地方自治制度研究会「地方自治」八月号 掲載
ローカル・マニフェストの実際と今後の課題  古川 康 (佐賀県知事)
 
一 はじめに
日本初の試みとしてローカル・マニフェストを掲げて選挙を戦ってから二年が経った。本稿ではこれまでの動きを振り返り、今後の課題を展望してみたい。
もともとマニフェストはイギリスで総選挙に際しての政権公約として労働党や保守党など政党が策定したのが起こりとされる。イギリスは議院内閣制であり、総選挙で勝利を得れば内閣を組織し、公約したことを実現することができる。それだけにマニフェストの持つ意味は大きい。ところが、我が国において平成一五年の統一地方選挙で話題になったのは「ローカル・マニフェスト」、すなわち首長選挙に際してのマニフェストだった。ただ、首長と議員とが別々の選挙で選ばれる我が国の地方自治制度下においては首長が選挙で公約したことが必ずしも実現できることが政治的に保証されるわけではない。そういうところから、イギリスのマニフェストと我が国の地方政治で導入しようとするマニフェストは同じものではないという議論もなされた。たしかにその指摘は正しいが、政権公約を意味しているイギリスのマニフェストや我が国の国政選挙におけるそれとは違う「日本版」・「ローカル」・マニフェストというものの存在を認めることができないということにはならないし、しかも、こうしたものを認めることにより、候補者の政治姿勢が明確に示されることになり、住民に対する政治への信頼回復が図られ、さらには政策中心の選挙への転換が図られることが期待でき、有益であると考える。
最近ではローカル・マニフェスト推進地方議員連盟が発足したことにも見られるように、地方議員の中でもローカル・マニフェストを推進していこうという動きが出てきている。首長ではない議員がどうやってマニフェストの実行を担保していくのか、という問題はあるものの、首長にしても議会の同意がなければ各種の施策が実行できないわけであり、この動きは、議員であれ、首長であれ、要は選挙に際して「期限と財源を示して具体的な実行すべき政策を束ねたもの」を「マニフェスト」と呼ぼうという運動であると理解している。なお、地方議員におけるこの動きはゆくゆくはローカル・パーティが広がっていくことにもなる可能性を秘めており、地方政治における新たな展開として注目される。ただし、本稿においては特に断りを入れないかぎり自治体の首長選挙におけるマニフェストを議論の対象としたい。

二 「マニフェスト」の実際

「マニフェスト」とは何か。『知恵蔵二〇〇四』(朝日新聞社)にはこうある。「日本語にすると「政策綱領」ということで、選挙の際に政党や候補者が有権者に約束する政策目標を指す。従来の公約と違うのは、単なる理念やスローガンだけではなく、いつまでにどうやってやるという、財源、期限などを明示した具体的行動プランでなければならない点。当然、実際の目標達成度が厳しく検証される必要がある。」(以下略)。
 ここで私が注目したいのは、「期限」「財源」「具体性」の三つのポイントである。私はこの三つがマニフェストといえるかどうかの判断基準であると考える。なぜならば、マニフェストでない従来の公約はこうしたものが欠けていたからである。私はこれら三つの要素を以下「マニフェスト三要素」と呼び、マニフェストを考える際のキーワードにしたい。
ではこれまでの公約とマニフェストは実際にどう違うのだろうか。選挙公報を見るかぎりにおいては、マニフェストを掲げた候補者もそうでない候補者も同じような主張をしているように見える。たとえばある県の知事選挙における例であるが、A候補「経済再生○○の実現」に対してB候補「元気な地域経済づくり」。これではどちらがマニフェストなのか区別がつかない。さらにブレイクダウンしていくとそこではじめてマニフェストかどうかが見えてくる。
 平成一五年の佐賀県知事選挙において私が掲げたマニフェストをみていただこう。この中に、
「オープン佐賀」「モノ言う佐賀」を実行します 〜オープンに議論できる土壌づくりと佐賀が主役の国への発信
というスローガンがある。これではこれまでの公約とそう大差はない。ところがこのスローガンにぶら下がる政策として、「審議会資料等を直ちにHPに公開することなどによる情報公開度全国ナンバーワンをめざす」ことや「県政に関する情報提供窓口の設置」「車座方式による県民との対話を全市町村で実施すること」などが項目として挙げられている。 
このほかの分野においても「ブロードバンド利用可能世帯カバー率九〇%以上」や「汚水処理率を六〇%に」「学校給食における地元食材利用率一〇ポイントアップ」「福祉分野における四、〇〇〇人程度の雇用創出」など四年間で実施予定の数値目標入りの政策が掲げられている。
さらにはこうした政策を実現するための財源確保策として、「政策評価による既存施策の見直しや、行政改革の推進による経常経費見直しの徹底、新規企業の誘致や既存企業の経営立て直しによる税収増加を図ることにより、県が公表している「県財政の中期財政収支見通し」による見通しからさらに四年間で一〇〇億円程度の財源を捻出し、新規施策の財源に充てます。」と掲げられている。
 本来であれば財源についてはもう少しつっこむべきであろうが、後にも述べるように県政に関わっていなかった者が限られた時間と情報の中で書くものとしてはこれが限界だった。
こうしたところまで書いてあればこれをマニフェストと呼んでも差し支えないだろうという判断で私はマニフェストを策定して選挙に臨んだと表現している。スローガンをブレイクダウンした政策が「期限」「財源」「具体性」の「マニフェスト三要素」を持って示されているかが、マニフェストといえるかどうかのポイントであると私は考える。

三 「安心と安全」をマニフェスト化すると

 マニフェストのポイントは「期限」「財源」「具体性」であると述べた。実際の選挙で公表されたマニフェストは発展途上であり、なかなか理想的なものというものはまだない。そこでモデル的に「安心・安全のA市をつくります。」というスローガンをマニフェスト化してみた(以下はあくまでも議論のための参考)。

 (自主防災組織の充実)
● 自主防災組織の組織率が○市は県内でも○位。これを四年間で○ポイントアップさせます。まず県内の平均まで二年間で持っていき、残りの二年間で○ポイント上げます。上げていくためにはまず市役所の職員自らが加入することを進めていきます。
 (気象情報の多様化)
● 五年前の水害があれだけ大きかったのは避難勧告が適切になされていなかったのが原因のひとつでした。
  なぜ、避難勧告が遅れたのかというと、それは○川水系の雨量や流量の情報が日本気象協会かの情報だけでは十分ではないからです。○地方の気象情報ではなく、○地域そのものの情報が提供されることが必要です。
  そのためには民間の気象情報会社からの情報を入手することが必要だと考えます。これにより、避難勧告を出すのがこれまでに比べて○分早くすることが可能になります。これに要する費用は月々○万円です。後ほど述べる「トータル世直し」の中で経費を捻出します。
 (モデル避難所の設置)
● 五年前の水害で避難所として指定されたA公民館が床下浸水の被害に遭いましたが、電気系統が地下にあったため電気に影響が出て避難所としての運営に支障が生じました。「避難所」という名前の集会所はたくさんありますが、どれひとつとして避難所になることを想定して作られた建築物はありません。私はA市においてこれから建設する公共的な建物については避難所として活用される可能性を設計の思想に入れるようにしたいと考えます。そういう思想の元に完成した公共建物を「モデル避難所」として指定します。三年目に一か所、四年目に三か所整備し、一〇年後には市内全域で中学校区単位に一つ、二〇年後には小学校区単位に一つモデル避難所が整備されるようにします。特別な財源は確保しませんが、公共投資の単価や内容の見直しによってコストを四年間で五%縮減していく中でこのための費用を捻出します。

 このような形で政策を示すことができれば、有権者はこれを基に政策を判断し、どういう負担が生じるのかを含めて理解することができる。繰り返しになるが、「期限」「財源」「具体性」の「マニフェスト三要素」がポイントである。こうした取り組みが徐々に広がりつつある。

四 ローカル・マニフェストの課題

しかし、ローカル・マニフェストにもさまざまな課題がある。

1 法律上地方選挙においては認められていないこと

 我が国の国政選挙においても平成一五年の衆議院議員総選挙からマニフェストの作成が認められるようになった。これは名簿届け出政党等が作成することになっている。しかしながら、地方選挙においては依然としてマニフェストの作成と頒布が認められていない。後に述べるように候補者個人が作るものだけに内容をどう担保するかということをはじめいくつかの課題はあるものの、国政選挙においてマニフェストが認められていることを考えれば地方選挙においてもマニフェストを認められるよう、公職選挙法を改正すべきであると考える。

2 内容の品質保証が困難であること

 我が国の国政選挙において作成が認められているマニフェストは名簿届け出政党等が作成することになっている。公党が作成するものであるのでそれなりに党内手続きを経て定められていて内容的にも一定以上の水準に達していると認められる。公党が作ったものしかマニフェストとして認めないということによってそのマニフェストの水準はある程度いわば制度的に担保されているといってもよい。しかし、地方選挙においては無所属の候補者が多い現実からするとマニフェストの作成を政党のように組織的にはできず、基本的に個人で作成せざるを得ない。そうなると個人としていわば得意分野については詳細に書くことができるものの、詳しくない分野についてはどうしても内容が薄くなることは否めない。そうなると国政選挙におけるマニフェストのようには各分野を網羅した形での作成は望めない。
私もいろんな人の助けを得てマニフェストを作っていったが、限られた時間と情報の中でマニフェストを作るのはかなり難しい。選挙の直前までその土地に住んでいない者にとってはそもそもその自治体においてどういう事柄が問題となっているのかを知ることも難しい。私は地方行政にずっと携わってきたため、ある程度問題意識を持つことができたものの、それでもとくに財源確保については書くのは難しかった。その自治体でどういう事業が行われていて、どういう点が改善できるのか、どういう事業をやめることによって財源が捻出できるのか、よくわからないからである。
だから地方自治の分野の経験を持っていない人が財源確保策を含めたトータルなマニフェストを書くのは至難の技ではないかと思わざるを得ない。したがって、あらゆる分野を網羅したトータルなマニフェストでなければならないと考えずにマニフェスト三要素を満たすものであればマニフェストとして考えることがマニフェスト策定を運動として広げていくためには必要であると考える。
 また、別の問題として候補者個人として策定するマニフェストがかりに不十分なものであったにせよ、その候補者が当選して公職に就任した場合、マニフェストに掲げられている事項がかりにそれまでの自治体行政において全く議論されていない事柄であるにもかかわらず実現すべき項目になってしまうのかどうか、またそうだとしたらそのことをどう考えるか、という問題である。

 このことについては、私の就任直後の平成一五年六月議会において議論がなされている。
議員「イギリスのように、政党により作成されたものであれば周到な準備と広範な意見の摂取も可能ですが、今回のように限られた時間の中で候補者個人が作成するマニフェストは県政に関する情報も限られ、広範な意見の中から最適な選択を行う機会も、時間的余裕もなかったのではないかと考えます。(中略)だとすると、古川知事の四十九項目は古川知事の公約であり、少なくとも今までよりは具体的な公約であったにしても、これをそのまま県の施策として実行するのには私は少し疑問を感じざるを得ません。」
これに対する私の答弁は以下のようなものであった。
「(マニフェストは)私自身が先日の選挙に取り組む姿勢として、できる限り公約を具体化して、できるだけ早くそれを実現するという姿勢を明らかにしたい、そのように思って、このマニフェストというものを作成させていただきました。」
「これを何が何でもこのままやっていくということではなくて、(中略)そういうふうな声を聞きながら、ご相談しながらやっていきたいというふうに思っているところでございます。」
たしかに、相当のプロセスを経て策定された総合計画に比べマニフェスト策定の際には議論不足の面があるのは否めない。しかしながら、かりにそうであったとしても、そのことが有権者に示され、その実現を約束して当選したという事実は重いのではないか。実行にむけた議論の中で実現不可能であることが判明したり、もっと他のよりよい方法が提案されることも考えられるが、その場合には、あるものについては実施せず、またほかの方法を取って実現するということも認めるべきである。そしてその経緯を含めてマニフェストの検証の際に評価されればよいと考える。
 なお、イギリスにおいて、候補者個人が作成するマニフェストがないかといえばそういうことはない。たしかに、イギリスにおいては、国政選挙であれ、地方選挙であれ、政党の作成するマニフェストが主であるが、たとえば大ロンドン市(GLA=Greater London Authority)の市長選挙の際には候補者個人がマニフェストを作成している。こうした候補者個人が作成したマニフェストが政党が作成したものと量・質の面でどう違うのか、今後、検証する必要がある。

3 マニフェストの定義

1とも関連するのだが、どこまで書けばマニフェストをいえるのであろうか。公職選挙法第一四二条の二第一項には国政におけるマニフェストについて「国政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの(以下略)」と規定されている。それを名簿届出政党等が総務大臣に届け出ることによってそれがマニフェストということになる。どこまで詳しく書くべきかという内容的なところについては制限はない。これとパラレルに地方選挙におけるマニフェストを「当該都道府県政若しくは当該市町村政に関する重要政策及びこれを実現するための基本的な方策等を記載したもの」と定義すると、この定義をクリアしさえすればマニフェストと呼べることになり、一般的にマニフェストの特徴とされている「単なる理念やスローガンだけではなく、いつまでにどうやってやるという、財源、期限などを明示した具体的行動プランでなければならない」という点との整合性が図れなくなる。マニフェスト三要素が担保されないことになり、従前の公約に相当するようなものであってもマニフェストと呼ぶことができることになる。
私は、この点について、本来的な意味におけるマニフェスト、すなわちマニフェスト三要素を満たしたものだけをマニフェストと呼び、かりに公職選挙法の改正によって地方選挙にもマニフェストが導入されたとしてもそれとは区別して考える必要があると考える。法律的にはマニフェストの要件を満たしていても、マニフェスト三要素がすべて含まれてないものについてはマニフェストと呼ばずにたとえば「従来公約」と呼ぶこととし、一方で、ある候補者が出した政策の束がマニフェストと呼べるかどうかはマニフェスト三要素を判断基準としてローカル・マニフェスト推進ネットワークにおいて承認することとし、「ローカル・マニフェスト推進ネットワーク公認マニフェスト」とすればいいのではないだろうか。

4 修正の可否

マニフェストは従前の公約がややもすれば選挙のときだけのものとなりがちだったということの反省に立って考えられているものであり、任期中ずっと守り続けることが政治的な義務となる。したがって、実際の目標達成度が厳しく検証される必要がある。つまり選挙のときの言葉がその後も尾を引くということだ。選挙の期間中だけ甘い言葉をささやいておいてその後になったら忘れるようなことは当然許されないことになる。
それだけに私は、いったん公表したマニフェストは準備行為として案を示している段階では改訂できると考えるが告示日以降は修正できないし、ましてはそれを掲げて当選した後は修正することは許されないと考える。この準備行為としての段階では改訂できるということについても実際には相手の候補のいいネタを自分のものにしてしまう形での改訂がしばしば見られる。これをどう考えるかについても二つの考え方がある。そのことをアンフェアと考える立場もあればマニフェストそのものが有権者にとって優れたものになっていくのであればいいのではないかということでそれを「マニフェストの進化」として認める立場である。
実際に公職に就任してみたらマニフェストに書いたことが実現できないとわかったからという理由で選挙のときに掲げたマニフェストの修正を認めていたら、選挙のときの言葉に重みを持たせるというマニフェストの一つの意味合いが薄れてしまうことになる。中には、就任後(当選後)の変更も追加も可能であるという考え方もあり、それについては当選後修正するというのはそれ自体がひとつの政治的な冒険であり、その行為自体について有権者の批判を受ければいいのであって、修正できないとまでする必要はないという考え方もある。
ただ、私は、それは修正をせずにそのままにしておいて、検証の際に「これは○○という理由でできなかった」と説明することで批判を受けることのほうがマニフェストの重みにつながると考える。

5 マニフェストの評価

これまで観てきたようにマニフェストは評価が大事になる。どれくらいできたのかできなかったのか。マニフェストは政治の通信簿なのである。ただ、その評価をだれが行うべきであろうか。まずは自治体当局が考えられる。候補者の政治的な約束であったマニフェストは当選後なんらかの手続きを経て自治体としての政策となる。その政策となったものを進捗管理していくのは自治体の仕事であり、その意味でマニフェストの進捗管理も自治体が行うのが基本と考えてもおかしいことはない。しかも進捗状況については、事業評価を通じて、自治体内部での評価が得られ、遅れているものや評価の低いものはその事業評価のプロセスを通じて修正されていくことになる。佐賀県では年に一回、この事業評価が行われ、また、それとは別にマニフェストの進捗状況について一年に二度ホームページ上で公表している。
 そしてこのような自治体による自己評価だけではなく第三者がマニフェストを評価するということもこれと並んで必要である。さきほど述べたように「マニフェストは政治の通信簿」であり、その最終評価は県民が行うべきである。具体的な実施機関としては、大学やNPO、マスメディアなどが考えられる。これが可能になるにはその前提としてその自治体における徹底した情報公開や説明責任を果たすことが必要になる。

6 マニフェストを政策にしていくプロセス 

マニフェストは候補者の政治的な約束であり、それを掲げた候補者が当選して就任したからといってそれが直ちに自治体の政策に位置づけられるものではない。自治体の政策として位置づけられるためにはそれなりの手続きが必要になる。佐賀県の場合には、マニフェストに掲げられた四九の項目について各項目ごとに担当課を決め、進捗状況を管理する担当セクションも決めたうえで各部局長で構成する政策検討会議に諮り、そこでの議論を経て「重点実施項目」という形でマニフェストを県の政策とした。
ただし、県の総合計画との関係においては、あえて総合計画の改訂を行わなかった。理論的には新しい政策が入ってきたわけであり、改訂をする必要が生じてくることになるが、「重点実施項目」を見てみると総合計画の内容を矛盾するようなものはなく、だとすればこの「重点実施項目」を総合計画を補完する計画と位置づければ十分ではないかと考えた。新しい政策が入ってきても改定の必要のない総合計画はそもそも問題があるともいえるが、実際には相当総花的に書き込みがなされていて、書き換えをしないと整合性がとれないとまではいえないようだった。
実際問題としては、佐賀県の総合計画が平成一三年に計画期間を一〇年間として策定されており、私が就任した平成一五年の時点ではまだ二年しか経っていなかったため、あらためてその改訂作業を行うとなると手戻り感が否めなかったし、それよりも一日も早くマニフェストを県の政策に位置づけたかった。私が就任してから五〇日間で重点実施項目は策定され、マニフェストは佐賀県の政策としてスタートを切ることになった。同時期にマニフェストを掲げて当選した知事の中ではもっともスピーディな対応だった。
もちろん総合計画の改訂を行ったところもある。神奈川県のように松沢知事のマニフェストを一年かけて総合計画に入れ込むという改訂作業を実施したところもあり、それはそれで一つの筋の通し方であると考える。
 このようにしてマニフェストは政策化され、実現にむけて進み出すことになる。

五 最後に

このようにさまざまな課題をはらみながらもローカル・マニフェストは運動として確実に広がりを見せてきている。ただ単にあれもします、これもします、というサンタクロース型の選挙公約から口に苦いものまで含んだ良薬型のマニフェストへ変化していくことににより有権者の投票行動が政策を軸とするものに移っていくことを期待したい。
最近、市町村合併を機に行われたある市の市長選挙で中心市の前市長が敗れ、その周辺の町の前町長が当選した。この当選した前町長はマニフェスト型の政策を掲げて選挙を戦い、勝利を得たのだった。そのことを告げる新聞の見出しはこうだった。

 〜「選挙は「お願い」から「約束」へ」〜

選挙のかたちがすこしづつ変わってきている。