2009年3月

平成21年3月31日(火)
第300号「直轄事業負担金はどこがどうおかしいのか」

たとえば道路や河川を整備するとき、国が財政的な支援をしてくれることがある。ただ、簡単に出してくれるわけではない。なぜその道路や河川の整備が必要なのか、どういう整備をしていくのか、積算に無駄はないのか、といったことについて何度となく資料を求められるし、当方としても「熱意」を示すため、要望活動をしたりする。そうしてようやく補助金がついたと思っても、3分の1補助のはずなのに「お金がないから」と値切られて4分の1になったり5分の1になったりする。たとえば4分の1ということになると、残る4分の3は自分たちの負担ということになる。それでも少しでも国のお金が入っていると会計検査院の検査が入り、補助要綱に反していないかチェックされる。

こうした地方が行う事業に対する国の支援は一般的に「補助金」と呼ばれている。これはまあ有名だが、逆に国が行う大規模な国道や河川の整備事業(「国直轄事業」といいます)に対して地方が財政的に支援(負担)をしていることはあまり知られていない。この地方の支援(負担)が「直轄事業負担金」と言われているもので、たとえば佐賀県の場合、「道路整備をすれば地元にもメリットがあるでしょ」ということで国道の整備の場合は24/100、さらに維持管理に関しても45/100を負担している。これが東京都や大阪府や福岡県になるとその負担割合はもっと高く、整備に関して1/3という高い割合を負担することになっている。

たしかに国道にしても河川にしても整備されれば地元にメリットがあるのは事実だ。でも、本当は国として必要な整備を行っているわけで、地元が絶対負担をしなければいけないという理由はないと思う。
しかも、地方が国に補助金をつけてほしいというときには説明資料を要求され、要望しないとだめなことも多いが、国が地方に負担金を求めるときは国が地方に負担金を出してくださいと要望することはない。それは、国直轄事業をするためには、地方から「地元負担をしてもいいからこの事業をやってほしい」と要望(ここでも「要望」!)が出ていないといけないからだ。だから、国は直轄事業をするのにも地方からの要望に沿ってやっているという説明をしている。
それはある意味事実だが、国直轄事業は一定率の地元負担をしないと事業をしないぞということが法令で決められているからそれに従っているだけで負担をしたいと要望しているわけではない。

しかも問題はその中身だ。
地方が国に補助金を要望するときは、微に入り細に入りいろんな資料が要求される。税金を使うわけだからそれは理解できる。しかし、地方に負担を求めてくる「負担金」のときは細かな説明はなく、年度の始まる前にあらかじめの予定額の通知があり、年度中にいわば請求書が回ってきて「いつまでにいくら払え」と言われる。細かな説明はなく、しかも多くの場合、当初の予算額よりも決算額の方が多くなっている。予算額4000円で飲み会を計画したけど、割り勘するときになって5500円になったら誰だってなぜそうなったのか聞きたくなるのが普通だろう。ましてやこちらも税金から支払うことになっている。なぜ増えたのか、とか、そもそも今年の事業の内容はどうなのか、無駄な事業は行われていないのか、何に使われているのか、チェックしなければならない。それなのにそういうシステムになっていない。ということがだんだん明らかになりつつある。
さらにこちらがよく知らないところで首をかしげたくなるような使われ方をしていることもわかってきた。

たとえば庁舎だ。国の機関、たとえば「筑後川河川事務所」(福岡県久留米市)の庁舎を作るのに、福岡県はもちろんのこと佐賀県まで負担している。しかも国の庁舎を「作る」ときだけではなく、庁舎の耐震補強の経費なども含め維持管理費まで県が負担している可能性もある。
ちょっと変だと思いませんか?
さらには人件費だ。工事をするには人件費が必要というのはわかる。工事に必要な職員の人件費の一部を県が負担する、というのも理解できないわけではない。
としても、その職員の退職金まで県が負担する、というのはちょっと行き過ぎではないか。

新幹線の負担金も「直轄事業負担金」とは言わないけれど問題点は同じようなものだ。
博多と鹿児島を結ぶ九州新幹線鹿児島ルートは平成22年度完成予定で工事が進められているが、あらかじめ認可された額で工事が行われていると思っていたら、突然事業費増額の説明を受けた。
地元負担についても具体的な数字は示されなかったものの、これまでのルールどおり求めたいというものだった。これまでのルールである1/3を地元が負担すると仮定すると、佐賀県の場合、負担額は263億円から約281億円にと約18億円増加する。

理由は「資材の高騰」なのだという。
たしかに一時期資材は高騰した。でも今は資材や工事関連の物価はどんどん下がっている。なんせ百年に一度の経済恐慌なのだから。
それをただ「資材の高騰」を理由にしていきなりアップを通告してくるというのは手続き的におかしいと思う。

新幹線にしても道路や河川にしても国相手にモノを言うのは勇気がいることだ。しかしおかしいと思うことは主張していきたい。


ふるかわ 拝

平成21年3月24日(火)
第299号「ゼッタイ読め!望郷の道」

北方謙三さんの小説「望郷の道」が3月20日に単行本として幻冬舎から発刊された。日本経済新聞に連載されているときからずっと読んでいたが単行本になって読み直してみたら、この小説の魅力が倍増していて一気に読了した。最終ページを閉じた後になんかしら清々しい気持ちが残った。楽しい物語だった。しかも、佐賀が舞台だったのだ。
まず読め。とにかく読め。この春イチオシの作品として強く推薦しておきたい。

北方さんは毎年行われている「九州さが大衆文学賞」の審査員を務めていただいていて、その関係で毎年1度以上は必ず佐賀県に来られている。

前に僕がやっていたNBCラジオの「BREAK!」という番組にゲストで出ていただいたこともある。そのときのレポートは※「After the BREAK!」に書いたので重複もあるけどあらためて北方さんをご紹介したい。
北方さんは唐津市の佐志生まれ。お父様は外国航路の船長でおじいさまは鯨取りの漁師だった。そのおじいさまがときたま沖でトラフグを釣って帰ると、当時少年だった謙三さんがフグを捌く手伝いをさせられたという。水にさらしながら捌いていくのに、「フグ一匹に水一斗」。謙三少年はひたすら井戸の水を汲み続けていたという。「だからこどもの頃はフグは嫌いでしたね。アラは好きでしたけど。」と屈託なく笑う。

北方家はそういう海にまつわる家柄だったがご母堂のほうは渡世人の血筋。もともとひいおばあさん(曾祖母)の実家は古湯(佐賀県佐賀市富士町 古湯温泉のあるところ ふるゆ と読む)を本拠にしている博徒。そこにひいおじいさん(曽祖父)が遠賀川の川筋から養子に入ってきた。曽祖父の実家も博徒。そこの次男か三男だったために養子に入った。養子ということで曾祖母が親分。当時には珍しい女親分だった。
元来几帳面な曽祖父は会計を担当、相当きちんとしていたらしい。一方、曾祖母は派手好き。どれだけきちんとしてもすぐに使われてしまって賽の河原状態。ほとほと嫌気がさして、曽祖父は16円持って逃げた。曾祖母は一家を代貸に譲って曽祖父を追いかけて日本の最南端へ。当時の日本の最南端というのは台湾の高雄(カオシュン)で、そこまで曾祖母は追っかけた。高雄の外国航路の波止場で船に乗り遅れた曽祖父にやっと追いついて、「もう、私はやくざからは足を洗う。二人で新しい生活を始めよう」ということで台湾は砂糖が取れるからと和菓子のお菓子屋を始めた。16円持って家出したから屋号は「一六軒」。これが大繁盛。すっかり台湾に根を下ろし、その後、御祖父さんの代になって「新高製菓」になり、そこで歴史に残る「新高ドロップ」も生み出された。

今回の「望郷の道」は、この北方さんの曾祖母さんご夫婦の実話が基になっている。そこに北方さんらしさが加わってなんとも気持ちのよい人間たちが描かれ、痛快な小説に仕上がっている。さらに、小城、佐賀、唐津、七山など佐賀県人にとってはうれしい地名がたくさん登場する。
北方さんが故郷の佐賀県を舞台にして描いたはじめての大作だ。
ぜひ佐賀県から盛り上げていきたい。

北方さんの話によると、かつて御祖父さんの時代には佐賀駅前に「佐賀屋」というお菓子屋(和菓子屋)があったらしい。もう今はその跡形もないようだが、もし、この「佐賀屋」について知っているひとがあれば教えていただけるとありがたい。

北方さんは、いまでこそ日本を代表する小説家だが、最初のころの約10年は売れずに苦労された。まわりの人たちからは「いい加減あきらめてほかの道を探せ」と言われていた。でも、お父様だけは「男の値打ちは10年同じ場所にずっと我慢できるかどうかによって決まる」と言われたそうだ。ただ、北方さん自身、当時はその言葉をかみしめる余裕もなかったという。
ようやく売れ始めたころ、そのお父様が亡くなられた。通夜のとき、お父様のそばで線香を絶やさないようにしながらもちゃぶ台で締め切り間近の原稿を書いていたとき、ふとお父様の言葉が思い出された。「おやじの言ってたとおりだ」と思ったという。

北方さんの周りにはそんな小説みたいな話がたくさん広がっている。

なにはともあれ、なにはともあれ、その北方さんの「望郷の道」、ご一読のほどを。


ふるかわ 拝

※「After the BREAK!」 Vol.101 2006/3/18放送  Vol.102 2006/3/25放送

平成21年3月17日(火)
第298号「未検疫の佐賀牛をUAEに持ちこんだ件についてご説明申し上げます」

昨日、県議会で緊急質問が行われた。佐賀牛のUAEへの不正持ち込みに関してのことだった。
UAE(ドバイ)への佐賀牛輸出をめざす県が昨年9月と11月の2度にわたって検疫を受けないまま佐賀牛をUAEに持ちこんでいたのは事実で、家畜伝染病予防法違反と指摘されてもしかたない。昨日の県議会で冒頭に佐賀牛の生産者をはじめとする関係者の方々に対してこうした事案が発生したことについて謝罪した。

今回の件は私としても深く反省をしている。この場を借りて皆様にお詫び申し上げる。
なぜこんなことをしたのか。

それは輸出、とりわけ検疫やハラル処理に関する認識が足りなかったから、に尽きる。
今回問題となっているのは「現地在住のシェフたちに対する佐賀牛の試食会」と「現地総領事館主催のレセプションにおける佐賀牛の提供」の2回にわたって、いずれも検疫を受けず、またUAE基準で処理されたハラルではないものを持ちこんでいたという点だ。
ビジネスベースで輸出をするときには検疫やUAE政府が認証したハラル処理を経ておかなければならないことは認識があったものの、お土産やサンプルで持ちこむものについてはその必要がないと勘違いをしていた。

「認識不足だ」「信じられない」。議会でも厳しいご指摘をいただいたが、まさにそのとおりであり、お詫びする言葉もない。もとよりこの中東への佐賀牛の輸出は私自身が旗を振って進めていたことだ。こうしたことが起きた責任は私にある。
まことに申し訳なく思う。

「この際、農産物の輸出事業を見直した方がいいのではないか」というご指摘もあった。そういう指摘があることも当然だと思うが、私がなぜわざわざ中東で佐賀牛をと思うに至ったのか。説明させていただければと思う。

佐賀牛はいまや日本を代表する和牛ブランドに成長して、大阪はもちろん東京でも高い評価を得ている。市場からはもっと出してほしいという声が上がるようになった。しかし、私自身は佐賀牛の将来に危機感を持っていた。それは我が国市場の変化である。我が国は人口が減り高齢化が進むことが明らかになっている。

一方、牛肉とりわけ佐賀牛のようにサシの入った脂の乗った牛肉を好んで食べていただけるのは比較的若い、いわば現役世代の方に多い。高齢者の方と話をしていると、「佐賀牛はおいしいけどたくさんはたべられない」とか「だんだん赤身の肉のほうがよくなってきた」といった意見を聞くようになってきた。
こうした声に危機感を覚えるようになってきた。

その一方で、世界には富裕層といわれる方たちが続々と誕生してきている。お隣の中国は残念ながらまだ日本からの牛肉の輸出が解禁されてないが、香港をはじめ経済成長の著しい国々や一定の所得の見込める地域に佐賀牛を輸出し、佐賀牛のファンになっていただければ佐賀牛の販路開拓ができ、佐賀牛の生産者にとってもプラスになるのではないか。
こう考えたのだった。

そこで、平成19年、まず香港への輸出を開始させた。佐賀牛は香港でも好評を博し、日本を訪れた際には「ぜひ本場の佐賀牛を食べてみたい」と希望する人が現れるまでになった。また、昨年にはアメリカにも輸出を開始し、高級レストランで佐賀牛の取扱が始まっている。

こうした中、中東地域は資源が豊富で富裕層が台頭してきていて、なかでもUAEはこうした中東の豊かさの代表格ともいえるドバイやアブダビのある国でもある。ぜひそこに佐賀牛を輸出し新たな市場開拓を目指したいという思いで、平成20年度から中東への輸出の取り組みを開始した。
これが中東への佐賀牛の輸出を考えるようになった背景だ。

だからといって、今回の件について申し開きはまったくできない。議会においても「一刻も早くお詫びに行くべき」という指摘があり、議会が終わった後すぐに東京に行き、石破農水大臣と井出農水事務次官にお目にかかってお詫びを申し上げた。大臣からも事務次官からも「事実関係について直ちに報告をお願いしたい。それを踏まえて農水省として関係官庁と連絡をとって今回の件に対する対応を判断していきたい」と言われた。

これを受け、県の担当部局には火曜日中に農水省に報告ができるように作業を急ぐよう指示した。
この問題で厳しい指摘を受けている中、正式な手続きを経てUAEに輸出された佐賀牛(正確には佐賀産和牛)が湾岸諸国最大の食品見本市「ガルフード」に出展してほぼ完売したという報告が来た。

輸出できる素地は確かに整いつつある。それだけに今回の問題はまことに申し訳なく、深く反省をしている。生産者のためにも関係者のためにも一日も早い信頼回復に努めていかなければと強く思う。


ふるかわ 拝

平成21年3月10日(火)
第297号「『古川さんへ』は○か×か」

土曜日に太良町に出かけた。太良町は有明海沿いに位置する佐賀県と長崎県の県境のまち。佐賀県内でいちばんたくさん鶏を飼っておられる方がその町におられる。ここ数年2度の台風で大きな被害を出しておられたのだが、それから立ち直ってこのたび新しい鶏舎が完成した。昨年、それを記念して石碑を建てたいのでそこに文字を書いてほしいと頼まれていた。年内に文字は書いてお渡ししていたのだが、その石碑の完成のお披露目が土曜日にあったのだ。
文字は「太康碑」と彫ってもらった。
もともと「太」は「はなはだ」、「康」は健康だという意味だが、「国家安康」という言葉があるように災害なく安寧な状況のことも「康」という。台風災害で大変な目に遭われたのでとこしえの安寧を願って「大いにやすらかなる日々が続きますように」との願いを込めて「太康」という文字にしたのだった。

普通ならその「太康碑」の文字の横に「佐賀県知事 古川 康」と書く。ところが人目につくところに「佐賀県知事 古川 康」と書くのは公職選挙法上あまりよろしくないかもしれぬと心配する人があったので県の選挙管理委員会に相談した。
県の選挙管理委員会では、「違法とはいえないが、心配なら表に名前を出さないほうが無難では」という。まあ、そりゃそうでしょうねというかありがたいというか、ともかくご丁寧なアドバイスをいただいた。ということでそれに従い、表には「太康碑」の文字だけ。裏にひっそりと名前を彫っていただいた。

このように公職選挙法はどこまでよくてどこまでがだめなのか、どうも判然としないものが多い。

たとえば、投票のときも「古川康さん」とか「古川康様」と書くのは敬意を表しているのでOKなのだが、「古川康さんへ」と書くとそれは「へ」が余計で「他事記載」ということになって無効票になってしまう。ね、ビミョウでしょ。

このほか最近あちこちで見かける衆議院議員選挙の立候補予定者のポスター。
たとえば、自民党から立候補を予定している人のポスターには立候補予定者の名前とともに「麻生太郎」とかほかの政治家が書いてあるものをよく見かける。
民主党の立候補予定者だと自分の名前の横に「小沢一郎」と書いてあるとか、だ。

なぜ立候補予定者だけじゃなくて二人の名前と顔写真をわざわざポスターにしているのだろうか。実は、政治活動用ポスターには、個人用と政党用があって、個人用ポスターは任期満了6ヶ月前になると貼れなくなるという規制があるからなのだ。
でも、じゃあ、二人以上の名前と顔写真さえあれば政党用ポスターとなって、期限の制約を受けないかというと、ことはそんなに簡単でもない。政党用ポスターかどうかは、政党関係の記載(政党のスローガンや演説会開催告知など)が一定割合以上あるか、二人のうち立候補予定者のほうが大きく記載されていないか、なども判断の基準になるそうだ。

なるほど。これも超・ビミョウとしかいいようがない。


ふるかわ 拝

平成21年3月3日(火)
第296号「事前了解」

いま、佐賀県玄海町にある九州電力玄海原子力発電所でプルサーマルの準備が進められている。原子力発電というのはウランを燃やして発電するのが基本なのだが、使ってしまったウランを取り出すとまだ使える部分が残っている。その中にはウランが変化したプルトニウムも含まれている。その使える部分をもう一度使えるようにして新しいウランと混ぜて使おうというのがプルサーマルだ。

プルサーマルに使わないとするとその使用済みの燃料はただ捨てる(というか保管する)だけになる。それよりは使える部分があるのであれば(もちろん安全に使えるということが前提だが)それを再度使うほうが天然資源の少ない日本にとって必要だということでこの政策が国によって進められている。

そのプルサーマルに使う燃料のことをMOX燃料というがそれはフランスで作られていて、今回フランスから日本に海上輸送により運ばれてくることになった。九州電力の分だけでなく同時期にプルサーマルをスタートさせる四国電力伊方発電所(愛媛県)や中部電力浜岡発電所(静岡県)で使われるものも同じ船で運ばれる。

これまでもMOX燃料だけでなくウラン燃料や使用済みの燃料を運ぶときには必ず国(国土交通省、経済産業省)が安全かどうかチェックをして確認することになっている。
今回もその確認が国土交通省によって行われた。佐賀県は今回の輸送について九州電力や国から運搬の方法や安全確認のやり方について説明を受け、そのうえで佐賀県として地元の玄海町とともにこのことについて了解(行政用語としては「事前了解」といいます)した。先週の木曜日のことだ。

今回の判断要素はプルサーマルそのものを受け入れるかどうかを議論したときとはかなりちがった。
前回、プルサーマルそのものについては「必要であり、安全性も確保されている」と判断を行った。今回は「そのプルサーマルに使う燃料の輸送」に事前了解するかどうか、だったのだが、この燃料輸送については、国や国際機関で決められている基準があり、それに沿った形で審査が行われることになっている。佐賀県としては、その国や国際機関における基準がどうなっているのか、それを国がどう審査していくのか。またこうした基準に沿った形での輸送がどれくらい実施されていて、これまでに事故はないのか。こうしたことを今回の事前了解の前に九州電力や国に確認した。その結果、「こうした物質(核物質)の輸送については国際的なルールが確立されていて今回もそれに沿った形で行われること」などが確認できたため、事前了解したものだ。

ただ、核物質の輸送については、テロリストが襲撃しかねないということで海上輸送中は武装した警備がつけられることになっているほか、ルートは事前公開されない。どういう基準で審査が行われているかはわかるし、運搬に使われる容器がその基準をクリアしていることは国が保証しているが、核物質防護に関する詳細な情報は提供されない。

逆にいえばこの部分については国が国際的なルールの下で責任を負って判断することになっている。だから「国際的なルールに沿って行われていること」や「国としての安全確認のやり方」がわかれば、それ以上に県として独自に安全を確認することは実際上はできないと考える。

であれば国に任せてしまっていいのではないかという考え方もあるかもしれない。たしかに今回同時期にプルサーマルを実施する他の関係自治体(愛媛県や静岡県)では今回の海上輸送については事前了解の対象にしていない。なぜそうなのか、といえば(他の自治体のことだからわからないが)、おそらく国が一義的に判断することだから、ということなのではないかと思う。
ただ、佐賀県の場合は、輸送について、県民と同じ目線で「どういうルールになっているのか」「どういう審査を行うのか」「これまで事故やトラブルは起きていないのか」などをチェックするということには意味があると考えて事前了解の対象にしている。事前了解の対象にしているということは行政機関がチェックをかけている、ということだ。

実は輸送について事前了解の対象にしている県は少ない。原子力発電所が立地している道県は13あるが、そのうち、燃料の輸送を事前了解の対象にしているのは佐賀県のほかは鹿児島県と静岡県だけだ。今回静岡県は海上輸送の部分は事前了解の対象になっていないが、陸上の部分を新たに事前了解の対象にすることにした。いずれにしてもチェックの対象にしている県のほうが少なく、佐賀県はその数少ないチェックの対象にしている県だ。

これが事実だし、そのことを先日の記者の囲み(かんたんな会見)でもコメントした。 より正確にはこうコメントした。

(以下取材時のやりとり)
Q(記者)
県が独自に安全を確認する余地はないのか?

A(知事)
ないと思う、そもそも、同じ船で愛媛、静岡の施設の燃料も運ばれてきますが、佐賀県のように事前了解をする県は、我が県だけで、他の県においてはこの手続を取られていません。それはあくまでも技術的なことで事前了解になじまないと言うことではないでしょうか。静岡県は一部陸上部分については新しく事前了解の制度を作られたそうですが、海上部分についてはありません。
こうしたことからもわかるように、私どもは他の県より丁寧にプロセスを踏んでわざわざ事前了解という手段を使って、県民の目線で説明を聞き判断していることをご理解いただきたい。

(引用終了)

僕の発言の趣旨は、愛媛、静岡は技術的な問題なので事前了解になじみにくいと考え、そのような手続きをとっていないのではないかと思うが、佐賀県は事前了解という手段を使って、より丁寧なプロセスを踏んでいるということであって、事前了解制度の意義を否定しているものではない。

ところがこの意図がうまく伝わらず、2月28日付け朝日新聞佐賀県版の署名入り記事にこのような内容のものが載った。

「知事は『(輸送の安全性は)技術的な問題で、事前了解には本来なじまないと考えている』と、御自慢の協定の意義を自ら否定してしまった」

ちなみに、この協定とは九電と結んだ安全協定のことだが、この記事は僕の発言した内容を理解せずに書いたとしかいいようがない。さっそく朝日新聞佐賀総局にその旨抗議し、月曜日に責任者がお詫びに来られた。

僕は言った。

「私は新聞を食い入るように読みます。力もあるし新聞に書かれていることはみんなが信用する信頼性の高いメディアですから。厳しい批判をいただくときには謙虚に反省しています。でもだからこそ、事実に立脚しての記事掲載をお願いしたい。新聞に対する期待ゆえにそう申し上げたい」

このコラムが掲載される火曜日、朝日新聞の対応に期待している。


ふるかわ 拝