古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
平成5年3月 株式会社リクルート社内報 月刊 かもめ 連載"ステキな人みつけた"
「こんなにユニークな役人がいる」全国にファンがいっぱい

「自治省大臣官房情報管理官室課長補佐 古川 康」 仰々しい名刺とは全く結びつかない程、古川さん(当時34歳)には役人臭さがない。
丸い体に歯切れのいい語り口。会話の中にときどき混じる変な関西弁や冗談。
吉本興業の舞台に立ってもぴったりはまりそうな雰囲気に、つい引き込まれてしまう。

 昭和五十七年に自治省入省。この十年間に、沖縄・長野に出向し、町おこしに携わった。
 「現場は机上での想像力を超える」という彼の赴任地生活は、かなりユニークなものなものとして知られている。
 入省して三ヵ月後、自治省からは第一号として沖縄県庁に出向したときには、ゴーヤーチャンプルーやヒージャーを、一人でこっそりと食べる訓練をした。「比嘉康二」というウチナーネームも作った。
離島四六島にも足を踏み入れ、膝を交えて語り合った。このまま土着してしまおうか真剣に考えたこともあったという。
 二年間の沖縄生活を終え、消防庁で三年。そして長野県へ地方課長として出向。このときは五年という長い期間だった。まずは、県下全自治体を自分の足で歩くことから始めた。美容室は地元の話題を聞き出しやすいと、毎日シャンプーとブローだけに通い、地元の人と交わした会話や得た情報は必ずメモに残した。
そして赴任三年目、県庁の友人たち六人で、「現代信州の基礎知識−Hamidas(ハミダス)」を出版。
 酒を売っているのに屋号が「現金屋魚店」、ラグビーの合宿地で有名な菅平だが、地元の人は誰もやらない、などとても役人の視点とは思えない地元ならではのハミダシ情報が満載されている。
 この本は延べ三万二千部を完売し、長野県内のベストセラーになった。
 
 「成人式の記念写真が送られてきたとき、誰だって豆粒みたいな自分の写真を必死で探すでしょう。みんな自分が好きなんです。そんなふうに自分の暮らすまちを好きになる。それが地域づくりの原点かな」。

とことんまちに溶け込むスタイルは、地域づくりの方法論というより、型破りな彼の性格そのもののように見える。
 昨年七月、政府のカンボジア調査団の中に、普段着に身体ほどある大きなリュックサックを背負った、登山客のような若者がいた。古川さんの姿だった。
 行く先々でその土地にどっぷり浸かり、まちや人を愛してしまう。つぎは何をやってくれるか楽しみな、らしからぬお役人である。

村山建大のペンネームで出した「Hamidas」がヒット。
長野県出身の大学生を相手に、フジテレビの中井美穂さんとセミナー。