![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 地域づくり6月号 1993年8月(4) | |
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| PKO・選挙監視は、地方公務員にとって一つのフィールドとなりうるように思うが、それにつけても気になるいくつかの話 | |
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| カンボジアの選挙監視が無事終わった。日本からは、この選挙監視に41人参加し、うち13人が地方公務員であった。とにかく無事だったこと、そして任務をきちんと果たしたことは何よりだった。傍で見ていた者としては、この派遣前の状況で、よく行くことが決意できたなと思う。マスコミは故中田氏および高田氏の事件のことなどもあって、そのほとんどが派遣について反対だったし、職場でも家庭でも周囲を説得するのは容易でなかっただろうと思う。それを乗り越えての派遣だったことを考えれば、この41人は実にタフガイだったといるだろう。 ホントは地方公務員はもう少し派遣される筈だった。それがこの数字になったのには、いくつか理由がある。 まず、いくつかの自治体ではいち早く職員を派遣せずとの方針を決定したことだ。これはこうした問題に対するその地域独自のポリシーの表れだといえるだろう。 もう一つは、職員の中から候補者を選定してその候補者を事前の研修に参加させるところまでは行ったものの、土壇場で派遣せずとの方針を取った団体があったことだ。派遣せずとの県の方針に対し、何とか参加したいという意見を持っていた人も何人かいたようだが、結局、本人が辞退したという形になった。無論、最終的にはそうだったにせよ、このことについては何となくわりきれないものがある。 私は県が彼等を引き止めたであろうことを批判しているのではない。雇用者としての職員の安全が十分に確保されていなければ、派遣しないのは当然である。そして今回の場合、派遣すべきか否か決定する時点で分かっていた情報が、そういう決定をするのに十分だったかどうかは議論の分かれるところである。だから、ある団体では職員を派遣することとし、ある団体は派遣しないこととしたことについては全く問題がない。しかし、その判断は、当該団体が下した判断であって、それを「本人の意思」とされたのでは、他の候補者と一緒に研修を受け、仲間となっていた彼等はたまらないのではないか。 彼らのうち2人は、要員が出発する時、わざわざ成田まで見送りに来ていたという。そしてそのうちの一人は「僕はカンボジアには行けないけど、せめてこれだけでも一緒に連れていってくれ」と言って自分の写真を何人かに渡したという話を聞いた。それが表向きには「辞退」したことになっているのでは、彼等に申しわけないではないか。 日本の選挙監視は、カンボジアで終わるわけではない。次回、たとえばモザンビークで来年の秋ぐらいに選挙が行われるとしたら、その時は、ぜひ今回、そういう思いをした人たちに行ってもらいたいと思う。 しかし、そういう問題はあったにせよ、某省高官の「組合が強い自治体では選挙監視に人が出せなく困る」という趣旨の発言は、"内政干渉"もはなはだしい。今回はたまたま全員無事帰国できたが、そうならない可能性だってあったわけで、そういう場合に職員を派遣するかどうかというのは高度な総合的判断があって然るべきである。要するに自治体側で決定したことに対し、国(実は、外務省なのだけれど)がアレコレ言えるものではないのだ。 私は、PKO法に基づく(基づかなくても選挙監視はできるのだけれど、一応基づくことにしておく)選挙監視要員の派遣に基本的に賛成である。危険性を含め、欠点はいろいろあるが、少なくともバーデンバーデンに行って「温泉を活用した先進事例研究」と称して二階の混浴のサウナでニヤついているような視察よりも、はるかに国際的なセンスが身につくと思う。 何が良いかというと第一には国際連合の実態をかいま見ることができる点だろう。 The United Nations というのは、日本語では「国際連合」と訳されているが、中国語では「連合国」である。第二次世界大戦そのままである。日本では戦後、英語では同じ単語なのを「国際連合」と超意訳し、まるで神の如く持ち上げてしまった。ところが残念なことに国連というのはそんなに立派なものではない。新聞でもよくUNTACの仕事の出際の悪さについて要員から不満が出ていると報じられていたが、UNTACに限らず国連と仕事をすれば、大体そんなものである。この誤った国連信仰を排し、より現実に近い認識ができる機会は少ないだけに貴重である。 第二は当該地域・国に対し役に立てることであろう。視察先で質問と資料要求ばかりしているのとはわけが違う。 第三は金がかからないことである。 PKO法に基づく派遣の場合、要員は全員一時的に国家公務員となる。だから県の派遣経費は不要である。今回の場合、任期が6月11日までで、各県のボーナス支給の基準日である6月1日時点では国家公務員であるため、6月のボーナスも国が支払ったという。 ただ、今回、マスコミの報道ぶりはかなり過剰だった。逆に報道すべきことを報道しない例もあった。たとえば故高田氏を含む車列が襲撃された時、護衛についていたオランダ海兵隊が反撃したのかどうかということを、ほとんど報道していない。オランダ海兵隊は、PKO法上の制約もなく「警護」も「巡回」ももちろん、「攻撃」も可能である。一台目にいたオランダ兵は誰も死亡せず結果的に逃走し、日本人要員に被害が集中した。これについて「オランダ海兵隊の責任はどうなのか」ということがなぜ国内で大きな議論にならなかったのか理解できない。もし彼等が発砲、反撃していなかったとしたら、これはもう国際断絶になってもおかしくない事態なのだ(実際は反撃している)。 マスコミの話をもう一つ。連日のようにカンボジア全土が戦場であるかの如く書きたてていた、某新聞社の現地駐在員が、このままではやっていけないと、本社に危険地手当の支給を要望した。ところが本社からの返事は、「パリ和平協定は守られており、PKO五原則は維持されている」という、どこかで聞いたような答えだったという。 とにかく無事のご帰国おめでとう。 |
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| 杠 玄照とは古川 康のペンネーム 杠 は、佐賀の特徴的な苗字なので、佐賀の人間だということをさりげなく表現しています。玄照 は「玄界灘を照らす男」という意味で気概に満ちたネーミングです。 |