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2003年ダイジェスト
4月 全国最年少知事として初登庁
当時44歳、全国で最年少だった古川 康も今は全国で4番目に若い知事になりました。多くのところで若返りが進んでいるようです。
「電話で名前を名乗ること」が始まる
すぐできてお金がかからなくて、誰にでも関係して外からでも変化がわかる、そういうことがなにかないかと思って始めました。今では電話の交換手さんから担当職員に至るまで、もちろんそして古川 康も電話で名前を名乗っています。当たり前のことがあたり前にできるようになりました。
6月 知事とかたろうかい スタート
まったくやらせなし、打ち合わせなしの「かたろう会」。
やり方も斬新でしたし、それ以上に多くのものを古川 康は学びました。
「1万人雇用創出計画」策定
当時は有効求人倍率が、0.46倍。とにかく働く場を!という声に応えました。
(平成15年度から平成17年度までの3年間の累計では、10,019人となり、計画より1年前倒しで1万人雇用創出を達成しました)
佐賀県型地域福祉 宅老所をつくる
佐賀県型地域福祉の代表となった宅老所、自宅の近くに遊びに行くこともできる、泊まることもできる、そういう場所が確保できました。
今ではこの宅老所は佐賀県が全国のトップランナーになっています。
7月 仕事におけるインターネットやメールの利用のルール化
企業社会では当たり前だったことを県庁でも取り入れました。
今ではこれなしでは考えられない仕事のしかたになっています。
「トライアル発注」制度を全国で初めて実施
古川 康の提案した政策の中で、もっとも日本全国中に広がっています。
県内の企業の技術開発の大きなお手伝いになっています。
8月 県の政策評価システムに第三者委員会による外部評価導入を決定
県の政策を評価するために、外部の人の意見を聞く、たったそれだけのことなのに、当時はずいぶんショッキングなこととして受け止められました。
さが元気ひろばを開設
県民の方が担当課に行くのではなく、担当課が降りてきて相談を聞くという全国初の試み。当時のそれまでの2倍以上のお客様にご利用いただき好評です。
9月 県職員OBの再就職先での退職金を廃止するよう該当団体に要請
これも県民の常識に制度を合わせました。
抵抗もありましたが、今ではご理解をいただいています。
2004年のダイジェスト
1月 仕事始め式で「改進」宣言
改革ではなく「改進」と名づけました。改めてよし、とするものではなく、前向きにまっすぐ進んでいかなければならないという考え方にもと基づくものです。
4月 「経営型の新県庁組織」がスタート
これまで半世紀にわたってほとんど変化がなかった県庁の組織を大きく変えました。県庁の羅針盤とも言うべき方向性を決めていく統括本部をはじめ、くらしに密着した分野をまとめたくらし環境本部、そして健康福祉、農林水産商工、県土づくり、とこれまでにない形での再編が行われ、新しい21世紀型の自治体組織のモデルとして他の地域でも同じような形をとるところが出てきました。
県内初の知的障害者福祉工場「山王福祉工場」がオープン
これまで知的障害者の方たちの働く場ではあまりたくさんの給料をもらうことができませんでしたが、この「福祉工場」と呼ばれるところでは最低賃金法が適用され、一人でも生活できるぐらいの給料が保証されています。自分がいなくなったときが心配、とよく保護者の方の声を聞きますが、こうした取り組みが広がっていくことが安心につながっていっています。
放課後児童クラブの補助要件を大幅に緩和
補助要件を大幅に緩和して設置校区が増えました。
「すべての小学校に"放課後児童クラブ"を!」が古川 康の約束です。児童数を10人から2人にするという大幅な緩和によって、設置校区が112から145に増え、今では全校区設置に迫る勢いです。
離島を除く県内ほとんどすべてのところで放課後児童クラブができようとしています。
オンリーワンのさが体験活動
小学生や中学生に、佐賀県のことをしっかり理解してもらおうという授業です。焼き物のこと、農業のこと、佐賀県ならではのことを子供たちが学んでいます。
7月 株式会社名村造船所との立地協定が締結
社会的なブームを反映して名村造船所様の大規模な拡張が決まりました。
これまで東高西低と言われがちだった県内の経済情勢が変わってきています。
8月 佐賀城本丸歴史館オープン
夜8時まで、年末の3日間以外は休みなし、回覧料は満足度に応じてという、お客様本位の経営が高く評価されています。
9月 佐賀県難病相談・支援センターがオープン
九州でこのセンターが設置されたのは佐賀県初めてでした。
しかも、県直営ではなく、指定管理者制度でNPO法人が管理しているというものも、大きな特徴です。利用者の方々から高く評価されています。
10月 行財政改革の緊急プログラムを策定
予算規模は小さくなる一方です。無駄なことは削り、ただその中でやらなくてはいけないことは残していかなければなりません。まだまだこのプログラムを続けていく必要がありそうです。
養殖海苔の種付けを体験
見るは易く、の言葉通り、なかなかうまくはいきませんでした。改めて、有明海は宝の海だと実感しました。
12月 新幹線西九州ルート政府予算確保
遠い先の話だと思っていた新幹線が急に目の前に迫ってきました。
将来の佐賀県、そして西九州の発展のため、予算を確保することができました。
2005年のダイジェスト
1月 サガン鳥栖必勝祈願
この年、今の井川社長の体制ができました。いよいよJ1が見えてきています。
3月 原産地呼称管理制度制定
日本で2番目、内容的には全国で1番進んでいるといわれる佐賀県の原料を使った美味しいお酒の認定が始まりました。
4月 コールセンター(株式会社損害保険ジャパン)進出協定の締結
大規模なコールセンターの誘致に成功しました。
コールセンターは損保ジャパン様のほかに、フォーチューン・コミュニケーションズ様にも佐賀に進出いただけています。
佐賀県土地開発公社と穴吹工務店との間で、佐賀市水道局跡地の譲渡契約が締結
県民の間でも大きな論争となりましたが、佐賀市城内地区の景観を守るため、県が乗り出しました。
少人数教育スタート
マニフェストに掲げた少人数教育が始まりました。
小学校低学年で小規模教育にするのか、ティームティーチングにするのかを校長に選んでもらうという現場重視のスタイルは全国でも注目されています。
6月 城原川ダムの意見を集約し環境型の「流水型ダム」を国に提案
大きく気候が変わっていく中、ダムはどうしても必要だと考えました。
9月 佐賀県産梨を中国に輸出
古川 康の前々からの主張である「農産物の海外への輸出」という提案が実を結びました。この梨の輸出は毎年行われています。
株式会社小糸製作所との進出協定締結
久々の大型企業の進出でした。北部九州全体がわが国における自動車産業のメッカになりゆく中で、佐賀県もその中において堂々たる地位を占めることができるようになりました。これをきっかけに昭和金属梶i吉野ヶ里町)や、潟^カタ(有田町)の進出など自動車関連産業の進出がその後相次いでいます。
10月 有明佐賀空港東京便が増便
佐賀〜東京便が2便から3便になりました。翌日11月の搭乗率は70%、ANAの全路線でも好成績でした。
2009年の羽田空港の発着枠拡大に向けて、古川 康はさらに続けています。
県民の53%が古川県政を評価!(佐賀新聞調査)
大きく意見の分かれることを抱えながら、過半の方々に評価されたことに、古川 康は心から感謝しています。
危機管理センター開所
県庁新館4階にできたこの危機管理センター、もともとは1番上の12階にできる予定でした。「何か起きてエレベータが止まったときどうやって12階に行くの?」このひとことで4階になりました。災害対策だけでなく、記者会見にも使われるこの会場、真ん中にあって非常に使いやすいという評価です。ボランティアの方々に集まっていただくことができるスペースをあらかじめ作った日本で最初のセンターです。
11月 県内初の地域共生ステーションぬくもいホームがスタート
高齢者の方も障害を持つ方も使うことができる地域密着型のスペースを、地域共生ステーション、別名、ぬくもいホームと呼んでいます。
どんな人でも、支援を必要とする人には誰でもサポートが受けられる佐賀県初の地域密着型のスペースです。
2006年ダイジェスト
2月 佐賀県の苺「さがほのか」香港デビュー
梨に続いて苺の輸出も始まりました。
このほか台湾にも苺やハウスみかんの輸出も始まり、本格的にアジアのマーケットに佐賀県の農産物がデビューしています。
九州シンクロトロン光研究センターがオープン
まさに現代の精錬方(せいれんかた)だと古川 康は考えています。
この技術は、佐賀県だけではなく日本の産業技術の高度化に大きく役立つと期待されていて、センターは現在100%に近い稼働率を誇っています。
3月 株式会社ゼネシスとの進出協定
海面に近いところと、海底に近いところでは温度が違う、ということを利用して発電するという佐賀大学の技術を使う企業、ゼネシス様が伊万里へ進出です。
沖ノ鳥島をはじめてとする様々な場所での利用が期待されています。
九州電力玄海原子力発電所3号機プルサーマル計画の事前了解
ほぼ2年間かけて議論、検討を続けてきたプルサーマルについて、安全性を大前提として事前了解をしました。
わが国の将来にとっても必要な判断だったと考えています。
県立病院移転先「佐賀市嘉瀬地区」に決定!
ほぼ3年かけて、現地か移転か、移転すれば移転先は?と検討を続けてきた県立病院の移転先を佐賀市嘉瀬地区に決定しました。
いよいよスタートです。全県的な利用を見据えた良い病院にしていきます。
4月 佐賀県立図書館が開館時間日本一に!
この日から日曜、祝日も午後8時まで開館することになりました。
日本一、県民にとって使いやすい図書館になりました。
そのほかも市町村立図書館に本をお届けする日数を半減させたり、インターネットで検索ができるようにするなど、使いやすさはますます高まっています。
佐賀のり販売枚数・販売額3季連続日本一
海況がよかったこともありますが、生産者の方の努力があって達成することができました。安心して漁業の出来る海をもう一度取り戻すことにこれからも努力をしていきます。
映画「佐賀のがばいばあちゃん」上映開始
スタートのときは、はなわブームでしたが、4年経った今、がばいばあちゃんブームが起きています。本、映画、テレビ、そして舞台も決定し、台湾でも大人気のがばいばあちゃん。佐賀の名を大きく知らせることに成功します。
5月 株式会社SUMCOとの進出協定締結
伊万里への企業進出のもっとも大きいものが、SUMCO様の進出でした。伊万里団地に世界一のシリコンウェハの新工場が建設されます。
水の確保をどうするかという問題もありますが、伊万里市と一緒になって解決していきます。
7月 佐賀県パーキング・パーミット(身障者用駐車場利用証)制度を全国で初めて実施
「本当に必要な人の多ために」を合言葉に身体障害者用の駐車場の利用証を交付することにしました。大きな反響を呼び、全国の自治体に広がっています。
プロロジスとの進出協定締結
鳥栖市に整備中の流通業務団地「グリーン・ロジスティクス・パーク鳥栖」への進出第一号です。プロロジス社様は世界で最大手の不動産会社。予定を1年間前倒ししての分譲となりました。
8月 佐賀県で初の特例子会社の設置決定
特例子会社というのは障害を持つ人たちを数多く雇用した会社のことです。佐賀県で初めてできました。
国へ海岸域に漂着する流木やゴミ対策の特別提案
本当に多くの流木やゴミが、有明海、玄界灘に漂着しているということで行ったこの提案により、平成19年度予算案では新しい事業が創設されました。
9月 「さが若者サポートステーション」佐賀市白山にオープン
公共施設は街中になければならない、という考えのもと、若い人たちの働く場を探す施設を、白山商店街の中にオープンしました。若者や多くの方たちにご利用いただいています。
株式会社ローソンとの包括協定に調印
佐賀市の片田江に、高齢者の方がご利用しやすい、そして地域の農産物を並べた新しいタイプのローソンがオープンしました。
新浪社長と古川 康は同い年。その後のインタビューでも意気投合しました。
10月 台風13号・豪雨による災害復旧対策、有明海再生・復旧工事の早期実現などを内閣府や総務省へ要望
農林水産大臣をはじめ、数多くのところに足を運び、今回の佐賀県の被害の大きさを訴え、激甚災害の指定を受けることができました。
オーストラリアでクレア・フォーラム開催、英語で講演
環境問題に対して積極的に取り組んでいる自治体として佐賀県がオーストラリアに招かれ、佐賀県の環境保護政策について英語で講演しました。
特に風呂敷を使ったラッピングの実演で、会場は拍手喝采でした。
青年会議所が県民フォーラムでマニフェストを検証 及第の評価 古川県政57点
現職の知事のマニフェストをほぼ4年分評価するという全国初の試みが、佐賀県青年会議所ブロック協議会の主催で行われました。
「57点」 厳しくもありますが、及第の評価をいただきました。
天皇皇后両陛下ご来県、第26回全国豊かな海づくり大会開催
14年ぶりの天皇皇后両陛下のご来県でしたが、沿道には58,000人という予想をはるかに超えた県民の方にお迎えをしていただき、大変充実した行幸啓になりました。
11月 新幹線について鹿島市民と意見交換
鹿島の将来について意見交換をしたいという若手経営者からの要請を受け鹿島に出かけていきました。地元の方たちと話をすることの大事さを感じました。
12月 企業進出協定締結
自動車内装部品メーカーである、昭和金属工業株式会社(本社:広島県)、吉野ヶ里町及び県で、三津工業団地への進出協定を締結
しました。
自動車産業の拠点として発展する北部九州、その中にある佐賀県では、自動車関連産業、金型の世界でしっかりとした地位を占めたいと思い、10月に自動車産業振興会を立ち上げたところであり、今後ますますの発展を祈念しています。
シートベルト、エアバックなどの自動車の安全装置を製造販売するメーカーであるタカタ株式会社と有田町、県で有田工業団地への進出協定を締結しました。
2007年ダイジェスト
2月 トライアル発注全国ネットワーク設立総会、設立記念フォーラム
東京都で、全国37道県が参加したトライアル発注全国ネットワークの設立総会が行われ、ネットワークの提案県として会長に任命されました。
4月 新任期知事就任
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