![]() 古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。 |
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| 地域づくり10月号 1993年10月(6) | |
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| 「本屋さんは街から消え そして ムラにはもともと本屋さんはない」ことについて考える | |
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| 趣味とは、と聞かれて「読書」や「音楽鑑賞」と答えるのは無趣味の代名詞だ、と十年前ぐらいはよく言われたものだった。最近では、これらに加えて「ビデオ鑑賞」というのも無趣味代名詞族の仲間入りをしているらしい。 確かに各種のアンケート、よく生命保険会社なんかが、首都圏在住のサラリーマン三百人に聞いた結果とかなんとかいって発表しているようなものでも、読書は趣味の定番項目である(ただ僕は、趣味というのは人に後ろ指を指されるくらい、言葉が良くなければ少なくとも人にあきれられるくらいでなければならないと思っている。その域に達していないものは、HOBBYとはいえず、単なるPASSTIMEに過ぎないというべきではないか)。それはおいておくとしても、とにかくサラリーマンに限らず、多くの国民はということは住民は、読書が好きである。このことはあんまり間違いではないだろう。 ところが最近、その読書をするための重要なキーである書店だとか出版だとかが抱えているいろいろな問題がクローズアップされてきている。 そのひとつが書店の経営の苦しさである。昨年二月にまとめられた「書店経営白書」はサブタイトルに「−出版業界諸賢に書店の窮状を訴えるー」と銘打って、書店経営の現状がきわめて厳しいものであることを訴える内容となっているが、それによれば、年間千店に及ぶといわれる多数の書店が廃業に追い込まれていて、しかも、郊外型店舗の長時間営業に対抗して無休営業を行っている店が約四割、また一日十二時間以上の長時間営業店が六割を越すという状態になっていて、労働時間の短縮や、休日の増加は望むべくもないという。 その結果、人件費コストの高い外商部門を縮小したり、専門書を敬遠したり、ビデオ等利益率の高い商品を置くことでようやく利益を挙げているのだと指摘する。 こうした訴えが効を奏したのか、出版社側では書店のマージンを引き上げる動きが出てきている。すでに角川書店、講談社、小学館等をはじめ、七月末までに二十七社がこの秋以降のマージン引き上げを決定している。 たしかに書店の数は減っているようだ。日書連(日本書店商業組合連合会)の組合員数は、一九九一年十月時点では一万二千十七人だったのだが、九三年四月には一万一千五百三十二人に減った。商業統計をみても、全国の書店数は、八八年の二万八千二百十六店から九一年には二万七千八百四店に減少している。そして九二年には、百十三年続いた福井市の品川書店のような老舗も廃業に至っている。 その一方で年間で四万点以上にも及ぶ新刊が刊行されているかと思えば、既刊の書籍は文庫を含めて品切れが続出していて、もう本というものは、出たときに買っておかないと後から買おうと思っても品切れになっているケースが多い、というのが読書家の常識になりつつある。先日、NHKテレビで江藤淳氏が、大学で平家物語を講義しようとして、文庫版のテキストを探したところ、すべて品切れになっていたということで、平家物語ほどの古典が手軽に読めない現在の出版状況というものを嘆いておられたが、同感である。 現在の本をめぐる状況についての不満をもう一つ。注文した本が手元に届くのに日数がかかりすぎる。しかも二〜三週間待って、それで品切れという答えが返ってくることも多い。世の中がやたらに進歩したこの十数年の間、注文した本が手元に届くスピードだけは変わっていないのではないだろうか。 取り次ぎの倉庫に在庫があれば数日で手に入ることもあるというが、それは首都圏での話ではないかと思う。地方に住んでいると、とにかく本の注文は時間がかかることを実感する。なぜ、こんなに時間がかかるのかは明らかである。まず、書店で伝票(短冊という)を書く。これを取り次ぎに渡す。ここまでは速い。最近では、取り次ぎでのコンピュータの端末を書店に置いていることがあって、その場合だと、オンラインで取り次ぎに注文が届くことになる。 しかし、ここからが問題である。取り次ぎの在庫に注文した本がなかったときは、出版社に注文しなければならず、その場合、取り次ぎは出版社に対しては、毎日、客から注文のあった本を発注しているわけではなく、一週間に一度とか二度とか決まった日にそれを行っている。出版社からは取り次ぎに対しても、発送する本が一冊や二冊では「荷姿にならない」といってすぐには送ってくれず、これまた時間がかかってしまい、結局二〜三週間ということになってしまうのだ。 だから、この間の時間的ロスを少なくするためには、書店、取り次ぎ、そして出版社との間でVANを構築して、在庫情報と客注情報は瞬時に把握できるようにしておけばよい。ところが、これがなかなかできない。ずっと前からこうしたものの必要性については声高に叫ばれているものの、いざやるとなると、取り次ぎ、出版社、書店それぞれの利害が絡み合い、なかなか難しいのが実情である。とにかく、なんとかしていただきたい。 とまあ、それぞれの分野でいろいろな問題があるわけだが、とくに地方部において今まで、あまり問題にされてこなかった問題があと一つある。それは、全国には書店もなければ図書館もないという地域に住んでいる人が数多くいるということである。 (財)出版文化産業振興財団(JPIC)の調査によれば、全国二千五百八十一の町村のうち、その78.7%にあたる二千三十一の町村には図書館がなく、その47.5%にあたる千二百二十六の町村には書店がなく、そして42.4%にあたる千九百十五の町村には、図書館も書店もない。こうした図書館も書店もない地域に住む住民は、私の試算で約二千万人近くになる。 むろん、こうした地域に住んでいても、全く本が読めないわけではないことはもちろんである。しかし、身近なところで読書できる環境を整えるということは、子供にとっても大人にとっても、きわめて重要なことではないだろうか。私は、こうした地域における読書環境の整備として書店を公営で整備することが必要ではないかと考えている。そしてそれは可能なのである。 次回はそれについて述べてみたい。 |
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| 杠 玄照とは古川 康のペンネーム 杠 は、佐賀の特徴的な苗字なので、佐賀の人間だということをさりげなく表現しています。玄照 は「玄界灘を照らす男」という意味で気概に満ちたネーミングです。 |