古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
地域づくり4月号 1993年4月(1)
杠 玄照のからくち自治時評
地域づくりというけれど、もっと根本を考えてみないか


四月はちょっとだけイヤな月だ。

また今年も自分の生まれたところを離れて東京あたりで生活を始める学生や社会人一年生が全国で数十万人四月に誕生する。

大学や企業は東京に集中しているから、首都圏の数都県と若干の府県以外のほとんどの道県では、三月から四月にかけて若い人の転出が相次ぐ。平成二年の国勢調査では五年間のうちに県全体で人口の減ったところが十八道県にもなっていて、そういう県では若者定住が県の重要施策のひとつになっている。このことは市町村でも過疎化をはじめ、涙ぐましい努力を傾注しているところが多い。そういう県や市町村では、四月にどれだけの若者が転入し、また転出していくかというのがまるで地域づくりへ通信簿のようになって表れてくる。春の人口異動結果に一喜一憂する関係者の姿を見るにつけ、何か、どこかオカシイと思わざるを得ず、そこで少しだけイヤな気持ちになるのだ。全国には大学と名のつくものが千七十三あり、そのうちの27.7%が首都圏に集中している。これを学生数に直すと全国の学生の42.6%が首都圏にいることになる。この数字は専門学校や予備校を入れればもっと高くなるのだが、ともかくもひとつの都市でこれだけ若者を集めてしまえば他の地域で相対的に若い人がいなくなるのは当たり前である。

つまり多くの県では高校卒業者がごっそり他県、ことに首都圏に持っていかれてしまっているのである。これをイタイといわずして何といおう。

日経産業消費研究所が調査した若年層の流出入率数字が手元にある。一九八〇(昭和55)年に十五歳だった若者人口と十年後の二十五歳人口一九九〇(平成2)年の割合を国勢調査から調べたものであるが、これによれば最も若者が流出した率が高かったのは島根県で36.73%、次いで鹿児島県36.35%、以下秋田県、長崎県、青森県と東北、九州のパレードが続く。注目すべきはこの流出入率がプラス、つまり流入になっている県で、一位はむろん東京で39.6%。次いで神奈川県、千葉県、埼玉県と首都圏が10%を超えている。愛知県は7.4%で五位、そして大阪府が6.59%と六位である。つまり、東京都と島根県で中学卒業時にそれぞれ百人いたとすると十年後、東京都では約百四十人になり、島根県では約六十三人になっているということになる。もちろん、東京都島根では人口が全然違うから実数としてはまさに比べものにならない。大ヒットした柴門ふみの「同級生」の主人公の出身地も島根という設定になっていて、そういう意味では、あれは時代の象徴である。

ここで注目しておきたいのは、流入を記録した県は東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、京都、滋賀の八都道府県のみであとの三十九県では流出になっているということである。「若者定住」や「地域おこし」というのを一地方のローカルマターのように考えるのは間違っている。僕は、諸事万端東京に集中していて、全国ペースで物を考えた場合、実にゆゆしき状態になっていることを称して「一都栄えて万村枯る」と呼んでいるのだが、これだけ広い範囲にわたって内政上の課題になっていながら、この問題がいまひとつ世間の注目を浴びることのないのが不思議で仕方がない。

そして今、全国でいろいろな地域づくりのための試みが行われていて、それはそれで一定の効果を上げつつあることは実に喜ばしいのだが、それだけ一生懸命やってもなかなか成果がでないとか過疎化に歯止めがかからないという現実をみていると何かがおかしいのがわかる。どこかが根本的におかしいのである。僕はそれは東京集中または東京共同幻想メカニズムのようなものではないかと思う。「東京に行けばなんとかなる」、「東京でやらなきゃダメ」、そういう東京至上論、もしくは雑誌、テレビをはじめとして毎日洪水のようにもたらされる東京情報。こうしたものを通じて「おれんとこには何もない」に対し、「何でもある東京」、その裏腹、そして地方出身者が東京で功成り名を遂げたときにしばしば見せるふるさとに対する愛憎半ばする思いといったものが醸成されていくのではないか。

ハナコ銀行(仮称)という地方銀行の人から聞いた話がある。東京・青山にある高級住宅街に夫婦とも某中部地方の県出身のお金持ちがいて、彼が集金のため、そのお宅に伺い、家の人と話をしていたところに、奥様のお友だちが訪れた。件のお友だちが奥様に向かい「どちらのお方」と尋ねたところ、奥様はちょっとためらいながら「みつはし銀行(仮称)の方よ」と某都銀の名を挙げたという。彼女は出身地の銀行を口にできなかったのだ。

こんな話もある。僕はかつて住んでいた県のある味噌屋の味噌をいまだに取り続けているのだが最初にその店に行ったときのこと。店の主はうちの味噌は絶品だといって「うちはねえ、お客さんは八割県外だから」とのたもうたのである。県外というのは主に東京ということを言っているらしかったが、どうもその主にしてみると、東京の客の方が「上」だと思っているようだった。東京の客の方が地元客よりも客筋がいいのだといわんばかりに。

そういう目で世間を見ると、気になることが多すぎる。

たとえば、よく銀座なんかで見かける各県の特産品の配布。あれはやっている県や市町村にとっては、テレビにも流れることがあるし、「東京・銀座で道ゆく人に特産品のきゅうりをアピール」と予算もつきやすいと思うが、東京の人間からすると毎日そこのビルの前を通るだけで全国の特産品を味わうことができるということになり、結局のところ、東京の情報発信力を高める結果になっている。
「自分たちの地域に客がくればいい」とか「自分たちの地域のPRができればそれでいい」と多くの地域が考えている。しかし、その手段として東京を舞台にしてそういう宣伝をすればするほど地方全体としての情報発信力を弱めていることになっていないだろうか。悲しいことにこの国では、地方発の情報というのは事故と災害以外全国に伝わらないのが現状なのだ。たとえば合従連衝でまさに地方が合従して強大な東京に対抗するといったことが必要なのではないか。僕は、現在の地域づくりがいささか近視眼的になってしまっているのではないかと思う。

このコラムでは、現在の地域づくりの抱える個別の問題点やその根底にあるわが国の国土政策について考えていきたい。

杠 玄照とは古川 康のペンネーム
杠 は、佐賀の特徴的な苗字なので、佐賀の人間だということをさりげなく表現しています。玄照 は「玄界灘を照らす男」という意味で気概に満ちたネーミングです。