古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
特集 市町村行政の課題 平成5年5月 「住基時報」
「"おおかみが来たぞ"と情報化」自治省税務局固定資産税課課長補佐 古川 康

1.プロローグ

 最近、新社会資本整備だとか光ファイバーだとか、何やら新しめの言葉が新聞を賑わせはじめた。情報化社会を早く到来させよとの合唱らしい。新社会資本整備というのは、どうも話の仕掛人は通産省の産業構造審議会のようだが、要するに道路、公園、下水道といった昔ながらの社会資本でなく、情報網、通信網といった新しい基盤を整備しようとすることをいっているらしく、郵政省あたりでは光ファイバーを利用したISDN(総合デジタル通信網)の整備もその一つとして考えられているようだ。
 このような「情報化」についての施策がクローズアップされたのは過去に何度かある。
とくに昭和58年はテレトピア構想やニューメディアコミュニティが出された年でもあり、当時「地域情報化元年」と呼ばれたりしたことを覚えていでの方もいるだろう。
 ところが、大方の予想に反し、情報化、とくに地方行政の一分野としてとらえた場合の情報化はあまり進まなかった。ケーブルテレビジョン放送会社はほとんどが赤字のままで苦しい経営を余儀なくされているし、時代の申し子のように言われたビデオテックスとて展開ははかばかしくない。
 「情報化、ジョーホーカ、じょうほうか」と声高に叫ばれるほど、だんだん「どーも、ホントかいな」と疑いのマナコで見つめるようになり、アクセルを踏むほど泥を深くするスタックのような状況になっていた。
「オオカミが来るぞ」といっては村人を驚かせていた少年の例のように、世間も次第に「情報化」の掛け声に踊らなくなってきていたのである。
 そこに今回、景気対策の一環としてではあるけれど、情報化の旗がふたたび掲げられようとしている。今度は本当なのだろうか。
 本稿ではこれまでの動きと今後の流れを見ながら、「現在(いま)」の情報化について考えてみることにしたい。

2.「新社会資本整備」の背景

 景気対策の柱として情報化が取り上げられ始めたのは平成4年度、すなわち昨年度である。
4年度・総合経済対策においても「情報化の推進」が柱の一つとして揚げられていた。
 これは、一つには国、地方を通じた行政の情報化が民間部門に比して遅れているという事実認識があるのだが、もう一つの、そして大きな理由として、コンピュータ業界が極めて厳しい状況下にあることがあった。
 そして、そのスピリッツが今回の総合経済対策にも受け継がれたのである。
 キーワードはl新社会資本。景気対策というと従来、いわゆる公共事業が中心で、直接、コンピュータ業界には効果が及びにくかったとして、電子工業会を始めとするコンピュータ関連業界が情報化を見据えた経済対策を要望。それが新社会資本整備という言葉にうまく乗って、ここまでやってきたといえるだろう。
むろん、従来型の公共事業がおかしいのではない。道路や公園などといった従来型の公共事業を経済対策の中心に据えてきたのは波及効果を考えると、こうした事業が最も効果があるという前提に立っているわけで、それは否定すべきではなかろうと思う。
 しかし、波及効果を待っているだけではやっていけないほどこの業界はせっぱつまっていたということではないだろうか。事実、新社会資本という概念が新聞に登場した直後、某民間シンクタンクが「経済効果としては従来型の公共投資の方が新社会資本整備よりも大きい」という内容の調査結果を発表している。
 こうした議論はともかく今回の景気対策については、国と地方を通じての情報化の促進ということが新社会資本整備という形をとって表れてきたというべきであって、その意味では「情報化新時代」の前触れといえるかもしれない。

3.そもそも情報化とは

 さきほど、かけ声のわりにはなかなか情報化は進まなかったと述べたが、より正確に言えば、いわゆるニューメディアすなわち衛星放送、ハイビジョン、ビデオテックス、CATVなどを使った地域情報化が期待されたほどは進まなかったということになるだろう。
 衛星放送はWOWWOWを見るまでもなく、ハイビジョンも一時期は、ハイビジョンが普及すると横長のものが映せるから、スポーツでは野球よりもラグビーの方がハイビジョン画面では楽しめるし、お笑いではかけ合いの漫才では画面が淋しいから玉川カルテットの人気が復活するとかいう、まことしやかな説が流れたりしたが、今や放送については欧米連合がハイビジョンとは別方式を採用してHDTV(高品位テレビ)の開発を行うことになっているし、ビデオテックスもキャプテンが一番の例になるが、端末機をお年玉付き年賀葉書の景品にしたりして頑張ったもののパッとせず、CATVに至っては全国の九割が赤字である。こうしたメディア先行型の情報化が思うように行っていないということなのだ。
 一方、OA化という、情報化のもう一つの面を見ても、こちらでは機器が使われすぎて大混乱という印象を受ける。
 みなさんの職場で、ワープロを個人持ちしていて、異動しても同じワープロで書類を作成している人がいないだろうか。同じ課の中に二つ以上の機種のワープロがあって、人によって、あっちがダメ、こっちがダメと言っていることがないだろうか。フロッピーに資料を入れてしまった結果、以前の資料を画面上にひっぱり出して探すのがメンドーで、却って昔の書類が見にくくなってることはないだろうか。ファクシミリで送られたきた資料をコピーせず、そのまま綴ったりしていないだろうか、大事なフロッピーはバックアップをとっているだろうか、などなど・・・。
 こうした基本的なことが実際の現場では守られていないことがあり、これは実態として、各職場バラバラにOA機器が導入され始め、何ら、というか、あまりこうした機器の取扱いについて研修を受けることなどもなくOA化が進んでしまっていることが原因なのだろう。こうした、中途半端なOA化がもたらした問題を、全庁的な、トータルな情報化、OA化を行うことによって解決していく必要があるのではないだろうか。
 今年も四月にたくさんの職員が異動を経験したわけだが、彼らのうちの多くが異動先のOA機器の習熟に時間を費やしているように見える。
「あれ!これ、罫線削除どーすんだっけ」とか「あの資料、どのフロッピーに入ってんだっけ」とか「あいついなきゃ、この資料直せないじゃない」という会話があちこちで交わされているような気がする。こうしたムダをぜひなくすべきであると考える。
本来はOA化というのは紙をなくすことをめざしたハズなのに、相変わらず紙の使用量は増え続けている。財政課に対する予算要求がペーパーでなくフロッピーになったという話も残念ながらまだ知らない。今のところ、OA化のメリットは、宴会の案内がワープロで見やすくなったということに留まっているという見方さえなくはないのだ。

4.望ましい情報化とは

 だから情報化は、ただニューメディアを入れるとかOA機器を使うことが目的なのではない。人と人とのコミュニケーションをよくするための道具に、いかにメディアや機器を使うかということなのだ。
 たとえばこういう例がある。ある町で図書館を造ることになって、町役場ではハイビジョンホールやLDソフトなどの充実したいわばハイテク図書館なものを造ろうとした。ところが住民アンケートをしてみると、住民はそうした新しめのことよりも、子どもが安心して本を読める、楽しめる環境にしてほしいとか、ちょっとした会合のできる会議室がほしいとか、喫茶店があったらいいという意見がたくさん出たのである。
結局、町では、もともとの町の案に住民の案を反映させて、ハイテク+ハイタッチの図書館にすることにしたのであるが、このようにメディア重視ではなく、いかに心地良い空間、環境を提供するかという発想がベースにあるべきで、そのために必要に応じてニューメディアやOA機器を使うということを忘れてはならないだろう。
 そこで自治省では、住民が使える、住民の生活を豊かで便利にするいくつかのシステムについて、これを全国標準化して、普及させていこうとしている。それがコミュニティ・ネットワーク構想であり、公共施設予約・案内システム、図書館情報ネットワークシステム及び地域カード(ICカード)システムの三システムについて全国どこの地方公共団体でも利用可能で、しかも他団体と共同して利用することもできるようにという前提でシステム開発を行っている。次にそのシステムの概要について見ていくことにする。


5.コミュニティ・ネットワーク構想

(1)公共施設案内・予約システム(図1)
 市町村が管理しているグラウンド、テニスコート、体育館はどの体育施設や文化会館、公民館、会議室などの文化施設、さらには宿泊施設などの利用について、電話やFAXや街頭の端末で案内(ガイダンス)が受けられたり、予約ができるシステムをいう。予約が多すぎる場合には抽選もできる。
近年、市町村は単独事業等によりこうした施設を数多く有するところとなっているが、いままで住民はそういう施設を利用するためにわざわざ仕事時間中にその施設まで出かけなければならず、そこがだめならあそこと、本来自由時間活用のためにこうした施設を利用することとしているのにもかかわらず、利用の申込みのために、時間と手間がかかっているという皮肉な結果を生んでいる。いわば、そうした時間を住民の手に取り戻すためのシステムであるといってもよいだろう。

(2)図書館情報ネットワークシステム(図2)

 これは、図書館同士をネットワーク化し、自分の館にない蔵書を相互に検索したり、貸し借りしたりするシステムである。図書館の設置は着実に進んではいるものの、なかなか住民のニーズを満たす蔵書を一館で確保するのは難しい。ところが、ネットワーク参加館同志での蔵書の検索や、相互の貸借が可能になれば住民としても図書館の利用範囲が広がることになる。実際には相互検索、貸借といっても民間の取次業者が使っているMARC(その本の書誌情報をコンピュータが読めるようにしたもの―Machine Readable Catalogue)が業者ごとに異なるということをはじめ、さまざまな問題があるが、これを克服しつつ、ネットワークの構築が進んできている。
 将来的には、たとえばネットワーク参加館が役割分担をすれば、A市は美術を重点的に、B町はスポーツ、C村は文化財というふうに特色ある図書館にすることができる。
どこの図書館に行っても同じような蔵書が中途半端に並んでいるという状態よりは、はるかに理想に近い図書館のあり方になる。住民にとって、より使い途のある図書館とすることができるのである。ちなみに町村部では未だに図書館設置率は四割程度と低い。今後の図書館整備は町村が中心となって来るだろうが、その際、自館ですべてワンセットにしようとせず、このようなネットワークに参加することを前提にすることが、経費面からも特色としてもいい図書館たるために必要になるのではないかと考える。

(3)地域カード(ICカード)システム(図3)
 ICカードというカードの中に情報を格納して、それを医療、健康管理、各種申請書の作成といった分野で活用していこうというシステムである。
ICカードというのは、一枚のカード(キャッシュカードのイメージ)に磁気ストライプ(黒い帯のようなもの)ではなく、小さな正方形のICチップを埋め込み、そこで情報を出し入れするもので、これを地方公共団体が主体となって発行し、たとえばカードを差し込むだけで各種申請書が自動的に作成されたり、医療機関における検査結果や投薬情報をICカードに入れ、医療の参考にしたり、血液型、アレルギー等をあらかじめICカードに入れておいて、救急車の中に、その情報を読み取ることができるICカードリーダーを置いておき、傷病者等の応急手当の際の手助けに使うことができたりとさまざまな用途に使うことができるものである。そして、このICカードを使えば、住民は自分の健康や安全といったものをより確かに守ることができるようになるのである。

6.エピローグ

 一般論から急に具体論になったが、こうした例を見てもわかるように、情報化を進める材料は身近なところにたくさんある。ハードの方も、初心者でも扱いやすいものがたくさん出てきているし、ソフトの方もコミュニティ・ネットワーク構想に見られるようにメーカー依存でなく、マルチ・ベンダー型のオープンなものが増えてきつつある。
 ひょっとしたら、今回の情報化の波は、本物になるかもしれない。
 オオカミ少年の話だって、いままでウソをついていた人間でもたまにはホントのコトをいう教訓としてとらえることだってできるかもしれないのだから。