国際文化研修 2005年春号 
vol.47 発行:全国市町村国際文化研修(JIAM)
発行日:平成17年4月15日
Essay『明日に架ける橋』を聴きながら   佐賀県知事  古川 康

まずはこの文章を読んでいただきたい。
BGMはサイモンとガーファンクルの『明日に架ける橋』で。

何かにつまづいたり
くじけそうになったとき
このことを思い出そう
この歌を聴きながら

わたしたちが住んでいる
この地域(ふるさと) は
わたしたちが良くすることも
悪くすることもできる

それはわたしたちの選択なのだ
私があなたを選んだように
あなたはこの地域(ふるさと)を選んだ

「生まれたところだから」
「育ったところだから」ではなく
たった一度しかない人生の通り道として
必ずポジティブな選択として選んだのだ

自分では気づいていなくても
人間の選択は必ず良い結果を
期待しないものはないのだから

もし この地域(ふるさと)を良くしたいと
思っているならば
今すぐ始めたらどうだろう

モーツァルトは7 歳でシンフォニーを書き
清原和博は22歳でオールスターの4番になった
森敦は60歳で芥川賞を受賞
新人作家としての第一歩を踏み出し
スイス人オットー・ブッカーは99歳でホールインワンを記録している

「まだ早すぎる」「もう遅すぎる」ことは決してない

こういうこともある
王貞治は868本のホームランを打ったが1319回三振した

アブラハムリンカンは
第16代アメリ力合衆国大統領に就任するまでに4度落選した

チャレンジしない者に得られるものはない
やってみたうえでの失敗は経験になるが
何もしなかったことは顔と心のしわを増やすだけ

少しずつ 少しずつでいい
ポコ・ア・ポコ
地域(ふるさと)のことを考えよう
好きになろう
そして行動しよう

僕がいて 君といて ここにいる

私が好き あなたが好き そしてここが好き

こういう気持ちで何かに取り組んだとき
文化勲章やノーベル賞はもらえなくても
友人からの励まし 握手 あたたかいお風呂
タ日のすばらしさを
わたしたちは手にするだろう

だからわたしたちは
そういうわたしたちでありたい
「故郷(ふるさと)は遠きにありて思ふもの」
と言った人もいたけれど
今 わたしたちは胸を張って
「地域(ふるさと)は近くにありて 創るもの」だと言いたい

ここにそう宣言します

これは今から10年くらい前に、長野県内の地域づくり団体が集まる「地域づくりフォーラム」で発表されたものだ。そのころ僕は長野県地方課長。このフォーラムの実質的な責任者でこのメッセージの作者ということになっている。

過疎地である信州の山あいの村に都会から嫁に来た女性と彼女の夫の二人での掛け合いという形で披露されたこのメッセージはその後も長野県では、地域づくりのひとつのシンボルのようにして使っていただいていると聞く。

これは、僕が、そのころ地域づくりや人生について語られていたいろんな木や論文を探し出して、その中に自分の主張も織り込みながら完成させたものだ。『アメリカの心※』という本はとくに参考になった。だから古川康「作」ではなく、「編」が正しい。いずれにしてもこれが今も語り継がれているのはとてもうれしいことだと思う。
僕はよく「ふるさと]と「連れ合い」は似ている、と言っている。自分のふるさとのことを「何もない所だ」などと、あまりよく言わない人が時々いる。また、自分の人生の同行者のことを「あの人はタテのものもヨコにしないんだから」などと言う人も、これまた存在する。

しかしそれは自分が言うから許されるのであって、よその地域の人から「おまえの所の地域は何もないじゃないか」と言われると腹が立つし、「あんたのダンナはこう言っちゃ悪いけど、ぱっとしないね」と言われて喜ぶ妻はいない。

みんな実は誇りにしたい、自漫したい、そういう気持ちを持っている。それがナチュラルな心の動きなんじゃないだろうかと僕は思う。

そのことをこのメッセージに込めたかったのだ。
地域づくりはそういう気持ちの延長線上にある。そしてその先にあるのが国際理解ではないだろうか。

※『アメリカの心』(株式会社学生社発行、訳者/岡田芳郎・楓セビル・田中 洋、1987年初版発行、ISBN4-311-70008-3)
著者略歴
古川 康(ふるかわ やすし)
昭和33年佐賀県唐津市生まれ。

昭和57年東京大学法学部を卒業、同年自治省に入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを歴任。平成15年、日本ではじめてマニフェストを掲げ佐賀県知事選に挑戦、同年4月、全国で一番若くして知事に就任。「オープン」「現場」「県民協働」をキーワードに、「新しい」こと「正しい」ことに挑戦する佐賀県政に取り組む。地方分権新時代を迎え、住民本位の三位一体改革論や東京だけを肥大させない道州制を提唱。