古川 康の自治省時代から知事になる前までの執筆をご紹介します。
1991年7月「地域文化」Vol.17
文化の香りとトイレの臭い   村山 建大(古川 康のペンネーム)

日本では兄弟といえば古くは曽我兄弟、新しく(もないが)は元祖メンソレータムの近江兄弟社、そして信州では小林兄弟牧場(有名というわけではないが長野市東北部アップルライン近くにある。ホテル・エールフランス通りの一本南にあるので、あのホテルを使ったことのある人はけっこう知っている)となるが、世界的に見ればライト兄弟がダントツで有名ということになるだろう。
しかし、1895年に映画を発明したフランスのリュミエール兄弟も忘れてはならない存在である。
このリュミエール兄弟がパリのキャピシーヌ通りのグランド・カフェではじめて『リオン=モンプレジールのリュミエール工場の出口』という長いタイトルの、しかし上映時間わずか1分の映画を上映してからもうすぐ100年が経とうとしている。

いま、長野県には映画館が47館ある。
全国には1,836館。最盛期には長野県内だけで126、全国には7,400館もあったことを思えば実に淋しい限りだが、意外なことに長野県はいまでも人口10万人当たりの映画館の数は2.18館で青森に次いで全国第二位という高水準を示している。(『映画館名簿』による。)
ちなみに全国平均は、人口10万人当たり1.5館。東京は1.83館と九位。最下位は埼玉で0.75館である。

しかし長野県民が1年間に平均何回映画館に行ってるかというと、これが0.9回。
昭和34年の10.2回の十分の一にまで落ち込んでいる。ただ長野市に11館あるのに対して松本市に12館あるのは立派なものだ。新聞やテレビでよく試写会の案内や映画チケットのプレゼントをやっているが、長野よりも松本の方が反応があるという話にもうなずけるものがある。

しかし、長野や松本にしても観たい映画を劇場で見れないという不満は大きい。先日、金沢に行って地元のタウン誌を買ったらそこでもそういう不満が出ていた。前に福岡でも聞いた。大阪でも「やっぱり東京まで行かんとあかん」という人がいた。東京だって世界中で公開されている映画のごく一部しか見ることができないのだけれど、東京の映画ファンが「観たい映画が見れない」といって嘆く話はあまり聞かない。

これはなぜだろう。たぶんそれは「観たい映画」とは作られるイメージだからなのだろう。つまり、その映画についての情報を『キネマ旬報』や『ロードショー』や『マリ・クレール』や『EXテレビ』で得て、そこで「観たいな」という気が起きてくる。昔のように、とにかくあらゆる映画を見て、その中から「良かった映画」が話題になっていった図式とは根本的に異なるのだ。
ところがだ。活字メディアや電波メディアは全国ほぼあまねく行きわたるようになっていながら、映画はそうなっていない。この、得られる情報の多さと実際に地域に見られる本数とのギャップが、地方在住映画ファンのフラストレーションを生んでいるのだ。

では東京の人間はなぜそうならないか。実際、東京では見られない映画は多いにもかかわらず、そういう映画の存在を知らないからである。知らないのだから「観たい」という気さえおきない。「知らぬが仏」というか、「知らぬはほっとけ」というか、そういう類であろう。

そこで提案がある。

自治体はどうせ文化振興やるのなら、映画館をきれいにすることと、良い映画を金を出してでも持ってくること、この二つを手がけていただきたい。
読みたい本は図書館に行けば読めるし、リクエストもできる。映画館だって図書館のようなもののはずなのだ。
自治体が映画館(ホールでもいいと思うけど)を作って、採算ベースにのりにくい映画を上映するとか、ジェームス・ディーンが出ていたころの設備でスピルバーグをやってる古い映画館の改築に力を貸すとか、そういうことはできないのだろうか。映画館の中には男子トイレの「大」の方が女子トイレと共用のところだってある。
「大」の男というのは、女性の前でハコに入るなんて、小学校以来なぜか苦痛なのである。