![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 地域づくり6月号 1993年6月(3) | |
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| 高校入試の偏差値もさることながら地域づくりのランキングというのもどうもピンとこないぞ | |
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ランキングというのは何事につけ気にかかる。わが福岡ダイエーホークスがいま第何位かということから、「女の子がイヤだと感じる男のしぐさワースト3」ということに至るまで、とかくランキングというものは人の興味と注意を呼ぶ。 だから日本の中で自分の住んでいる地域(都道府県)が何番目にランクされるかということになれば、それ自体興味をそそるし、ましてやそれをお役所がやったとなれば、権威と信憑性が出てきて、聞き捨てならないことになる。 それをやったのが一昨年の国民生活白書だった。これは、各地域における生活のしやすさを、収入から始まって、持ち家の比率、通勤時間などの指標を指数化し、総合的に暮らしやすさを評価してみようという試みだったのだが、少なくともこうしたことに対する国民の関心を高めるということについては成功したようにも見える。あくまでも試算というか参考といいながらも、そのランキングは勝手に独り歩きをはじめ、第一位の山梨県から第四十七位の千葉県までそれぞれの地域を一喜一憂させたのである。 こうしたランキングは、上位にランクされたところよりは、そうではなかったところにインパクトを与えるものだ。すべての都道府県に順位を付ける以上、どこかの都道府県が狙わなければならない最下位の地位を占めることになった千葉県では、県知事が「ホントはうちの県は金持ちなのに分かっていない」と反論していたが、千葉県にしてみれば、国が勝手に「千葉はビリ」という烙印を押したことになるわけで、知事が文句を言いたくなるのもムリからぬところではある。 その全国地域別ランキングのことについて言うと、国民生活白書によるランキング以前からも、そしてそれ以後も、いろいろなところがランキングを出しているのだが、総じて日本海側や長野、山梨といった県のランクが高く、大都市近辺の千葉、埼玉といったところが低く出ている。 そのランキングで、いつも暮らしやすさ上位にランクされる日本海側のある県の人があるときこう言った。「こういうランキングで上の方ににあるのは嬉しいんですけれど、上の方の県ってだいたい若者流出とか、過疎とかに悩んでいる県が多いんですよね。そして都会は下の方でしょ。あれ、田舎度ランキングみたいな気がしちゃうんだよなあ」。 さらに彼は言う。「だから理想のランキングというのは、うちの県とかいくつかの県が上位にあって、その次に東京なんかが来て、そして、下の方にもやはりどこか地方の県がいくつかあるというパターンなんですけれどね」。 その気持ち分かるような気がしないでもない。実は暮らしやすいところのはずなのに、なかなか若者定住という結果に結び付いていないところに、こうした最近のランキングが話題になりながらも実感とちょっと離れたものになってしまっていることを感じてしまう。 そこで思うのだが、今必要なのは、暮らしやすさのランキングではなく、若い人たちがこの地域で暮らしていこうという気持ちになるランキングなのではないだろうか。どういう指標をとるのか、何に重きを置くか、いろいろ難しいところもあるが、たとえば、 ・大きな本屋、CD屋があるか(新聞の書評に載った本が何割そこにあったかということを指標にしてもいいし、もちろん在庫が何万点あるかというのでもいいだろう) ・民放テレビが何局あるか(免評で判断するのではなく、実際に見ることができるかどうか) ・コンビニ、ビデオ店がどれくらいあるか ・いわゆる女性誌をはじめとする雑誌やTVで取り上げられた店の数や旅行雑誌に取り上げられた記事の数 といったことが考えられないだろうか。 これまでこうしたことはあまり重要視されてこなかった部分があり、もちろん本屋やCD屋なんていうのは、基本的には民間に委ねる部分が多いから、ある程度は仕方がないのだけれど、観光施設やスポーツ施設だって都会なら民間にやってもらうべきところを行政が主体になって整備しているではないか。最近、行政が一所懸命に作ってきた観光施設やテニスコートだって以前は民間がやるべきだという議論があった。それを地域振興のためにはこういう施設が必要で、しかも民間でやろうにも、この地域ではペイしないためやるところがないからと言って、そういう事業を行政が手掛けることを正当化してきているのだ。CATVだって行政が事業主体になってやっているところがいくつかある。 「本屋やCD屋なんて、そんなものはいらない」という意見もよく聞くが、役場が帰ってきてほしいと思っているような人間には、そういう文化的基盤をとても重要視する人が多いのだということを忘れてはならない。むろん、そういうためではなく、そこに住む人たちにとっても大いに意味のあることなのだし。そういう意味で最近、大分県の耶馬溪町の「わかば書店」をはじめ、市町村営の書店が出てきているというのは注目に値するように思う。 さらに地域からの情報発信についても、いい情報を、いい形で出していくことに意味がある。地域からの情報発信が大事だというのはとかく言われていることなのだけれど、新宿でチューリップを配ったことがTVで報道されて広告換算三千万円ですなんて言われて喜んでいたって、それを見たたとえばその県の大学生は、「うちってチューリップしかないんだよな」と思うのがフツーである。 とかく、事故と犯罪と災害以外が地方発の情報となりにくい現在にあって、チューリップを配りましたというのも大事なことなのは分かるけれど、この際、もっとしたたかに、もっといやらしく情報操作をし、、「魅力あるわが県」ということを擦り込んでいく必要があるのではないか。そのためにも、いま挙げた項目などを参考にして、自分たちの地域がどれくらい若い人たちにアピールするものなのか、一度調べてみたらどうだろう。 今までの地域づくりが、ややもすれば為政者側からの発想に立っていた部分があったのに対し、若い人たちが、喫茶店や飲み屋でどういうことにグチをこぼし、何を自慢に思っているのかということの中から、新しい行政課題を見つけていくというアプローチが、まさに必要になっているのではないだろうか。 |
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| 杠 玄照とは古川 康のペンネーム 杠 は、佐賀の特徴的な苗字なので、佐賀の人間だということをさりげなく表現しています。玄照 は「玄界灘を照らす男」という意味で気概に満ちたネーミングです。 |