古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
自治実務セミナー(実務と理論) 1984年
寅さんの選挙権 三ヶ月ごとに住居を変更している人の選挙権はどうなるか

1.はじめに

山田洋次監督の「男はつらいよ」でお馴染み寅さんこと車 寅次郎、フーテンの寅と評されるように全国を流々転々、決して居所の定まることがない。
そのせいか(そうでないかもしれぬが)、あの映画の中で寅さんが選挙に行く場面は出てこないようである。
果たして寅さんは選挙に行っているのであろうか。いやそもそも住居を一年のうちに何度も変えるような仕事に従事する人々の選挙権はどうなっているのであろうか。
これについて考えるのが本稿の目的である。

2.現行の法制度

公職選挙法(以下「法」という)において選挙権を有するための要件が定められているが大きく分けて積極的要件と消極的要件がある。ここで問題となるのは積極的要件の方であるので積極的要件について見ていく。

(1) 国政選挙の場合は法第九条第一項に定められているが日本国民で年齢満二十年以上の者であることが要件である。

(2) 地方選挙の場合は(1)に第九条第二項で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有すること(以下「住所要件」という)が要件として加わる。

選挙権を有するための消極的要件は以上であるが実際に投票を行うには選挙人名簿に登録されていることが必要である(法四二条)ので国政選挙の場合であっても住所要件が必要となる(二一条)。

そして選挙人名簿は住民基本台帳に基づいて調整されるので選挙権を行使するためには結局住民基本台帳に記録されていなければならないということになる。

ただし、これらについても例外がある。国政選挙の場合は、選挙人名簿に登録された後、他の市町村に住所を移したときには移転先の市町村の選挙人名簿に登録されるまでの間は前住所地の市町村で投票できる(施行令二九条)。

地方選挙においては、同一市町村に三箇月以上住所を有する者が、その市町村から引き続き同一都道府県内の他市町村に住所を移してもなおその都道府県の議会の議員及び知事の選挙権を有する(法九条三項)。
しかし移転市町村からさらに同一都道府県内の他市町村へ住所を移した場合には、この規定の適用はない。

3.住所の意義と投票権の有無

住所とは何かということについては、学説は分かれているが、公法関係たる選挙権の有無の判断基準としては、住所意思と居住事実とによって住所を決すべきであるとする見解よりは、客観的事実によって判断するとの見解が妥当である。
現実には、特別の事情のない限り「現に起臥しているところ」に住所があるということになる。
三ヶ月ごとに住所を変更している人についても、一ヶ所を本拠にして旅に出、また戻ってしばらくしてはまたどこかに行くという場合(まさに寅さんの場合)は、住所は本拠地であるといえることが多いであろう。いわゆる出稼ぎに行く人も概ね一年以内であれば本拠のほうに住所があるといえよう。
これらの場合には居所において不在者投票を行うことになる。

しかしながら生活の本拠を有せず、各地で生活を営む人については、住所もまた移動する者と考えざるを得ず、住民票自体はどこかに残っているとしても、選挙権を行使するための要件とはなり得ない。
したがってこの場合では選挙権は行使できないことになる。

4.まとめ

以上をまとめると、現行選挙制度が「市町村の区域内に住所を有し」つまり現実に住所を有し、「引き続き三箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていること」が要件とされている以上、三ヶ月毎に住所を変更している人については基本的には選挙権はないということになろう。

それにしては寅さんは、果たして投票しているのであろうか。柴又小学校あたりが投票所になると思われるが。