古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
1997年 NOVEMBER かがり火
インタビュー  自治大臣秘書官 古川 康

今年(1997年)10月、国の機関である地方分権推進委員会の4次勧告が橋本総理に提出された。
さらに新聞・雑誌では、今後の地方自治の在り方、市町村の合併問題等、多くの議論が提起されている。
これから地方は、今回の議論によって変わるのか。住民は、どう変わるべきなのか。何が必要なのか。
市町村の合併や地方交付税問題はどのような方向に進むのか。
自治大臣秘書官である 古川 康 さんにお話を伺った。



インタビュー終了後、ちょうど上京していた鹿児島県与論島の平田敏秀町長(右から3人目)と合流。
その、右隣りは、漫画家の北見けんいちさん。
地域づくりの話で盛り上がったが、その間にも何度か古川さんの携帯電話が鳴り、秘書官の忙しさを伺わせた。


国と地方は対等宣言
◆◆◆地方分権推進委員会の四次勧告が発表されましたが、ポイントはどんな点なのでしょう。そして自治体にはどんな影響があるのでしょうか。

古川  今回の地方分権推進委員会のアプローチは、地方自治体に対する国の、いわばジャマ(関与と呼んでいますけど)が多すぎるから、それをなくそうということが中心なんです。国が許可をしたり認可をしたり、意見を言ったりといったことをなくしましょうと。
 一番重要なことは、国がはっきりと『これからは地方分権でいくんだ。国と地方は対等なんだ』と宣言したことだと思うんですよ。
紛争処理委員会というのをつくって、国の関与に対して文句があれば訴えることもできる仕組みをつくると。
これまで地方の意欲的な方々が『国に物申す』という形でゲリラ的にやってきた(例えば岩手県東和町の減反割当せずの発言など)取り組みに、これからは国も真正面から対応するということ、これが一番大きいと思うんです。方向としては間違いなく、県や市町村など、より身近な自治体で物事を決めたほうが、より住民の意思に近い決定ができるという考え方に立って物事を進めようという形になってきています。
勧告には盛り込まれていませんが、農地転用も、2ヘクタール以上であっても国が関与せずに、県に任せようという話も出てきているくらいですから。
やる気のある人にとっては、『国や県がジャマする』という度合いは減ると思いますね。ただ、権限委譲に関しては、委員会の中心テーマではないので、国から県に移るものはあまりありません。ただ、橋本総理は『これからの自治体は市町村中心にすべきで、国や県から市町村への権限委譲をもっと進めなさい』という指示をされていますから、これからは権限委譲されるものが出てくるかもしれません。
 地方分権推進法は時限立法で、地方分権推進委員会は5年間しか存在を許されません。
しかし地方分権の推進は一つの確実な流れですから、5年間の活動で何ができるかというよりも、地方分権推進委員会がなくなってしまった後、自治体が、この流れをどうつかんでいくかということのほうがはるかに重要なことだと思います。


◆◆◆新聞報道を見ていると、省庁側はできるだけ勧告を骨抜きにしようとしている印象を受けます。そこには「地方には任せられるだけの実力がない」という思いもあるようですが。

古川  そう思っている役所が多いのは事実です。ただ、僕はその点に関して言えば、地方に任せてまったく問題ないと思います。地方自治体に任せたほうが、今よりもずっとうまくいくはずですよ。
今までは、服に例えれば国が既製服のMとLサイズを持ってきて、『どっちか着ろ』と言っていたのが、これからは、少なくとも着る人の寸法は聞いて、イージーメードにしようということなんですからね。
いきなりオーダーメードとまではいかなくても、イージーメードのほうが着やすいのは明らかでしょう。
 それなのに省庁の抵抗が大きいのは、僕に言わせれば中央省庁の仕事が移ることで、仕事と人員の減少を生むことに、本能的な恐怖感を持っているからでしょうね。だからいろいろな理屈を考え出しているんですよ。

制度からは生まれない「心の地方分権」
◆◆◆市町村の職員の方たちと話していると、「県庁の職員は、地方のことをよく知らない。官僚化している。」という声をよく聞くんです。9年間地方を直接ご覧になってきて印象はいかがですか。

古川  地方のことをよく知らないという点に関しては、たしかに県庁の人でも知らない人はいます。でも、中央省庁の役人に比べれば、ましでしょう。県庁の職員というのは、一度は出先を経験する人が多いし、家に帰れば一住民。少なくとも地域に近いところで仕事している感じはありますよね。
逆に農水省の役人で、帰宅すれば畑や田んぼがある人はほとんどいないわけですから。
 県の人が官僚化しているという声については、県の仕事の7〜8割を占める機関委任事務や、たまたま経由事務みたいな感じでかかわっている仕事では、最終判断権は国にありますから国の役人ならば『分かりました、通達一本出しましょう』って話ができるけれど、県の職員にはそこまでの権限がないから答えられないという部分があるわけなんです。
ただ、それ以外の仕事でも、市町村が県に何か相談したときに『それは国がやってくれないことにはどうしようもない』『国の政策でそうなっている』という答えが多いんですね。
わが国はたしかに、国レベルの動きをして、法律が変わったり、所管省庁から指導などが出たりしないと、現実問題として物事が動かないというところがあります。
形の地方分権はできても、心の地方分権(国や県に聞かなくても俺たちでやろうや、という気持ち)ができていない部分なんです。

◆◆◆市町村の自主合併も勧告されています。今、全国に3,232の市町村がありますが。

古川  僕は多すぎると思います。自治省でも、合併のメリットを市町村の方々に説明して、積極的な合併を支援していこうと考えています。
 基礎的な自治体というのは、朝起きて、会社に行って、帰ってくるという、日常生活の単位であることが望ましいという考え方があると思うんですよ。今、車で30分〜40分通勤にかかるというのも当たり前になっています。例えば、村に住んでいる人が別の市で働くというのも普通のことです。すると、一日のうち8時間は、市の道路を使ったり水道を使ったりして利益を受けているのに、それは市の住民の税で賄われている。そう考えると生活のエリアと懸け離れた市町村があるのはどんなものだろうという考え方も成り立つと思うんです。だから、市町村のサイズを、日常生活のエリアを頭において検討し直すというのは、十分考えられるのではないでしょうか。

地方交付税は「逆差別か」
◆◆◆市町村の数に関して伺ったのは、最近、「地方交付税は首都圏の住民からも取っている。法人税は、首都圏のほうが多く支払っている。しかし、首都圏の住民は恩恵を受けていない。相変わらず住みにくい。地方ばかりにその金を使った大きな建物が建っている。これは逆差別だ」ということで、「もっと合併しろ」という論調がマスコミに出ているからなんです。
例えば、愛知県の富山村は人口が198人で、住民に対する地方交付税は一人あたり140万円が支払われる。
一番少ないのは神奈川県ですか。


古川  そういう論調には大きな間違いがいくつかあると思うんですよ。
一つは、法人税に関する認識。法人税は、どんなに大きな工場が地方にあっても、本社所在の所でしか払えないんです。例えば東芝の工場が全国にあっても、本社のある東京でしか法人税は納められない。
実際に富を作っているのは工場なのに、その工場のある自治体には一円も入っていない。それをどう考えるんだということ。
二つ目は、あなた方は、税になった、金になったものしか考えられないんですかということです。お金には換算できないけれど、水や、きれいな空気を供給しているのは地方じゃないですか。
それから三つ目は、東京はこれだけ混雑しているのに、地方はガラガラだからけしからんというのも横暴な考え方です。東京が込んでいるのが異常で、地方の環境(例えば野球やラグビーのグラウンドがいつでも使えるとか)が普通だと思うんですよ。豊かさを地方が享受していることに対して、自分たちがそれを享受できないからといって、けしからんということはないじゃないかと思います。
 地方交付税がけしからんというのであれば、過疎の地方では、税金だけでは小学校を維持できませんから、義務教育に行けないとか、水道の水を飲めないということも出てきます。それを認めるのか。
 交付税というのは、ある事業をやろうにもそのお金がない自治体に最低限これだけはやってくださいよ、というお金なんです。それをやってはいけないというのであれば、ナショナルミニマムを無視してまでも地方分権をと言う人はいないと思いますよ。
 ただ、何でこんなものを造るんだろうとか、決定のプロミスに住民が参加しなくて、よそから人を呼ぶためだけの施設があるのも事実で、それは大いに反省してもらっていいと思います。その批判は、首都圏の住民ではなく住民みずからがすべきだと思いますけれどもね。所得も居住環境も含めて『逆差別だ』とおっしゃるんなら、地方に住んでみてくださいと言いたいです。

移住は国土を荒廃させる
◆◆◆ただ、過疎の村であれもないこれもないと言っているのなら、あるところに移ればいいじゃないかという反論もあるんですが。

古川  人が住まなくなった土地が増えることでどれだけ国土保全上デメリットがあるかということを分かっていて、そう反論されるのならいいと思います。これは我が上杉大臣の持論なのですが、今、日本では災害危険個所が二万個所あります。それは指定されている所だけで、実際には二十万個所だと建設省は言っているんです。
40〜50兆円の予算を治山・治水に使っていますが、そういう工事を必要とするのは、人が住まなくなって、土地の保全が十分にできなくなってしまったところが多いんですね。
山肌を削ってセメントを流してと、そういう国土でいいのならば、そういう選択もいいと思うんですよ。
 ただし、全国に十四万くらい存在している農業集落の中に、この10年間で崩壊するところが2〜3割出てくる。
再編は必要だと思うんです。そして市町村合併するにしても、村同士が一緒になって大きくなってメデタシメデタシではなくて、小さな村には、もうよそに移ってはどうかと、勧めていくべきだと思います。
心情的にここに住みたいということでは無理なほど、過疎化や高齢化が進むと思いますから。

断るともらえない?
◆◆◆国が多額の赤字国債を出して借金している現在、今後は地方でも「補助金をもらてくる首長が偉い首長だ」という意識を変えなければいけなのではないかと思うんですが。

古川  自分たちに『こういうことをやりたい』という構想が先にあって、探したらこんな補助金があった。もらえるなら使わせてもらおうというのは、間違いではないと思うんです。最悪のパターンは、余った補助金で必要のないものを造るというケース。けっこう多いんです。県から頼まれて『これを断ると来年補助金をもらえないかも』なんて考えてしまう。

◆◆◆断らなかったばっかりに、補助金でいろいろな施設を建てて、その地元負担で赤字に転落している自治体もあります。断ったら報復されるんじゃないかという地方の雰囲気を変えないといけませんね。

古川  一度断ってみたら分かると思いますよ。国も県も、前任者と後任者の意思の疎通は本当に悪いですから。
前任者のときに何があっても、次の担当は覚えていませんよ。
 そういう雰囲気を伝えるためには、中央官庁の人間が市町村まで行くというのも一つの方法だと思います。
「補助金は断ってもいいんですよ」といったアドバイスをできる人がいれば、いろいろ違ってくるのではないでしょうか。

官僚はアンテナを回し始めている
◆◆◆中央の官僚は、「東大を出ていて、別次元の人」という意識があって、自治体のほうで必要以上にありがたく思ってしまったところが、現在の問題を生んでいるような気がします。
今は官僚気質は変わってきているんでしょうか。

古川  役所もこのままではいかんのだなと、過去30〜40年間やってきたようには、次の10年はいかんだろうなという感覚はあると思います。例えば採用に関しては、いままでは堅い人間だけ採っていたのを、違うタイプの人間も採ろうという機運はあります。今のところは、東大卒を減らすとか、女性を増やすといった段階かもしれませんが。
 それから、いくつかの省庁では、地方の意見を聞いて、いい意見は概算要求に乗せるということを始めています。
こういうのは、ここ数年の変化です。
僕が長野県にいたときに『ふるさと創生一億円』という補助金があって、県に、一億円への取り組みをまとめた本を作りなさいという指示が国からあったんですが。県経由で聞くと自分たちの発想の延長のようなものしか上がってこないから、むしろ知りたいのは、県ルートではボツになるようなものだったんだと国の役人から言われたこともありました。


「僕の立場では・・・」とか、「一般論としては・・・」などと、下手な接頭辞を使用する人でないので、話していて気持ちがいい古川 康さん。

秘書官はいつも大臣にぴったりくっついていなければならない。
夜でも携帯電話の届かないところには行けないらしい。




インタビューを終えて
最近は、昔ほど官僚を有り難がらなくなったようだ。一連の不祥事件の影響もあっただろうけど、多くの官僚は、専門領域においては驚くべき頭の良さを発揮するが、それ以外の芸術とか歴史とか、あるいは趣味の分野においては関心も知識も浅く、人間的魅力に欠けていることがバレてしまったからではないか。
 ところが、古川さんとは劇団ふるさときゃらばんの地域研究集会で会い、大野水産の同窓会で、そして<新・浪漫亭>でお会いするうちに、たいへんバランス感覚の優れた官僚であることを感じた。
これからの政策立案には幅広い交流や人の暮らしに対する想像力、そしてセンスのいい趣味、そういう幅広い教養に根ざしたものも求められていると思う。
古川さんの存在は誠に心強いかぎりである。