古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
1996年 地域政策フォーラム Vol.2
「これからのおみやげは旅行者ではなく生活者が見い出す」 杠 玄照

伊丹十三監督の映画「スーパーの女」の中に、安売りスーパーの食肉担当が「輸入肉の中でも上質のものは和牛として売れ」と指示するシーンがあった。
たしかに輸入肉の中には和牛と区別がつかないほどおいしいものがある。
まして全国各地の特産品としての和牛を、これは米沢牛、これは佐賀牛と見分けられる消費者はそういないだろう。
 特産品というのは、もともと地域の原料、材料を使ってつくっていったものだ。だからそこでしか生産できないものだった。しかし、いまや、沖縄で売っているサンゴ製品は沖縄産でなく高知県産が圧倒的に多いし、信州特産の野沢菜のいちばんの産地は徳島県であるといったふうに、材料、原料の点から言えばとっくに「特産品」という概念は消えつつある。
 一方で、新しい特産品も出てきつつある。たとえば、福島・喜多方のラーメン、宇都宮のぎょうざのようなものだ。これらは、これまでの特産品とは大きく違う点がある。
それはおみやげとしてではなく、地元の人がそれをおいしいと評価し、楽しんでいるところだ。
つまり、一時的な旅行者相手ではなく、その地域に住んでいる人の目に耐えてきたものなのだ。
 これまでの特産品の中には、観光雑誌、観光協会のパンフレット、そして、おみやげやだけでしか通用しないものがけっこうあった。これからは、旅行者だけではなく、地元の人が楽しんでいるものをこそ広めていくべきではないだろうか。
 いわば旅行雑誌に載っているものではなく、タウン誌に載っているものを、ということだ。
国産小麦粉100%の天然酵母のパン、スイス・ブラウン牛からとれた牛乳を原料にしたチーズ、季節限定の生チョコレート、タクシードライバーご用達のラーメンやさん。
 かつては材料、原料がその地域でとれたということが特産品の条件だった。
でも、いまは、作る人がそのまちにいて、そこに住んでいる人がそれを評価しているということこそが、特産品のあかしであるといえるのではないだろうか。