| 記者 |
まず、一番最初に今回立候補を決めた理由を教えてください。 |
| 知事 |
佐賀県、今ちょうどいい環境にあると思うんです。今、発展の種がまかれている時期だと思うんですね。いま、景気も4年前に比べると随分よくなってきていると思ってますし、この大事な時期に佐賀県をちゃんとこう飛躍させたい、そう思ってあと4年私にかけていただきたいと思い立候補を決意しました。 |
| 記者 |
訴えていきたいことは何ですか? |
| 知事 |
暮らしの豊かさを実感できる佐賀県をつくっていく事というのが大きなテーマなんですけれども。そういう中で1つは子どもの医療費についての充実策ということであるとか、女性の副知事を登用していくという風な事であるとか、そういったことによって女性の感性っていうものをきちんと県政のなかに取り入れていきたい。また子育ての支援をしていきたいという点が大きく1つ。もう1つは企業誘致などの産業振興の分野があります。企業の発展が佐賀県経済の発展。そうすることによって税収が得られてはじめていろんなことができていきます。またいまの時代は地球環境の時代です。地球環境の時代にどう自治体として取り組むのか、訴えていきたいと思っています。そして、合わせて行財政改革というと単純ですが、改革の技術とでもいうべき、これからなかなか国からくるお金は増えていかない中で、どのようにして財政を健全化させ、そしてその中で必要な政策を実行していくか、そういったことが問われていくと思っています。そういう意味においての行財政改革の手法、やり方、そういったものが問われると思います。
もちろんそういう私の訴えとは別にですね、プルサーマルだとか新幹線だとかそういったことについては当然のことながら、議論になることと認識をしています。 |
| 記者 |
行財政の具体的なことは何でしょうか?環境についてなど? |
| 知事 |
新エネルギーへの取り組みです。1つは住宅用太陽光発電。これ、佐賀県はいまでもトップランナーですけども、これを今4000機なのを1万機にしていきたいといったことであるとか、ハイブリットカーを今の2倍にしていきたいとか、そういったことを考えていますし、私は地球環境の面からも原子力発電をきちんとやっていくことが地球環境にプラスになるということを、しっかりとみなさまにわかってもらえるよう広報していきたいと思っています。 |
| 記者 |
4年間の任期の中で、印象に残っている出来事を教えてください。 |
| 知事 |
4年間の任期の中で印象に残っていることの、やっぱり一番は新幹線ですね。これは過去形ではもちろん語れません。語れませんが、まあ、私の最初のイメージからすると、しばらくはこの問題が現実に政治課題にのぼってくることはないのかなという印象を持っておりましただけに、この新幹線というのは非常にびっくりでした。それが印象的でした。あるシーンということについていうならば、城原川の治水対策をダムでやるしかないということで判断をしてそのことを脊振の方々にお伝えにいったことがあるんですね。そのときの脊振村の方々との会話がすごく印象的でした。私の説明が終わったあとに、1番最初に手を挙げられた方がダム反対同盟の方だったんですね。自分はずっと反対でやってきた。でも、今知事の話を聞いてもう分かった。で、知事がもうそういう判断をしたのであれば、それはもう分かったのでできるだけ早くそれをやってくれ。そして村の振興もきちんとやってほしい。その話が非常に印象的でした。私の4年間の中で最もよく覚えている印象的だったシーンといえばそこになります。 |
| 記者 |
政治を志した時期と日本の政治を教えてください。 |
| 知事 |
政治自体は、中学校の生徒会長をやってたりもしてましたので、その時に人生ではじめてその時に選挙を経験しているわけですけれども、自分が実際にこういう政治というものを考え出したというのは、1つには自治省に入った後、長野県で課長をやっていた時だったと思います。課長なると知事といろんなやりとりをすることがあります。そのときに、政治家はこのように考えるんだ、自分が知事だったらどう考えるか、といったことを考え始めました。自分がでるかどうかは別にしてそのときに自分と政治との関わりを感じたのはそれがスタートでした。その後私は自治大臣の秘書官もやってましたので、そのときに国政というものを肌で感じたということもございます。 |
| 記者 |
ご自身の長所・短所をお聞かせください。 |
| 知事 |
長所は新しいもの取り組むことが好きなことだと思います。短所は、みんな言うことだと思うけど気が短いことだと思います。 |
| 記者 |
具体的に長所・短所の説明をお願いします。 |
| 知事 |
新し物好きという意味でいけば、とにかく知らない雑誌を見る。知っている雑誌と知らない雑誌があれば、迷わず知らない雑誌を手に取ります。そして、そこに何が書いてあるかを見るのが好きです。特にすきなのが編集後記などの類ですね。そういう本や雑誌を作っている人の肉声みたいのが零れ落ちているところをみるのが好きですね。自分の知らない事、行った事ないところ、そういったところをつぶす、足を運ぶといったことが好きですね。気の短さで言えば、今日も公務で各本部からブリーフィングを受けることがあるんですが、今日なんか時間がないものですから、「とりあえず結論だけを言ってくれるかな」と今日10回くらい言ったのではないのでしょうか。そういったことに表れているのかなと思います。 |
| 記者 |
趣味を教えてください。 |
| 知事 |
趣味は映画と旅行ですね。映画は大好きですし、旅行も好きです。いつもと違うところに身をおいて、違った日常の中でほっとするだとか、知らないものを見ていくことだとか好きですね。過去の世界に行く事はできませんし、未来の世界に行く事もできないで、今生きているこの世界で出来るだけ多くのものを見たいと思っています。 |
| 記者 |
好きな映画は何ですか? |
| 知事 |
僕にとっての、一番すごいなと思っている映画は、キューブリックの「バリーリンドン」という映画でして、映画ってすごいなって思いました。映画の映像っていう意味で言えばですね。それはバリーリンドンですね。作品的に言うと、「東京物語」とかああいったのが好きは好きですね。 |
| 記者 |
先ほど、ダムの話が印象に残っているとおっしゃいましたが、どういうところが印象に残っていらっしゃるのか教えてください。 |
| 知事 |
1番最初に手を挙げられた年配の方は、自分は反対同盟の者だと言われたんですね。私が治水はダムによるしかないと説明した直後のご発言でしたので、反対同盟の方なのでおそらく駄目だというご発言をされるだろうと思って、耳をそばだてていました。そしたら、「自分はこれまでダムには反対してきた。長い間反対をしてきて、もういい加減に疲れた。とにかくもう最近になってもうどっちでもいいからとにかく早く決めて欲しいというきもちになった」。そのようなことをおっしゃったと思います。今回知事が決めてこれでやっていくという説明を聞いて、それならばそれを出来るだけ早く実現して欲しい。実行して欲しい。そういうことをおっしゃったと思います。 |
| 記者 |
どの部分が印象に? |
| 知事 |
反対同盟の方がやってほしいと。それが一番最初の発言だったので、印象に残っています。 |
| 記者 |
具体的に知事選(前回)に出ようと思われた、政治家を志したのは具体的にどの場面ですか? |
| 知事 |
4年前の選挙に出るか出ないかは相当迷いました。最終的に判断したのは、私は元々こういった形でなくても将来佐賀に帰ってくるということを人生の中の予定表に入れてました。その帰り方がこんなに早くこういった場になるとは思ってませんでしたけれども、佐賀県に帰るという自分の人生における思いをこういう機会に1つ達成する可能性が出てきたということと、19年自治省と県庁でやってきてそれなりに佐賀県のために使えるいろんな知識や経験、人脈というものを身につけていることが出来ているという判断をして、今回こうしたことで出なければチャンスという意味では機会は2度とないかなというふうに思ったのだと思います。今となってはそんなふうな感じだったと思います。もちろん直接的にはとにかく出ろ出ろといわれてしかたなかったというのがあります。出ろといわれたから出たというわけではないのですが、そのような思いを巡らしてました。 |
| 記者 |
今回、具体的に出馬を決めたのはこの時だというのはありますか? |
| 知事 |
マニフェストが書けると思ったときです。 |
| 記者 |
それはいつですか? |
| 知事 |
去年の秋ですね。もちろん表明をする前ですけども。去年の秋に、自分の中では今回のマニフェストの原案となるものをある日一気に書いたんです。それまでかけなかったんです。自分が次の4年何をするのかっていうことについて自分自身の中で整理がついてなかったんです。でもある日、何回もチャレンジして駄目だったんですけど、ある日書けたんですね。あっ、これだ。自分がやらなくちゃいけないと思ってること、やりたいことはこれだと分かった。その時にじゃあ、やろうって気になりました。 |
| 記者 |
書けたというのは? |
| 知事 |
たぶんなんかいろいろ、コップの水がこぼれるようにって言うと…いろいろ思いが重なり、つもり積もっていくところがあって、ある日突然その紐解き方が分かったということじゃないかなと思います。 |
| 記者 |
一番悔いが残っている事は何ですか? |
| 知事 |
それはね、一に水素。水素社会。水素社会への対応。これは4年前はすごく新鮮だったんですよ。今回もちろん掲げてますけれども、水素とアジアのハリウッドと輸出。この3つをもうちょっとしっかりやりたかったって思ってます。もちろん県庁のいろいろ意識改革とかありますけど、これはもちろん積み残している事も多いですけども出来てきた事も多い。これはやったことも大きいけど、残っていることも大きいというふうに思っています。 |
| 記者 |
輸出というのはどういうことですか? |
| 知事 |
4年前に農産物を輸出しますといった時には、不評だったんですよ。あいつは農業を知らんからそんなこというって言われてたんですね。でも、私は絶対そんな時代がくるって思って、輸出、輸出って言ってたんですけれども、それがようやく実現しました。ただ、後半年から1年早い取り組みをしていけば、もっとほかの県に先駆けて出来たのはないかと思っています。 |
| 記者 |
マニフェストのこういった形での配布はビラは解禁ですよね。 |
| 知事 |
中身的に言えば、この中からいくつかピックアップして作成しています。これはマニフェストそのものです。(冊子のこと) |
| 記者 |
マニフェストの受け止め方、評価はどうですか? |
| 知事 |
一言で言えば、ものすごく喜ばれています。政治家がやろうしていること、そもそも何をやろうとしているのか説明しようと来た事がなかったという話をされます。実際、やりとりをする中でいっぱい私自身も教えられる事があります。例えば、男性の家事時間にしても大いにやってほしいとある民生委員いわれました。「なぜですか」と聞くと、子育ての人間ももちろんだけど、自分が民生委員をやっていると奥さんがなくなると男の人は家事が出来なくて困る。だから、そういうことも考えて若いうちから家庭のことも出来る男性を育てていかないと駄目なんだという話があるんです。そういったことをはじめ、特に今回は障害福祉をかなり充実して書いてますので、例えば昨日も難病の患者さん達と一緒にやりとりをしたんですけど、難病の事をここまで書いただとか、障害福祉を正面から取り上げきちんとこういった社会をつくっていきたいとかいてもらっているとすごくうれしい、そんな話をいただきました。それは私どもが思っていた通りだなと思っています。 |
| 記者 |
こういう形にした(物語にした)事に対する受け止め方はどうでしょうか? |
| 知事 |
それはわかりやすくなったということだと思います。それには私のところに届いてないこともあるかもしれませんが、私が言われるのは、わかってほしい、見て欲しい、読んで欲しい、その気持ちが良くわかるといわれます。批判として言われた事が、映像に注目してしまうため、映像の中のマニフェストに意識がいかないという指摘がありました。それがキャンペーンの第1回のときに言われたので、第2回からはずっと「くらし」を1本やった後に私が説明をするようにしています。くらしのまとめとして。そして、また後半をやって、終わった後に「しごと」のマニフェストのまとめをするようにしています。そして質疑応答するようにしています。そういう風にどんどんどんどんキャンペーンそのものが改善されています。 |
| 記者 |
いままでの人生の中での一番の分岐、転機を教えてください。 |
| 知事 |
人生の転機、うん、あるなあ。ボート部じゃないかな。大学の時にボート部に入って、ボートしかしてなかったんですよ。ボートしかやっていないので、学校行かないものですから、すごく成績が、大学の成績ですから試験でしかないんですけど。あの4年間で考え方が変わったと思います。それまではどちらかというと学生だから、高校生だから大学生なんだから勉強しろよと思ってたんですね。でも、私はそのときそれとは違う人生を歩んでて、それはそれでものすごく自分自身にとっていい経験だったと思うし、良かったと思ってます。そのときも良かったと思ってたんです。講義にでて勉強ばかりしているやつをみて、こいつ若いうちにいろいろやればいいのにと思うようになったんですね。その直前まで自分自身が勉強していないやつをみると、あいつおかしいんじゃないかと思ってたのにも関わらず、自分がそうじゃないものになってみると全然別のものが見えてきて、ひょっとして自分ってこんなふうににみられてたのかなと思いました。それまで、優等生とはいえませんが、勉強ばかりでやってきた自分が、そうじゃないっていうふうに気づいたのは、遅ればせながら大人になってからでした。
いままで、仕事をやってた中での原点となっているところは私が23,4歳の頃に自治省の消防庁、消防の制度をつくるところにいたことがあるんですね。そのときに消防法の改正することになって、私は別の課にいたんですけど、お前暇だろっていわれて、救急救助室ってところに手伝いにいかされました。そこでやってことは、それまで怪我した人を病院まで運ぶだけでしかなかった運び屋さんだった救急を運ぶだけでなくて、救急車の中で応急の手当てができるようにするという制度改正だったんです。その手伝いをしていきながら、ものすごく大変な作業でしたが、改正することが出来たんです。私、3ヶ月間ほとんど家に帰ってないんです。ただひたすら夜も含めて役所に泊まって。特に警察庁との協議が難航しました。警察庁は当時消防隊員の権限が広がるのを、極度に嫌がりました。朝までの協議を何度も繰り返してました。そういった中ででも現場の東京消防庁などいろんな人に言われた事は、「古川さん、とにかくがんばってくれ」。実は、当時もうやってたんですね。みんな不安でしょうがないと。自分達が手当てする、それで仮にその中にいる人が亡くなったらそれは国家賠償法で訴えられる。そういう世界の中で救急隊員は仕事をしている。この改正が出来たら本当にみんなありがたいと思うからと言ってくれました。普通、役所が法改正の時には2,3年かけて審議会を立ち上げてやるんですけど、全く立ち上げてなくて、1月4日の御用初めの日の夜の飲み会からスタートしたんです。それから3月の末までの3ヶ月間は厳しかったですけれども、世の中にとって必要な事をやるという作業がこれほどやりがいのあるものかと思いました。私は本当に公務員になってよかったと思いましたし、公務員をやっていた期間のなかであれほどこの仕事を選んでよかったと思ったことはなかったですね。今、消防車の規格って大きくなったじゃないですか。あの中で随分高度な、パラメディックと呼ばれるものができるようになりましたよね。消防法2条9項に規程が入ってますけど、私にとって昭和60年に改正された消防法2条9項というのが私の役人生活の原点であり到達点であったと思っています。長くなって申し訳ないんですけど、私はそのとき何を感じたかというと、私は当時、担当課の人間じゃなかったんです。お前暇そうだから来いって言われてやったんです。私はその後もいくつかPKOの仕事をやったり、地域振興券っていう商品券の責任者をやったんですけど、それらの仕事はほとんどは直接関係なかったところにいたのに、突然お前やれっていわれて、後付に辞令が出て、みたいな感じなんですね。私はいい仕事とか必要な仕事というのは辞令がもらったからやるというわけではなくて、とにかく一旦ことがあったときに集められて、その中でワーワー言いながら、ある短期間やってそれが終わったら解散する。そこがものすごく自分にとっては誇りに思っているんです。今でも職員にとにかく必要な時には人を集めればいいじゃないか、終わったら解散すればいいじゃないかと口癖のように言うんですけども、それはそういう考え、自分の経験に立ってやっています。すいません、長くなって。 |
| 記者 |
尊敬する人物と座右の銘を教えてください。 |
| 知事 |
アンケートもきてた気がしますが、尊敬する人物は、政治家では原敬でありまして、新渡戸稲造もそうなんですけど。なぜ東北の人ばかりだと言われるんですけど平民宰相といわれた原敬が私は日本政治外交史というのを必修だったのでとったんですけども、そこが原敬の一大史みたいな世界でありまして、それを勉強していく中で、やっぱり原敬というのは明治維新体制の中で、ものすごく不利な立場にあった東北をなんとかしたかった。明治維新という体制の藩閥体制をいつか終わらせなければ本当の日本の近代化はないと思って、実現した人でした。私は彼のそういったところに共鳴しました。座右の銘は「一隅を照らす」です。それは自治省に入った時に、一番最初の研修で、当時日本赤十字社の総裁だった林恵三さんの論文というかエッセイを渡されまして、私としてはそのときにはじめて出会いました。一隅を照らすとうのは、片隅をてらすわけですけれどもが、当時自治省の人間達は16人で同期が3ヵ月後には全員散らばります。そして、それぞれの県で仕事をしていくわけですけれども、そのときの心構えとして、例えばその県でやっているときに、自分はここでがんばっている、同期は他の県でがんばっている、それぞれがその持ち場で照らしていけばこの国全体が明るくなるという風なことで、持ち場でがんばれといっていただいたことが非常に印象的でした。それ以来、私は「一隅を照らす」を座右の銘にしています。 |
| 記者 |
4年間で反省点はありますか? |
| 知事 |
反省点はいろいろあります。さっきもちょっと言いましたけれども、ゼロから作り上げていこうとすることを始めるときにはあまりひとに任せずに直轄チームみたいなやつを作ってやっていけばよかったかなと思います。さっき申し上げたような水素社会への対応だとかアジアのハリウッドだとか農産物の輸出とかこうしたことについてはきちんと自分がグリップをしておけばよかったという思いがいっこあります。今思いつくのはそれです。 |
| 記者 |
改善された点は? |
| 知事 |
私は改善された点というのはすごくたくさんあると自分なりに思っています。よくいろんなお客様から、佐賀県庁に電話するとすごく感じがいいということは言っていただいています。県庁に来ていただいた方も例えば各階にプレートが置いてありますよね。何課になにがあるとか、それをのぞいていると職員の人がすぐ飛んできてここですよっていう案内をしてくれる。全国を回って営業をされているかたから言われたことなんですけれども、各県庁に行っているけれども自分がじっと見てて、職員のひとが飛んできたスピードの速さは佐賀県が一番でした。というふうなことを言われました。確かにいろんな問題点もありますけれども、私は個々の職員を見たときには特に若手から中堅の職員を中心にしてやっぱり制度が変わったということに比較的柔軟に対応できる年齢層の職員の動きなりなんなり非常に変わったと思っています。一番の典型例は、私が知事になって何からはじめますかって言われて、電話口で名前を名乗ることからはじめましょう、と言いました。これがスタートして一週間くらいはあまり徹底しなかったと思いました。でもひと月経ってけっこう徹底したなと思いました。もう数ヶ月経ったらですね、少なくとも私が、私はあちこち電話しますけれども、別に私が電話しているとわからないわけですから、ほぼ100%名前を名乗るようになりました。こうしたことは非常によかったことだと思います。ただもちろんいたらないこともたくさんあります。例えば危機管理ですね。先般は、ミサイル発射事件の対応をめぐってですね、厳しいご批判を受けたように、何かいったんことがあったときに、どういう対応をするかってことについての判断の甘さと体制の薄さというものは否めないと思っています。これからもっとそういった点についてはもっとやっていかなくてはいけないと思っています。 |
| 記者 |
他の知事とここが違うと思うところは? |
| 知事 |
みんな自分は違うと思ってるんで、何をそう思うかっていうと、ひとくちにはくくれないっていうことだと思います。私が自分でひとことも言ったこともないし、自分でもそういう言われ方をするのはどうかなと思っているんですが、世に言う改革派知事の一角だといわれることがあるんですね、私は自分の口で一回も言ったことがないし、そんなふうに思ったこともないし、私はあらゆる知事さんというのは改革派だろうと思っているんです。何人かの知事さんの部下でずっと仕事やってきましたけれども、今のままでいいというひとに出会ったことがありません。なのになんかそういうふうに位置づけられてることに対してはですね、ちょっと違うなと、何でも変えればいいとも思ってないということですし、だから例えばそれこそダムだ、新幹線だみたいな話のときに、ときどきメールがきたり言われたりしてたのが、なんで改革派知事なのにダムなんですかって言われるんですよね。だからレッテルが先にあるんじゃなくてほんとにこの川にとってどういう治水だったら現実的にできるのかってことを考えたんですよって言うんですけど、だからそこのなんか期待に沿ったようなですね、レッテルとかラベリングに沿ったようなものじゃなくて、ある意味じゃなんでもありっていうかそういったもんというところはですね、違いなのかなと思っています。 |
| 記者 |
知事の任期なんですけれども、前回当選された直後、三期が妥当じゃないかとお答えされましたが現時点じゃどうお考えですか? |
| 知事 |
まあ三期というのはひとつの大きなポイントだろうと思います。四期でダメってことではないと思いますけれども、根拠はあまりないんですけれども、今一期を終えて思うことは、一個のものをやろうとすると今回4年のうちにやってきたことのある程度のものはですね、過去のものの始末をつける作業がずいぶん多かったんですね。そうしていくとようやく2期目でいろんなことが形になっていく、3期目は総仕上げというのはパターンとしてひとつはあると思います。でも私は4期がダメ、2期がダメと思っていないし、あんまりよくないかなと思っているのはほんとは任期を決めてしまうことなんですね。今のブッシュ政権見てればわかりますように、ブッシュ大統領はあと2年任期を残しただけなのにもう国民やメディアの政治の関心は次の大統領に移っているわけですね。ああやってみんなで大掛かりに代表者を選ぶのに、もう任期を半分残してレームダック化してしまうのは私は選び方としてはよくないのではないかなと思います。その意味ではいつも次、あるのかないのかということを思わせながら、リーダーシップを発揮していくようにしないとなかなかきちんとした仕事ができないのではないかと思っていますね。そういう意味でははっきりと何期までっていうようなことを決めてしまうってことはいいのかなって思っています。 |
| 記者 |
周辺の意見からすると全国のほうに目が向いてしまって、地元のほうに目が向いていないという声もありますが。もう少し落ち着いて地元もほうに、という意見もありますが。 |
| 知事 |
違うと思います。何を持ってそうおっしゃっているのか教えてほしいと思います。私は今までの知事よりもこれだけ現場に出かけてですね、市町村回っていろんな人と会った知事いないと思いますよ。何を持って市町村にいってないとか現場にいってないとかおっしゃっているんでしょうか。何かおもいつかれます? |
| 記者 |
そういう意見もあると・・・。 |
| 知事 |
だからそれは県内に行くべきところにいかずに東京に行っているというのであれば問題だと思いますけれども、私は今までの知事よりもとにかく休んる日数とか時間が極端に短いと思います。今までだったら例えば午後5時まで仕事してたっていうのは私はいろんな職員の伺いっていうのもメールでやっていますから、夜の12時だろうと土日だろうと全部仕事してるんですね。だから県庁の判断だとか私に物事を報告するみたいなことも、たぶん格段10倍以上に増えていると思うんですね。だから地元に、県内に行ってないというのは当たってないというかむしろこの前も議会で言いましたけれども、私4年間で知事部局の事業所全部回ったんですよ。私が知ってる県庁でですね、県庁職員が働いてる職場を全部回った知事はいません。いないのに回りませんかって総務部長のときも話してたんですけれども時間がないからといって三役で回ろうというみたいな話になったんですね。私は全部自分で回りたいと思って、知事部局のところは全部まわらせていただきました。例えばこういったことひとつとってみても今までの知事よりは現場に行ってると思うんですけどね。 |
| 記者 |
今回の選挙は共産党のほうも立候補していますが、お気持ちは? |
| 知事 |
もうほんとに身震いしています。選挙ですから。今回共産党の推薦される方と民主党の推薦される方とそれぞれ出てこられて、まあほかにも出てこられるかもしれませんけれども、それぞれはしっかりしたかただと思っていますので、とにかく震えるような気持ちで、私は私なりに私の信じるところを、思うところを、ひとりでも多くの方に訴えて理解していただきたいと思っています。繰り返しになりますけれども身震いするような気持ちでします。 |
| 記者 |
4年前、160,809票でしたが、今回の目標は? |
| 知事 |
そうですね、160,810票!(明るい声で)うふふ、今の冗談です。ごめんなさい。冗談を言う場所ではありませんでした。具体的な得票数の目標は今のところ決めておりません。まあ正直言って相手方がよくわからなかったということもありましたし、私たちの中でも、じゃあ何票目指そうということは決めておりません。 |
| 記者 |
推薦は自民党、公明党ですが。 |
| 知事 |
ありがたいと思っています。他の政党にもお願いしたんですが返事をいただいておりませんしこのふたつの政党からだと思うんですが、私は政党というのは地域や国のことをもっとも真剣に考えている社会的な集団のひとつだと思っていますので前回も今回も推薦をお願いさせていただきました。そうやって自民党や公明党の方々にはですね、またその支持者の方を通じてご支援をお願いしたいと思いますし、またそれ以外の方々にもいろんな形でアプローチをさせていただきたいと思っております。とにかくありがたいの二文字であります。
どうもありがとうございました。 |