![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 地域づくり9月号 1993年9月(5) | |
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| 国際化の意味を履き違えていませんか まず自分たちの地域のことを学ぼう | |
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| 当世流行の国際化については、ひとこと言いたくなるというもんだ。 八月号でカンボジアの話が出ていたついでに、国際化についてもう少し、実例を挙げながら考えてみたい。 香典ってなに!? こういう例がある。 ある英語指導に来ているアメリカ人が自殺した。精神的なことが原因だったということだが、町長はじめ周りの人が気を遣って、まず、アメリカの親元に、日本に来る意思があるかどうかと連絡した。 日本では、理由はどうあれ、何か事故があれば親が現地に出かけるのがふつうである。町側の連絡ももっともだったといえるだろう。先方では、死んだ子供が生き返るわけでもなしと、現地入りはしないことにした。それはまあよいではないか。 ところがそこで問題が起きた。町長は、ご両親が来られないのならと自らアメリカに飛んだのだが、その際、香典を持参していったのである。かの国では香典という習慣がなかった。親にしてみれば、自殺した子供の雇用主がお金を持ってわざわざアメリカまでやってくることの意味が理解できなかった。「娘は本当は自殺ではなく、殺されたのではないか」と疑い、一時は訴訟になりそうになったという。 こんなとき、大事なことは自分たちの地域の慣習やしきたりをきちんと説明できるようにしておくことだろう。「『なぜ、人が死んだら周りの人間が金をだすのか』と聞かれたら、なんと答えればよいのでしょうか」と話に来た町長に僕はこう答えた。 「『地域社会の助け合いです。あなたがたアメリカ人は生命保険や損害保険に世界一加入している国民ですが、日本は違います。多くの人びとはそうした保険に加入しながらも、お祝い事や不幸があったときには、みんなでお金を出し合い、出費の足しにしてもらうという伝統があるのです。このことは、都会で地域社会の伝統ではなくなりつつありますが、会社という新しい組織がやはり同じようなことをやっています。わが町は、比較的日本の伝統の残っているまちですから、お子さんが亡くなられた、しかもこういう唐突な形だということで、思いも寄らない出費を強いられているに違いないと思い、みんながお金を出し合ってくれたのです。このことは、あなたのお子さんが地域社会の一員として仲間に認めてもらっていた証でもあるのです』とでも答えたらどうですか」。 ピカソを語れなきゃ国際化じゃない!? 僕としても半分デタラメの説明であることはわかっていたが、それくらいでも、何も言わず黙っているより二百倍くらいはましだろう。 国際化の基本は、まず、自分たちの地域のこと、国のこと、そしてそれらの歴史や文化をきちんと理解することから始めなければならないと僕は思う。モーツァルトやピカソについて語れないことを恥ずかしく感じるのではなく、お茶もお花も知らなければ、歌舞伎も文楽も観たことがない、ましてや地域の歴史や文化について誇りもなければ興味もないことこそ恥じるべきだろう。 国際化を、言葉がしゃべれるようになること、西洋文化について知ったかぶりをすることと誤解している向きがとても多いような気がするのだ。 七時閉店は活気なく日曜休業はゆとり!? 次に、西洋偏重の例を挙げよう。 去る高名な評論家殿が、ある地方都市に講演に来られ、「このまちには活気がない。商店も夜七時に閉めているようでは若者は定着しない」と言った。その約五十七秒後に「ヨーロッパでは日曜日は商店は休み。日本もこれくらいはゆとりが欲しい」とのたもうたことがあった。夜の七時に店を閉めているのは地方都市の活気のなさの表れであり、日曜日に店を開けないのは、活気がないのではなく、ゆとりがあることなのだと言うかの評論家の理屈は、少なくとも僕には全く理解できなかった。 日本のムラ社会の掟はダメ 米のボランティアは礼賛!? 許しを得て、僕の友人の例を挙げる。 彼は、東京の人間なのだが、これからは田舎の時代だと信州に引っ越した。ところが、引っ越した先は、昔からの約束事にうるさいところだったらしく、日曜日に道ばたの草を刈れとか、お祭りの寄付をしろとか、そういうことをいろいろ言われ、「道ばたの草を刈るのは、自治体の仕事であり、住民がやる必要はないではないか。また、祭りの寄付の強要は、宗教の自由に反し、無効」などと最高裁みたいなことを言い残し、自由の地アメリカはサンフランシスコに飛び出してしまった。それはまあいい。 その彼を訪ね、僕がサンフランシスコに行ったときのことである。奥さんがいないのでどうしたのかと尋ねたところ、彼は得意げに「彼女はいま、地区の図書館にボランティアに行ってましてね。地区の住民が交代でやっているんですよ。さすがアメリカはボランティア精神が発達してますよ。日曜日は協会のバザールです。こういうことに参加しとかないとね。住民だって認められないんですよ、アメリカじゃ」と言う。 おいおい、ちょっと待った。地区の図書館のサービスは自治体の仕事じゃないのかよ、教会のバザールに参加しなきゃ村八分ってのは信教の自由に反しないのかよ、と言ってみても彼はピンとこない様子だった。 同じことだと思うのだが。日本だろうが、アメリカだろうが、住民としてやるべきことをやらなければ一人前の住民としては認められないのはあたり前。それを彼は、日本のムラ社会の掟は受け入れがたく、アメリカのそれは手放しで礼賛しているのだ。 こうした例はけっこうある。 姉妹都市は日本側の片思い!? 要するに僕としては、いま巷で流行っている地域の国際化というものがどうもおかしくないか、と気にかかるのである。地域の国際化の代表的施策に姉妹都市提携というのがあるが、それだって、にこにこして握手して、「ハロー」と「サンキュー」でおしまい、というのでは国際化施策の名が泣くだろう。だいたい姉妹都市提携はなぜかカネがかかる。向こうから人を呼ぶと言っては予算要求し、こちらから行かなければと言ってはカネをくれというのはどうも不思議で仕方がない。要するに相手方はあんまり興味がなくて、こちらからの片思い的姉妹提携なのではないかと思ったりしてしまう。 とにかく摩訶不思議なる地域の国際化、近いうちに、いわゆる外国人問題を取り上げたい。 |
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| 杠 玄照とは古川 康のペンネーム 杠 は、佐賀の特徴的な苗字なので、佐賀の人間だということをさりげなく表現しています。玄照 は「玄界灘を照らす男」という意味で気概に満ちたネーミングです。 |