分権社会」との違いをイメージすれば、中央政府と地方政府が対等の関係に立つことの制度的な裏付け、具体的には「地方制度監視委員会」とでもいうべき、独立機関の存在が一つと、地方政府間の財政調整を中央政府の関与の下に行うのではなく、地方政府相互で行うことが一つ、となるのではないかと考える。 まとめていえば、 A.中央政府と地方政府の調整のため、独立機関が設けられることB.垂直調整(中央政府による地方政府間の財政調整)が残らず、地方政府間の水平調整により財政調整を行うことの2つが現行憲法の下での「進んだ分権社会」と「道州制」との違いとなると考えている。 5.道州制の基本的な考え方 では、道州制についてのいくつかの基本的な考え方を整理したい。 ・中央政府と地方政府の役割分担 (1)中央政府の役割を、外交、防衛等、中央政府が本来果たすべき役割に限定し、内政に関する事項については、原則として地方政府の役割とする。 (2)地方政府の役割とされたものについては、地方政府が決定権を持ち、企画立案から執行までを一貫して地方が行う。 (3)地方政府の自立的な運営を裏付ける税財政制度を構築する。 敷衍すれば、中央政府と地方政府、さらに地方政府においては州政府と市町村政府の役割分担を明確化することで、他の政府の関与を受けない、というのが道州制の基本となる。 また、中央政府と地方政府の役割分担については、地方政府を優先し、州政府と市町村政府の役割分担については、市町村政府を優先する。これはヨーロッパ地方自治憲章第4条第3項に規定する「補完性の原理」(身近な政府において事務を処理することを原則とし、広域地方政府は、どうしても基礎的自治体が処理できない事務を「補完」し、中央政府はどうしても地方政府ができない事務を「補完」するという立場から事務を行うという原理)に基づくものである。 こうした考え方に基づくとき、規模が大きいものは国に(4ヘクタール以上の農地転用は農林水産大臣が許可)であるとか、州の区域を超えるものについては国(2以上の都道府県の区域内に営業所を設けて建設業を営む場合は国土交通大臣が許可、2以上の都道府県の区域内に事務所を設置するNPO法人の設立認証は国)であるとか、こういう考え方によらず、例えば州の区域を超える事柄についても、州と州が共同して処理するという考え方を基本とすることになる。 また、中央政府の役割については、法律で限定的に列挙する。こうして中央政府の役割とされたものについては、中央政府が直接、企画立案し、執行することを基本とする。ただし、戸籍や旅券事務など、中央政府の事務でありながら、地方に委託して実施することはありうると考えられる。 ・州内の行財政制度のありかた (1)州内の地方自治制度、選挙制度、州と市町村との役割分担は、それぞれの州において定める。 (2)州内市町村の安定的な財政運営を確保するための方策は、それぞれの州において定める。州と市町村の関係は国と州との関係と似ており、市町村の事務とされたものについては、規模が大きいとか一の市町村の区域を超えるからという理由で州の事務とすることはない。 ・全国的な統一性の確保 (1)内政分野にかかる全国的な統一性の確保は、一次的には州が担う。 (2)対外交渉については、内政分野にかかるものを含め、国が一元的に行う。 いわばこれらの三原則が道州制の基本となる。 6.わが国でめざす姿としての2つのタイプ そういう前提に立って、ではわが国で道州制を目指すとした場合、いかなる姿が考えられるだろうか。 連邦制における道州制に近いイメージから「進んだ分権社会」に近いイメージまでさまざまな幅で考えられるが、ここでは、もっとも連邦制に近いようなタイプの道州制を「ハイパータイプ」(Type H)の道州制と呼び、もっとも「進んだ分権社会」に近いような穏健な道州制を「モデレートタイプ」(Type M)の道州制と呼び、それぞれ制度設計を試みたい。 識者間に存在するさまざまな道州制の制度論は、この両者の間に存在していると考えている。 7.ハイパータイプの道州制 「Type H」は、21世紀の地方分権国家のハイパーモデルとでもいうべきもので、以下の特徴を持つ。 (1)「中央・地方役割分担法」を定め、内政に関する事項については、原則として地方の役割とすることを定める。中央政府は地方の役割とされた事項についても、法令により基準等を定めることができるが、その内容は基本的事項にとどめ、具体的内容は地方の条例で定めることになる。 なお、民法と刑法については、中央政府が個別法として定める。連邦制国家においては、民法・刑法・商法などの基本法も州が定めることがあるが、日本国憲法下においては、そこまでは予定していないと考える。 (2)また、中央政府から地方政府、州から市町村への補助金等は廃止する。地方政府の事務のうち、州条例により州が行うこととされたもの以外の事務は、市町村の事務とする。 (3)こうした事項を担保するため、地方制度監視委員会を設ける。地方制度監視委員会は、役割分担法によって設立される独立委員会であり、中央政府は、地方の行財政に影響を及ぼすような法案の提出や法令の制定に際して、地方制度監視委員会の同意を必要とする。内政に関する事項のうち、全国的な統計、高度な試験研究、統一規格の事務などを行うため、「共同執行体」を設置する。「共同執行体」は、全州または全市町村が母体となって設立する独立機関とする。 8.モデレートタイプの道州制 一方、「Type H」まではいかない、現行体制からのスムーズな移行を前提としたタイプの制度設計も試みた。「Type M」と呼ぶ「Type M」は、中央政府と地方政府の共管事項を設けるほか、必要に応じて補助金等による事務の実施を認めているなど以下の特徴を持つ。 (1)「中央・地方役割分担法」を定め、内政に関する事項については、原則として地方の役割とすることを定めるが、中央政府と地方政府の共管事項を設ける。共管事項は、内政に関する事項のうち、国家全体の利益のために特に統一性を保持する必要があり、中央政府が基本的制度設計を行うべきもの、である。具体的には、医療や空港、教育などがこれに当たると考えられる。 (2)また、中央政府から地方政府、州から市町村への補助金等については原則として廃止するが、共管事項に関わる事業として、例えば国民健康保険の医療費抑制のため、健康づくりに関する事業に補助金を出すようなことはありうることとする。 地方政府の事務のうち、州条例により州が行うこととされたもの以外の事務は、市町村の事務とする。 (3)こうした事項を担保するため、地方行財政会議を設ける。地方行財政会議は、役割分担法によって設けられる中央政府と地方政府の政府間協議組織であり、中央政府は、地方の行財政に影響を及ぼすような法案の提出や法令の制定に際して、地方行財政会議との協議を必要とする。 内政に関する事項のうち、全国的な統計、高度な試験研究、統一規格の事務など「全国統一的」「全国規模」の事務については、中央政府の役割とする。 9.道州制における税財政制度のありかた こうした制度設計における税財政制度については、地方政府の役割に見合う地方税収を確保するとを基本としつつ、地方政府間の財政調整のため、「Type H」においては、新・地方共有税を創設し、「Type M」においては、国地方共同税を創設する。 そして、こうした制度に基づき具体的な税財政シミュレーションも実施してみた。これらの試算の詳細については、稿を改めるが、佐賀県のポータルサイトで「道州制」と検索していただければ内容を見ていただくことができる。 この結果、佐賀県としては、財政調整は可能であるという結論に達している。 10.今後の展望 現在、地方分権改革推進委員会で「進んだ分権社会」の構築に向けての議論が進められている。この議論と道州制の議論とはややスピード感が異なっていて、現時点においては道州制の導入時期や内容についての議論が先送りになっているとの感を持つ。しかしながら、明治以来、市町村は幾度となく、合併を繰り返し、また、国においても、戦後と21世紀初頭の2度にわたって省庁の再編成が行われてきている。 100年以上にわたるわが国の地方自治・内政制度を考えたとき、広域自治体である都道府県制度のみがこのままでいいという理由はないと私は考えている。さらにいえば、1995年と2005年との一人当たりGDPの変化を見たとき、大きく伸びているのがルクセンブルグ、ノルウェー、デンマーク、スイスなどであって、これらはいずれも人口1千万人ほどのいわば小国である。こうした小国でも、国際社会の中にあって特色を発揮させていくことによって成長と発展が期待でき、住民の暮らしがよりよいものになっていく可能性を秘めているものと考える。 |