![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 地域政策 1999 Spring 平成11年4月 | |
| 「交流」と「直流」 | |
| 自治大臣官房企画室環境対策企画官兼地域振興券推進室副室長 古川 康 1.船が座礁した時、町長は・・・・・・ あまり全国ニュースにはならなかったので知らない人も多いと思うが、三月上旬に青森県の日本海側にある漁業の盛んな深浦町の沖合いで貨物船「コリンズ号」が座礁した。オーナーは香港在住の韓国人である。あなたがそこの首長だったらまず何をするだろうか。 平沢敬義町長のとった対応は「まず油を抜き取ることの指示」だった。 放っておけば油が海に流出し、それによって「深浦の魚は油臭い」などという風評被害が生じる恐れが十分にあったからだ。 「費用は場合によっては1,000万円くらいかかると思っていました。そのときは特交をお願いするしかないと覚悟して、まずオーナーに連絡をとりました。勝手に油を抜いたのでは後で問題になりますから。とにかく油は抜かさせてもらう。費用はそちらで負担していただく。よろしいか。と話をしたのです。そして、油の抜き取りを直ちに実施しました。おかげで風評被害が出ずにすみました。誰がやるべきかという哲学論争をやっているうちに油が広がったのでは何にもなりません。それによって一番損害をこうむるのは他ならない町民ですからねえ。幸い、費用の方も保険金で出ることになり、村の負担は減りました。特交のお願いをしなくてすみました。」と町長は笑う。 コリンズ号は今もなお、深浦町に接岸したままだが、最悪の危険だけは脱したということができるだろう。 深浦町は今年地域づくりの自治大臣表彰で表彰された団体である。 「世界遺産である白神山地を控え、JRとタイアップさせた"リゾートしらかみ"を運行する等で地域のイメージアップに成功している」と調書にあったが、正直言ってそれほど期待せずに訪れた三月上旬の現地訪問で、いきなりこのコリンズ号事件に僕が遭遇したのだ。 このほかにも、白神山地を一望できるモノレール(ロープウェイでなく)を作り、その電力源として風力発電をやろうとしていることや、多摩美術大学の関連施設を立地させて海と風と空を楽しめるガラスアトリエづくりを目指している等々一つ一つの話が実におもしろい。 さらにびっくりしたのが「ゆず」のことだった。 深浦町はわかめの産地でもある。ところが形の悪いわかめはどうしても商品価値が落ちる。それではと役場の職員が発案して、わかめの形をくずしてそれをつるつるにした麺のような食品にして売り出すことにした。 名づけて"つるつるわかめ"。そのままのわかりやすいネーミングである。これが大いに受けている。間もなく機内食のメニューにも登場する予定だという。そこにゆずが登場する。 もともと東北地方はあまりぽん酢しょうゆを使わない地域なのだが、つるつるわかめを食べるにはやはりぽん酢があう。そこでいろんなぽん酢しょうゆと合わせてつるつるわかめを食べてみた。 イベントで何種類かのぽん酢を並べてどれが評判いいか比べたこともあるという。その結果、圧倒的に支持を受けたのが高知県安芸郡馬路村(うまじむら)農協が作っているぽん酢「ゆずの村」だったのである。 この村のことについてはかねてから友人の大歳昌彦さんがほれこんでいて、日本経済新聞社から「ごっくん馬路村の村おこし」という本を出していたので知っていた。さらには馬路村で3月20日から22日にかけて全国から地域づくりに興味のある人々が集まってイベントが開かれることになっていて僕もそれに参加することになっていた。 窓の外に日本海の荒波が打ち寄せる青森県の深浦町で、このような話を聞くとは思わなかった。 町長は語った。「あまりにぴったりなんでお互いに売ろうじゃないかといってるんです。深浦町は"ゆずの村"を売る、馬路村は"つるつるわかめを"売る、相乗効果でしょう。そしてこの二つの産品が結びついたということで両町村で結婚式を挙げようかと思ってるんです。なんなら私はウェディングドレスを着てもいいし(注:平沢町長は男性である)。せっかくだから青森の浜辺の町と高知の山あいの村がこういう形で結びつくというのを大々的に宣伝したいと思っているわけなんです。 仲人はやっぱり「ゆず」(横浜出身の男性二人組みの音楽グループ)にお願いするのかなあ」。 僕は圧倒された。馬路村の名前が出てきたのもさることながら、こうして地域の産物同士が東京というチャンネルを通さずに直にインターローカルな交流ができていっていることを肌で感じることができたことがその100倍ぐらいうれしかった。あまりのうれしさに、モデル時代の鈴木京香が使われていた深浦町のパンフレットを見るのを忘れてしまったのが残念だったが。 2.馬路村で心もカラダもホッカホカ 平沢町長から、この「結婚」についての公表の許可をもらい、3月20日、僕は馬路村のイベントに参加するため馬路村に入った。人口1,300人ながら、ゆずの加工品年商が平成9年で18憶3,000万円、平成10年には、この不況下で20憶7,000万円なったというところである。 主役は農協、そこに東谷(とうたに)望史さんという震源地のナマズのような人がいる。 ぽん酢しょうゆは「ゆずの村」、ゆずのジュースは「ごっくん馬路村」という名前である。ドキドキするようなネーミングである。そういうネーミングも含め、トータルでサポートしているのが高知市内にあるデザイン会社のアークデザイン研究所で、写真は地元の写真家中島健蔵氏。もうローカルに徹していて、しかも抜きん出ているのだ。 各地に「交流」施設と名前のついたものは多いけれど、ほとんどの施設が都会から田舎に来る人を受け入れているだけの「直流」施設になっていないだろうか。 150人を超えるその会で、各地からの参加者、そして村の人たちと遅くまで酒を酌み交わしながら久々に「交流」を体感した。 |