古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
平成11年7月1日発行 季刊 デジマ 第25号(1999年盛夏号)
抱負というほどじゃないけれど自分でやってみたいいくつかの事柄とちょっとした自慢 特別寄稿
長崎県商工労働部長  古川 康

商工労働部長になって3ヶ月経ちました。予想よりはるかに忙しく、一生懸命やっているつもりなのですが、じゃあ何をやったかと言われるとそれは「うーむ」という感じ。とりあえずここでは、今、自分が何を考えているのか、少し紹介させてもらいたいと思います。
 長崎県の単独事業で「新企業創出事業」というものがあります。県の資料によれば「独創的技術やアイデアをもとに創業をめざす個人等を募集し、研究室の提供や研究開発費の助成及び技術・経営指導等総合的支援を行い、新たな企業の創出を図る。」とあります。
要するにいいアイデアはあるけれど、開発する場所と金がないという人のための、あしながおじさんを県がやりましょう、というものです。というふれこみで始まったものの、まだこれという実績があがっていないのは残念です。でもそれはそれでいいと思います。そう簡単に企業化できるものは出てくるわけはないのですから。
 実はこの事業には岡山県にモデルがあります。その名も「ヤング・エジソン育成事業」。いい名前でしょう。
岡山県の職員が考えたものです。実はこの事業の立ち上げの時、僕は岡山県の財政課長だったのです。
「ヤング・エジソン」が始まった経緯はこうです。
当時、長野士郎岡山県知事は新しい産業創出のために大学院生くらいの若いアタマをうまく生かして何か事業化の手伝いが県としてできないのかと常々話をしておられました。
そこで商工労働部が財政課にその事業の案を相談してきました。その事業案では支援の方法は融資となっていました。これについて、僕と一緒に仕事をしていた財政課の課長代理(長崎県でいえば総括課長補佐のようなもの)が異を唱えました。「素人の新しい試みがそんなに成功するわけはない。だったら支援の方法は融資じゃなくて補助にしないとねらいとするものは出てこないのではないか。」と言うのです。
 要求があったものを切るのが財政課の基本姿勢です。もちろん、県民の税金を預かっている金庫番たる財政課の基本姿勢としてはそれでいいのですが。
 だから商工労働部が「補助」であげてきたのをたとえば「融資」で決着させるというのが、一般的な財政課のやり方なのです。ところがそのときは逆でした。財政課が「融資でなく補助にしたらどうか」と提案したのです。ずいぶん担当課ではあわてたようです。ということで「ヤング・エジソン」は生まれました。
だからこれをモデルとする長崎県の新企業創出事業も、そのスピリッツは共通のものもあるのだと思います。
だとしたら、少なくともこのモデルを作った張本人のその次ぐらいにいる僕としては、あまり成功にこだわるな、といいたいと思います。
ボツのものでもいいからとにかくいろんなものがたくさん出てくる環境が大事でしょう。
その中から何か出てくれば、それでめっけものではないでしょうか。
 これはめっけものが出てくれば、それで大成功、何もなくても応募があれば、その応募の数を成功のバロメーターにしようというのもではないのかなと思います。
果たしていま新企業創出事業は、そのような観点で進められているのかどうか、ちょっと不安がないわけではありませんが。
 このほか県の支援のあり方について、もう少し考えなければならないということをいくつか思っています。
制度資金を利用する時、なぜ窓口となる金融機関が限られているのだろうかとか、民間の金融機関が手を出しきれない案件について県はどういう支援ができるのか(融資でも投資でもいいのですが)とか、考えだしたらキリがないのです。
 せっかくこの職務にある以上は、給料をいただいているだけのことはしたいと思います。もちろん自分一人ではできませんが、幸いスタッフには恵まれています。
とにかく一つでもいいから長崎の科学技術振興につながることができたらと思っています。