文藝春秋 5 2004 掲載
同級生交歓

そのころは、フォーク&ロックの全盛期だった。佐賀大学附属中学校には音楽の時間用のギターがあり、それをつかんで、昼休み、学校の階段で歌を歌っている、福岡県大川市から通う妙な生徒がいた。その名は陣内孝則。彼は、その当時、発売されたばかりのカップヌードルのCMのパロディやあのねのねの「魚屋のおっさんの歌」の替え歌を歌い、同級生や下級生のファンを集めていた。いわば、「ゆず」を学校でやっていたわけだ。

陣内とは、卒業式の後の謝恩会でビートルズの「イン・マイ・ライフ」をいっしょに歌って以来、会ってなかったが、僕が自治省に入った翌年の昭和58年1月、自由が丘駅前の本屋で偶然立ち読みした「FMファン」のグラビアでいきなり一方的に再会した。

僕はいま、佐賀県を映画やアニメなどのデジタルコンテンツのメッカにしようという構想を進めている。陣内の初監督映画「ロッカーズ」は胸に沁みる作品だった。彼にはいつか、青春を過ごした佐賀を舞台に映画を撮ってほしいとココロひそかに願っている。