![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 平成5年10月 Securitarian(セキュリタリアン) | |
| 「いまカンボジア選挙監視を振り返る」 | |
![]() 自衛隊・タケオ基地内にあるPKO協力本部。 現地支援チーム室でくつろぐ筆者。 ***お役所っぽい自衛隊 自衛隊についての正直な感想から言うと、何といっても思っていたより"強そう"だったということです。 研修のときからいろんな形で自衛隊にお世話になっていましたが、やっぱりああいうところに行くと、制服を着た人というのは、たのもしく見えますから。しかも日本人でしょ。安心感はやっぱりあります。 あとは、感想というと、自衛隊というのが思ったよりも"お役所っぽい"なということでしょうか。何をやるにも「実施要領」が出てくるとか、「任務の遂行」という概念だとか。 言葉遣いも最初、戸惑いましたよ。 「小柳課長は、明日タケオに向けて前進されます」というのを聞いたときは、タケオに行くのが前進ならプノンペンに戻るのは何というのだろうと思いました。これがだんだん慣れてくると自分でも使っちゃうんですね。自衛隊の言葉というのは、正確でわかりやすいんですよ。 特に聞き取りにくい電話なんかで通信をする場合など。 だから時刻なんかも「ひとろくまるまる(一六〇〇)」とか、つい使ってしまうようになる。「掌握」というのも便利な言葉でしたね。 いわゆる「警護」については、正直言って、ありがたいという気持ちとここまでしなくても、という気持ちが両方あったという人が結構いたのではないでしょうか。 だって施設部隊というのは、道を直しに来ているわけですよね。その人たちが、名目はどうあれ、実際には、自分たち(選挙監視要員)を守るために働いているわけで、装備だって、素人目に見ても、そんなに立派なものがあるわけではないのに、こんなことをしてもらって大丈夫なのかな、という気持ちが起きたとしてもそれは当然でしょう。そりゃ、自衛隊に来てもらえば安心だし、食べ物も水も情報も貰える。でも、そういうことに頼っていたのでは、日本が人並みに国際貢献しているなんていえないと思うんです。今回は、日本人が二人亡くなっていますし、はじめてということもありますから、なかなか淡々というわけにはいかなかったと思いますが、今度からはもっと普段着でやればいいのではないでしょうか。もし、それでも我が国要員を守れという声が上がるようなら、正面切ってそれは自衛隊の任務だと位置づけることが必要なのではないでしょうか。 ***事実よりもニュースを追うマスコミ まあ、マスコミに何を期待するかにもよるのでしょうが、"しょうがねえなあ"というのが一番近いかな。 彼らは事実を追っているというよりはニュースを追っているわけで、そこが我々のような「何もないのはすこぶる良し」という考え方との違いで、まあ、そこはいいとしても、やたら危ないと書いておいて、国内世論を煽るのは迷惑でしたね。こちらは41人の人間を預かっている身です。なにかあっちゃいけないと思うし、そうならないように万全を尽くしていたつもりです。ところが日本で、「あの地区は危ない」とか、「選挙に暗雲」とか書かれちゃうと、現地にいる本人は自分で事実を見ているからまだいいんですが、日本に残っている人たちがびっくりしてしまう。 「うちの子を返せ」という気になってもしかたないですよ。 ひどかったのは某新聞社。選挙監視要員の個人写真をやたら撮っているんで、「何に使うんですか」って聞いたら、事故があったときに使えるようにだって。 こんな話もあるんです。カンボジアの状況はきわめて危険であるかの如き記事を連日書いていた某新聞。現地に来ている記者がこれではかなわんと本社に手当てを申請したところ、本社の回答は「パリ和平協定は守られており、停戦合意は崩れていない」だったとか。 とにかくマスコミは危険だと書いておけば本当に何かが起きるんじゃないかと思ってたんじゃないかな。だったら、日本語で書いてもダメ。クメール語で書いて、ポル・ポト派に渡しとかないと。 ***アラビアのロレンスに学ぶ もはや、完全に過去のことのようになりつつあるカンボジア情勢ですが、あの5月下旬の、カンボジアでの投票日前後というのは毎日毎日、カンボジアのニュースが日本で報道されていて、どこの国の選挙だかわからないくらいでしたよね。 「カンボジア選挙全議席完全予測」とか「州別政党別得票率一覧」とかほとんど国内選挙と同じノリでマスコミは報道してましたからね。これで福岡政行さんが出てたら、全く衆議院議員選挙と同じですよ。それがエスカレートして、投票所で出口調査をした社まで出る始末で、さすがにやりすぎだって翌日、UNTACのスポークスマンに名指しで怒られていましたよ。 選挙運動自体は、私が前に行ったアンゴラに比べるとおとなしいなといった印象を受けました。といっても、カンボジアでも買収があるんです。ところが実際に投票するときは、政治信条に従って別の候補者に投票しているところが日本とは違うなんて話もありましたけど。 ただ、選挙後のカンボジアについて、国連や欧米の一部からはああいう形で連立を組むのはおかしいという声があがったようですが、私は、カンボジアのことは、カンボジア人が決めるのが一番いいと思います。 我々だって、よその国から、なんで七党も八党も集まって連立組まなくちゃいけないんだと言われたらコトの是非はともかく腹が立つじゃないですか。あれと一緒ですよ。 アラビアのロレンスの話がありますよね。彼は、イギリス政府の手先としてアラビアの独立運動を扇動したわけですが、その過程でやはりアラブのことはアラブにまかせた方がよいという考えに至るわけです。 そのころの言葉にこんなのがあるんです。「自分で完璧にやるよりも彼ら(地元の民)にまかせて不完全だというほうがずっといい。ここは、彼らの国、これは彼らの戦いであり、我々に与えられた時間は短いのだから」。 なかなかいいでしょ。これを実感したことがカンボジアでの一番の収穫だったかもしれませんね。 (談) |