2012年3月

平成24年3月27日(火)
第453号「『僕達急行』は愉しい映画でした」

3月24日土曜日は快適な一日だった。午前中に西九州自動車道路唐津IC〜唐津千々賀山田IC開通のオープニング式典に出席した後、佐賀市に戻って一本の映画を観た。
「僕達急行 A列車で行こう」という故森田芳光監督の作品だ。そしてその日はサガン鳥栖がJ1のリーグ戦で初勝利を挙げた記念すべき日ともなった。
この『僕達急行』を観に行ったのはわけがある。森田芳光監督とは2度お目にかかったことがあったし、この作品の重要なところで佐賀県内にある駅が使われていたからだ。

映画を観た感想として申し上げれば、そういう前置き抜きにこの映画はおもしろい作品だった。そしてこれはまちがいなくシリーズものとして撮れる作品だったと思う。
それだけに一作目が遺作になってしまったのがまことに残念だ。公開初日の2回目の上映。イオンシネマ佐賀大和の6番スクリーンは8分くらいの入り。僕は予告篇が始まってからの入場だったこともあって、最後の列の端から2番目の席となった。

もともと森田監督自身が鉄道好きということがあって、それを正面から作品にしたい、ということでこれが作られたわけだが、松山ケンイチと瑛太という豪華なキャスティングで実現し、しかもコメディタッチで愉しい映画に仕上がっている。電車好きな人、この2人が好きな人はもちろん、そうでない人も愉しめる。

また、それだけでなく、それぞれの登場人物一人ひとりがストーリーを持っているのもいい。たとえば、瑛太が演じる小玉健太の父親は町工場の社長だが、これがまた味のある人物だ。その一人ひとりに焦点を当てるだけでもスピンオフ作品がいくつも作れるのではないかと思わせるような凝ったつくり。サラリーマン社会のドタバタも適度に織り込まれていて、説教くさくもなければ窮屈でもない。

森田監督は森繁久彌主演の「社長シリーズ」を参考にするように、と松山ケンイチに勧めたそうだが、僕は「社長シリーズ」だけでなく、寅さんの雰囲気とも相通じるものがあると思った。小玉(瑛太)の実家は零細な金属加工の町工場。金融機関とのやりとりなど寅さんシリーズの「タコ社長」を思い出させる。
映画の中で中小企業を入れると話にリアリティとユーモアが出てくる。(『ロボジー』もそうだったが。)恋もあるが一筋縄ではいかずと、これもシリーズには欠かせない要素。

『 間宮兄弟』同様、今回も男性二人が主役。ふと気づくと森田監督は男2人主役というジャンルを作り出そうとしていたのかも、と思ったりもする。
ともあれ、鉄道ネタもかなり盛り込まれながらも、それ以上にユーモアに満ちた映画となっていて、劇場がとても温かい空気に包まれたものとなった。

映画の中で重要な役割を果たすのが、佐賀県伊万里市にあるJR筑肥線「駒鳴駅」。映画の中ではちゃんと駒鳴駅の名称で登場するし、とてもキーとなる場所として使われている。
熊本県や大分県と誘致合戦を繰り広げ、佐賀県のフィルムコミッションの努力の甲斐あって、森田監督に「ここにしよう」と決めていただいたものだ。
森田監督の条件は、「自然の中にぽつんとある駅」。駒鳴駅は、まさにうってつけだったようだ。映画を観ていただければわかるが、駅とその周りの自然がほんとうにきれいだ。青森県出身の松山ケンイチさんが、「同じ自然でも空の青、山の緑がまぶしくて絵のようだ」とおっしゃっていたと聞く。映画を観ていてもその美しさをわかってほしいというカメラワークとなっている。

実は、映画に出てくる「キハ125」という型式の黄色い気動車(ディーゼルカー)。あれは本当にあの路線を走っている車両で、しかも撮影のために特別に運行していただいたわけではなく、本当の列車の運行の時間内で撮影が行われた。NGが許されない環境の下で、見事に撮り終えたという。そう思って映画を観ると、さらにどきどきしたりする。
とはいえ、本当はこんな注釈はいらない愉快な映画だ。舞台を変えれば(次の候補地がどこになるのかも、映画の中でせりふとして語られている。)またできたと思う。

森田芳光監督のご葬儀には参列できなかったが、弔電を送らせていただいた。そしたら、奥様であり、この映画のプロデューサーでもある和子さまからご丁寧な会葬御礼のお手紙をいただいた。
納骨の報告などがしたためてある文章の後、手書きでこう書き添えてあった。
「『バリアフリー映画祭』『僕達急行』の撮影とお世話になりました。駒鳴駅に大勢の人が訪れると良いですね。」

キハ125という型式は、偶然だが森田芳光監督の誕生日1月25日と妙に符合する。62回目の今年の誕生日を迎えることなく去年の12月20日に監督が他界されたのがまことに口惜しい。


ふるかわ 拝

平成24年3月20日(火)
第452号「ライブ・ツーリズムは可能か」

2月議会も予定ではあと数日となった。僕が出席を求められ、答弁する代表質問や一般質問では、いつものことながら各議員さんから渾身の質問が突きつけられる。その範囲たるや県政のあらゆる分野に及んでいる。
とくに今回は、総合計画策定後初の議会ということもあり、人口減少を踏まえた将来の佐賀県の産業ビジョンや文化・スポーツ部の創設に関しての議論などが活発に行われた。

文化・スポーツに関連して、この議会ではなかったが昨年の9月議会では「サザンオールスターズの桑田佳祐を佐賀に呼べないか」という質問まで飛び出した。
僕は昨年の選挙のマニフェストや今回の佐賀県総合計画2011において、地域文化やスポーツに力を入れていくことを宣言している。マニフェストには「美術や音楽など、世界の超一流の文化を県内で体験できる催しを年に一度開催します。」というのもあった。
ということもあっての質問になったのだったが、僕としても元気をいただいた質問だった。

文化やスポーツの振興など、この手のことを計画に載せると「ムダではないか。」「いらないのではないか。」と言われてしまうのではないか、という不安が勝手に先に立ってしまっていた。
だが、僕としては、これからの4年間は、これまで思うようにできなかった分、文化やスポーツに力を入れていきたいと思っていて、そのことを総合計画上にもしっかり位置づけることができた。
この質問にあったような、たとえば桑田佳祐のライブというものも、県としての取り組みとして考える価値があると思う。

桑田佳祐の音楽が文化なのか?という問いかけもあるだろうが、僕からみればもちろん文化だ。
文化という一面と併せて、僕は、ライブや展覧会をひとつの旅行や情報発信のきっかけともとらえている。桑田のライブがたとえば、吉野ヶ里公園で開催されれば、それだけでも情報発信になるし、そのためにたくさんの人が県外から来られ、お泊りになる方も多いだろう。
そういうライブ以外でも、たとえば「モナ・リザ」が佐賀で公開されれば大勢の人が県の内外どころか国の外からも見に来てくれるだろうと予測できるように、僕は展覧会やライブというものをひとつのツーリズムとしてもとらえている。
ライブは多くの場合、夜行われる。だとすれば宿泊する人も多いだろうと思う。もちろん、ライブに来る人たちの年齢層によってはそんなに多くのお金を落とすことにはならないかもしれないが、それでも、佐賀県で行われた、という情報発信にはなる。

学会などのコンベンションがツーリズムとしての機能も持つことはすでに認められているが、これに加えて、興福寺の阿修羅展のような美術展やコンサートというものも人を動かす力があることを僕は認めるべきだと思う。
さらには東京マラソンを見ればわかるようにマラソン大会だってそうだ。こういうものにも積極的に取り組んでいきたい。

僕がそう思うようになったひとつのきっかけは、ある日の東京ー佐賀便だった。いつものように佐賀便に乗り込むとちょっと雰囲気が違う。華やかなのだ。若い人、とくに女性の割合が高く、みんな通勤のためのスーツとはちょっと違う派手目の服を着ている。あとでわかったのは、その日を含む数日間、福岡でSMAPのコンサートが行われていて、それで福岡市内の泊りがタイトになって、佐賀市内に流れてきていた、ということだった。
たしかにコンサートは一日限り、あるいは数日間ということだが、それでも大がかりなものになると何万人もの人が動く。それだけでも大きな経済効果を生むし、何より佐賀県内に住んでいる人たちにとっても、めったに近くで観ることのできないコンサートを楽しむチャンスが生まれることになる。

こうした、いわば「ライブ・ツーリズム」とでもいうべきものをぜひ実現させてみたいと思う。

昨年9月21日に、男子サッカーロンドン五輪アジア最終予選の対マレーシア戦が鳥栖市のベストアメニティスタジアムで行われた。スタジアムが2万3千人の人で埋まり、試合開始が20時スタートということもあって鳥栖市内に宿泊された方もおられたし、試合後、チケットの半券をもっていけば生ビール一杯無料というようなサービスをしている店で気勢を挙げていた人たちもたくさんいた。
経済効果や知名度アップにもなったし、さらにはこのスタジアムのことをテレビ放送で高く評価していただいていたし、そういうことを含めて、この試合開催そのものもひとつのツーリズムといえるのだろう。

これまでも挑戦してこなかったわけではない。たとえば、a-nation。倖田來未らエイベックス所属のミュージシャンたちが集まって行われる夏のイベントだが、たとえば、これがベアスタでできないか、という検討をしたことがある。残念なことに、たとえば、ベアスタで大きなライブをやろうとすると、大型の音響機器をセットしないといけないが、それにより、あの天然芝が一時的にせよ傷んでしまう。その養生期間中はサッカーの試合には使えないことになる。こうしたことをクリアすることも必要になってくる。

そういういろんな課題があることはわかっているが、桑田のライブでもいいし、誰でも行ってみたくなるような展覧会でもいい。そういうものをツーリズムの一つに位置付けて実現する、ということにぜひとも取り組んでみたいと思う。

ふるかわ 拝

平成24年3月13日(火)
第451号「政府主催東日本大震災一周年追悼式で感じたこと」

2012年(平成24年)3月11日(日曜日)午後2時、国立劇場にて政府主催の東日本大震災一周年追悼式が行われた。
ご療養中の天皇陛下も皇后陛下とともにご出席になり、犠牲者に対して追悼のお言葉を述べられた。また、被災三県の御遺族代表の方からも、心に沁みることばがあった。会場には、おおぜいのご遺族の方々が来ておられた。比較的若い女性の方を見れば、親を亡くされたのだろうか、夫君だろうか、あるいは小さなお子さんの命か、と思い、ご高齢のご夫妻の姿を見れば、おそらくはお子さんやお孫さんを亡くされたのでは、と思った。ご遺族の方々のお姿がさまざまであるだけ、被害の大きさをあらためて感じた。

この式典に関して、このほか僕自身として感じたことがふたつあった。よかったことと、そうでないことだ。
ひとつは式次第。
関係者に配布された式次第では、まず両陛下がご臨席になり、それから開式、野田総理の式辞のあとに、天皇陛下のおことば、そのあとに追悼の辞として、衆参両院議長、最高裁判所長官、その後、被災三県の御遺族代表のことばがあり、その後に両陛下ご退席となっていた。
これについては、式典開始前に進行担当アナウンサーから、「予定を変更し、天皇陛下のおことばのあと、両陛下は直ちにご退席になる」旨の連絡がなされた。
ご病状のことを考えればもっともな対応だったと思う。「臨機応変」という言葉はあたらないが、とにかく状況に応じた判断がなされたということだと思う。

ただ、もうひとつ、これはどうかな、と感じたことがあった。

「御遺族代表のことば」が終わった後、献花に移った。まずは野田総理、そして、両院議長に始まり、各国代表、衆議院議員、参議院議員と献花が続いていく。国立劇場は収容定員1,610人。国会議員もかなりの方が参加されておられ、おそらくは収容定員いっぱいに近い人たちが来られていたと思う。その方たちが、壇上にある献花台に献花されるわけだが、壇上に上るときに女性スタッフから菊の花を一本受け取ってそれを持って献花台に進むことになる。ぞろぞろとかなりの人数の人たちが花道から壇上に向かう。
ところが壇上で花を渡す女性スタッフの数が二人だ。そこのところでウェイティングの長い列ができている。なかなか献花が進まない。
近くに座っておられるある知事さんがつぶやかれた。「あの女性スタッフの数をあと1人か2人増やすとずいぶん待っていただく列が短くなるのになあ」。
よく見てみると、壇上に上がっていく花道の回りにはスタッフが何人も張り付いている。たしかに、ここから1人か2人、花を渡す役に回っても大丈夫そうに見える。とはいえ、政府主催の式典。こちらが口を挟むわけにもいかず、何か対応がなされるのかと思ってみていたが、献花はそのまま続き、予定から20分以上遅れて終了した。

ある知事さんがつぶやかれた。
「現場を見ていれば、菊の花を渡すところで『渋滞』してるというのがわかるはずだ。としたら、あそこに人をプラスで配置したら、その分、スピーディに献花ができて、お待ちいただく時間が短くて済む、というのがわかるはずなのにそういう対応にならない。これから復興に向けて、同じようなことが起きなければいいが。現場を見て、必要があればフレクシブルに対応していく。それこそがいまいちばん政府に求められていることのはずだけど。」

まったく同じように思う。ちなみに佐賀県ではこうした式典や県主催行事においては、あらかじめ「現場コーディネータ」を決めることにしている。そして、現場で起きていることをしっかり見て、必要があれば現場対応をしていくことにしている。
公務員は、どうしても決めたとおりに進めていこうという癖がある。国家公務員はとくにそうかもしれない。僕たち地方自治体は政府よりは融通が利く。現場にとって何が必要なのか、ということを見て判断していく。この「現場力」とでもいうべきものこそ、自治体の強みであり、強みを高めていかなければならない、ということをあらためて感じた。

あの東日本大震災から1年が過ぎ、僕自身もあのときのこと、あれからのことを思い出している。

佐賀県庁においては、被災者支援チームはまだ活動を続けていて、最近では、佐賀県民の義捐金で寄贈したピアノが気仙沼市内のいくつかの学校で卒業式で使っていただくことになり、そのための調整などを行っている。
3月10日には気仙沼市の階上(はしかみ)中学校で卒業式が行われ、そこでは佐賀県民から寄贈されたピアノが伴奏に使われた。佐賀きずなプロジェクトのひとつ、「佐賀ピアノプロジェクト」の第一号だ。この階上中学校は高台にあったため校舎そのものは津波による被害を免れ、体育館が避難所となった。ところがそこに置いてあったピアノは壊れて使えないキーが出てきて、そこで今回ピアノを新しくしてもらったもので、中学校の方々にはとても喜んでいただいた。
ただ、校舎そのものが流されたり壊れたりした学校においては、まだ校舎そのものが再建できておらず、ピアノを贈ろうにも送りようがない、というのもまた事実だ。
贈ることができる状態になるまで義捐金は気仙沼市ご当局などでお預かりしていただくことになるが、これを考えてもまだまだ復興は緒についたばかり、ということがわかる。

その被災者支援チームが近ごろ、県民に呼びかけていることがある。
それは、「被災地に行きましょう。そして被災地の方と話をしてみましょう」ということだ。

彼らの話によると、震災直後は、「来てもらっても困る。また、震災のことは話したくない。」という人が比較的多かったらしい。それがだんだん変わってきているという。
あれから1年経った。「みんなの記憶から消えて行っているようで怖い。被災地を忘れないでほしい。」「復興に向けて動き出している部分もあるし、まだまだのところもある。その両面を含めて来てみてほしい。そして話にも耳を傾けてほしい。」
そう思う人が少しずつ増えてきているということだ。

残念なことに、まだまだ被災地を訪問する観光客の数は震災前と比べると戻っていない。
機会がある人は、機会を作ることができる人は、ぜひとも、一度あるいは再度、被災地を訪れてみてほしいと思う。


ふるかわ 拝

平成24年3月6日(火)
第450号「いよいよJ1サガン鳥栖 スタート」

3月に入った。サッカーシーズンのスタートももうすぐだ。サガン鳥栖がJ1に昇格したおかげで、この冬はいつもよりたくさんの回数のサガン鳥栖関係の会合が催され、ほんとうにたくさんの人たちに参加していただいた。いいお話もたくさん伺うことができた。たとえば、上村春甫医師(サガン鳥栖のメディカルチェックを長年されており、2001年当時、サガン鳥栖の非常勤取締役だった方)の話。

「私が藤川君(藤川謙二医師)と一緒に取締役をしていたとき、『サガン鳥栖はもうやめようか(解散しようか)』と思った事態が2回ほどあったんです。でも、そのつど、〜私はいつも佐賀から高速で鳥栖まで行くんですけど〜鳥栖ICの料金所で、『やっぱり藤川君、もう一回やろう。』と思い直したんです。そのときは全くお金がない状況で、佐賀県医師会の有志の方がお金を工面してくださったこともありました。」という話など、苦労された方の話として興味をそそるものがあったし、そういうことを乗り越えられたからこそいまがある、と思った。

また、つい最近の話として佐賀新聞社の中尾清一郎社長が紹介されたのが、2月中旬のある日、彼がユンジョンファン監督ほか何人かと会食をしたときのこと。これも興味深かった。
こういうやりとりだったという。

中尾社長: 
ところでもうすぐガンバ大阪とのプレシーズンマッチを控えてますが、その2週間後にはいよいよシーズンがスタートしますよね。この時期、下手に怪我されると困るから、プレシーズンマッチについては八分の力でやろうとか怪我をしないように手加減してやろうと思わないものですか。
ユンジョンファン監督: 
手を抜いて試合するほうがかえって危ないです。そんなことに慣れていませんから。怪我する可能性が増えます。選手には試合になったらとにかく全力でプレーすることを求めています。そのほうが安全だからです。

数日後の2月25日(土曜日)に行われた試合(プレシーズンマッチ)は、2-1でサガン鳥栖がガンバ大阪に勝った。それでも選手たちも監督も満足していない。「(ガンバ大阪の)遠藤選手が出てませんしね。これでいい気になるわけにはいかないです。」
そんなふうに答えられるとますます期待してしまうではないか!

ときどきこのコラムに登場される、H.I.S.会長でありハウステンボス社長の澤田秀雄さんは、こうおっしゃっている。「夢を実現した人たちに共通していることがひとつだけある。それは夢を見た、ということだ。夢見ない人たちには夢は実現できない。それだけは言える。」
この澤田さん、実はサガン鳥栖の運営会社である(株)サガン・ドリームスの株主でもある。そしてサガン・ドリームスは毎年「夢」をテーマにしたスローガンを掲げて戦ってきた。たとえば、2011年のシーズンは「夢結束」。こうしたスローガンを毎年掲げ続けて、今回ひとつの「夢」をかなえることができた。見続けたからこそかなえた夢だったと言える。

いよいよこれからそのひとつの「夢」を超えたステージが始まる。そしてそのステージでさらに新しい夢をおっかけていくことになる。
今週末の土曜日、3月10日14時、鳥栖市のベストアメニティスタジアム。「超!結戦。」を合言葉に、いよいよシーズンがスタートする。
J1サガン鳥栖の門出を、大舞台のスタートを、ぜひとも一人でも多くの人たちとともに祝いたい。僕ももちろんかけつける。


ふるかわ 拝